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お家でデート


 林太郎は家に戻って、エアコンのスイッチをオンにした。

 いくらか涼しくなったところで、玄関のドアの外で待っているエリスを家に招き入れた。


「おじゃまします」


 エリスの明るい声がマンションの狭い廊下に響いた。


「ど、どうぞ…」


 緊張の極みで林太郎がリビングのドアを開けると、エリスはふわりとリビングに足を踏み入れた。小さなダイニングテーブルに駄菓子の袋を置くと、エリスは両手を後ろに組んでリビングを見回した。


「きれいにしてあるね」


「母さんと二人だけだから、そんなに汚れないんだよ」


「そうなんだ」


 リビングの窓の外に広がる別のマンションや住宅街を眺めていたエリスは、にっこりと微笑んでから、林太郎の心臓が口から飛び出るようなことを言った。


「ねえ、林太郎の部屋、見せてくれる」


「…え」


(おうがいっ。どうしよう、本当にどうしよう~)


 林太郎は、軽い錯乱状態である。小学一年時、マンションに押しかけて来た数人のイケイケ女児に身の危険を感じて以来、林太郎は家に女子を入れた事がなかったのだ。


((ほほう?十年間の歳月を経てようやく女人解禁という訳か))


(何を呑気なこと言っている!俺の部屋って女は母さんしか入ったことないんだぞ!)


((そんなに散らかっていないし、別にエリスに見せてもいいんじゃない。(くず)(かご)も空だしね。林太郎君、朝にゴミ出ししておいて良かったね))


 おうがいは林太郎の頭の隅に寝転がって鼻をほじりながら(のたま)うた。


(~~~~~)


「どうしたの?」


 小刻みに震える林太郎の様子にエリスが小首を傾げた。「何でもないよ」と、強張った笑顔を見せて、林太郎は自分の部屋にエリスを連れて行った。


「ふうん。ここが林太郎の部屋かぁ」


 林太郎の六畳の部屋を目の当たりにして、エリスは歓声を上げた。


「狭いだろ」


「ううん。落ち着く」


 ベッドと机の小さな空間で、エリスはくるりと体を回転させてから、机の上のパソコンを眺めたり、本棚を除いたりしている。


((林太郎、この時代、パソコンという文明の利器があって本当に良かったの。もし万年兄秘蔵ファイルが紙であったなら、この部屋中エロ本で溢れ返っておるであろう。とてもエリスに見せられる状態ではないだろうな))


(おうがい、何でそんなに厭味ったらしいことばかり言うんだよ。さてはお前、俺に嫉妬しているな?)


((ふん))


 どうやら図星らしく、そっぽを向くおうがいである。


「飾り気ないね。ポスターとか貼らないの?」


「部屋を飾るの、あんまり興味ないっていうか。男の部屋って、こんなもんじゃない?」


「パパの部屋はすごいよ。絵画とか古い銃とか、色んなコレクションが壁いっぱいに飾ってあるの。…アメリカの家の話だけどね」


 リビングに戻ると、エリスはテーブルに置いたビニール袋から駄菓子屋で買った菓子を取り出した。


「私ね、駄菓子って食べるの初めてなんだ。林太郎、お皿出してもらえる?」


「はい」


「あと、コップもいいかな」


「…はい」


 エリスの言いつけ通りに食器棚からを皿とコップを出す林太郎だ。


((林太郎よ、余の目にはお前とエリスの未来がはっきりと見えるぞ。十年後、赤ん坊を背負って、スーパーの買い物袋と紙おむつの大きなパックを両手に下げて、エリスの後をよたよたと歩くお前の姿がな))


(あーうるせー!おうがい、もう黙ってろっ)


 おうがいに茶化されて、思わず頬が熱くなる。幸い、エリスは袋を開けて皿に駄菓子を並べるのに夢中で、林太郎の様子には気付いてない。


「好きなの食べてね」


 コップにペットボトルのお茶を注ぎながらエリスが微笑んだ。林太郎は「いただきます」と言って麩菓子を口にするが、まだ緊張しているせいか味がよく分からない。


「ねえ、これ、面白い形だから買ってきちゃった。どんな味がするのかな」


 そう言ってエリスは酢イカを手に取り頬張った。途端に、顔をくしゃくしゃに(しか)めて口に手を当てる。どうやらかなり口に合わなかったようだ。


「んぐっ」


 エリスは涙目になりながら、夢中で口をもぐもぐと動かして、ごくんと酢イカを飲み込んだ。それから音を立ててコップのお茶を飲み干した。

 

 その様子を林太郎はぽかんと眺めていた。次第に口元が緩んでくる。我慢しようとしたが、無理だった。


「ぷっ。はははは」


 笑い出したら止まらなかった。


「もう、林太郎ったら。恥ずかしいから、あんまり笑わないでよう」


 決まり悪そうな表情でエリスが赤く染めた頬を膨らました。

 上目遣いで、口をへの字に曲げているのが衝撃的に可愛い。


「ごめんごめん」

 

 口では謝るが、笑いは止まらない。終いにはエリスもつられて笑い出した。お陰で緊張が解け、その後エリスとの会話が弾んだ。

 

 学校の事、部活の事、さっき歩いた商店街。取り留めもなく喋っているうちに、あっという間に時間が過ぎた。


「もう帰らなきゃ」

 

 エリスが壁に掛けてある時計を見て小さく呟いた。


「そうだね。あまり遅くなるとお母さんが心配するよ」


 小さく頷いて椅子から立ち上がるエリスを、林太郎は抱きしめたい気持ちに駆られた。

 その衝動を、テーブルの端を掴んで自分の中に押し込める。エリスに送って行くと言って林太郎も席を立った。


「大丈夫よ。いつも通っている道だもん」


「いいから、いいから」


 マンションから出ると蒸し暑い空気が肌を包んだ。暑いねえと言い合いながらアスファルトの歩道を歩いた。駅に近くなって、人の往来が増えて来た。家路を急ぐのか、足早に歩く姿が多くなる。


「ここでいいよ」


 エリスに言われて林太郎は足を止めた。


「うん。じゃあ、また」


(じゃあ、じゃない。本当は、帰したくない。ずうっと、ずうっと一緒にいたいんだ)


「林太郎、今日はありがとう。とっても楽しかったよ。またデートしようね」


 エリスは爪先立ちになると、林太郎の絆創膏に軽くキスをした。

 道を行き交う人波の中から二、三人がエリスと林太郎に目を向けるが、すぐに前を見て歩き出す。

 驚きのあまり零れ落ちんばかりに目を見開く林太郎に、エリスはいつもの表情で「バイバイ」と手を振って人ごみに紛れた。


「おうがい。エリスに初チューされたこの絆創膏は、俺の生涯の宝物にするぞ」


 真剣な表情で絆創膏を撫で擦る林太郎の言葉に、おうがいは心底羨ましそうに呟いた。


((いいな、いいな、若いって、いいなぁ~))



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