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デート計画


 林太郎は自分の部屋のベッドにうずくまっていた。

 不機嫌でむくれにむくれた顔の右目の下には、見事な(あお)(たん)が広がっている。

 

 溺れかけていた岩崎を救助した迄は良かったが、海パンが脱げてしまったのに気が付かずに、すっぽんぽんで波打ち際に立っていた林太郎である。

 岩崎の巨体を担いでいるせいで、手で前を隠すことも出来ずに、騒然とした人だかりに己の股間を晒し続けていたのであった。


 エリスは両手で顔を覆ったまま悲鳴を上げ続け、くららは興奮で目をぎらぎらと輝かせていた。


 それより酷いのは、パニックに陥った真紀が「もりぃぃっ!乙女の前にいつまでも汚ねえモン晒してんじゃねえぇぇっ!!」と大声を張り上げて、林太郎の顔を思いっ切りパンチしたことである。


 体力と気力の殆んどを失って、やっとこさ立ってるだけの林太郎は、真紀に殴られた瞬間に気を失った。

 

 意識を戻すと、岩崎と一緒に救急車で病院に向かって運ばれている最中だった。

 隣では健吉が「林太郎君、死なないで~」と、林太郎に掛けられた毛布を握りしめて泣き声を上げていた。

 

 体力を消耗しただけだったので、次の日には退院できた。

 

 お手柄だと褒められたのも少しの間だけで、無謀だ、あと少しで二次被害になるところだった、何故もっと早く別の監視員を呼ばなかった等、大人達から非難の嵐を受けた。

 

 そんなお叱りはふくれっ面でやり過ごせばいいだけである。実際、大人の小言なんかどうでもよかった。


((林太郎、災難であったな))


 おうがいが珍しく優しげな声で言った。


((だが、お前の勇猛果敢さは大したものであったぞ。余の時代であれば、命を()して人助けをする少年がいれば只々(ただただ)称賛するのみである。それをあんなに怒るとは、この時代の大人達は随分と矮小であるな))


「兵役が課せられていたおうがい君の時代とは、命の重みが違うだけだよ。少子高齢化が進んで就業人口が減っているからな。働く若者が一人でも減ったら国が困るから、あんなにがみがみ怒るんだ」


((そうなのか?))


「おっさん達に怒られたって、別に痛くも痒くもないさ。あんなのはどうでもいい。どうでもよくないのは生田の言葉だ!あいつの言葉で、俺は今、滅茶苦茶に、猛烈に、この先立ち直れるかどうか分からないくらいに、深-く深-く傷ついているんだからな!」


 林太郎の嘆き悲しむ姿に、おうがいは言葉を詰まらせた。


「汚くないもんっ」


 林太郎は目を潤ませながら、六畳の空間で孤独に叫んだ。


「毎日ちゃんとお風呂で洗ってるもんっ」


((…林太郎、真紀という女子のあの叫びは、もろ出しになった男子の股間を目の当たりにした乙女が取る当然の反応であって、あの部分が汚れていたからではないと思うのだが))


「何が乙女の当然の反応だっ。おうがいっ、お前はもろ出しになった男子の顔を思いっきりぶん殴る生田の暴挙を正当化するのか?!見ろよ、俺の右の頬の青痣を!まだズキズキするんだぞっ」


 林太郎は怒りで顔を歪ませて自分の頬を撫でた。内出血で紫色に彩られた頬は確かに痛々しい。


((いやあ…。()は武闘派筋肉女子であるから、反射的に拳が出てしまったのであろう))


「女子高生とは名ばかりの暴力女子の肩など持つんじゃない!生田には兄貴が四人もいるんだぞ!オトコの股間ぐらい見慣れていないでどうする!」


 姉妹がいないから言える言葉である。真紀に聞かれたら、あと二、三発は殴られるだろう。


((それにしてもだ。お前は溺れかけた同級生を、エリスの目の前で救助したのだぞ。かなり男を上げたのは確かだな))


「そ、そうかな」


 エリスと聞くと、途端に鼻の下を伸ばて上機嫌になる林太郎である。


((新聞にも(地方欄の片隅に小さく)載ったのだから、すごいではないか。お前はエリスの心の中では(多分)ヒーローになっている(といいんだけどなあ)と思うぞ))


 林太郎はおうがいの誉め言葉にあっという間に機嫌を直して、健吉の持ってきた新聞の切り抜きを手にとって嬉しそうに眺めた。そこには“お手柄高校生、海で友人を救う”との見出しで林太郎が岩崎を救助した経緯が記されてあった。


「エリスに会いたいなあ」


 林太郎はベッドに寝転がりながら、新聞の切り抜きを窓から差し込んでくる陽に翳した。


「顔の痣が消えるまではエリスに会うどころか、格好悪くて表を歩けやしない」


 独りごちて天井を眺めるしかない現状には、やはり気落ちしてしまう。


((そんなにしょぼくれるのではないぞ。外に出られないのなら、健吉に遊びに来て貰えばよいではないか)


「あいつは今、親の田舎に泊りがけで遊びに行ってるんだよ。長野だったかな。従兄弟達と川にイワナを釣りに行くらしいぜ。いいよなぁ」


 林太郎の両親は二人とも都市近郊出身なので田舎がない。父は早くに両親を亡くしていると聞いていた。その父親が死んで十年以上になるので、親類とはかなり疎遠になっている。母方の祖父母も林太郎が中学生に上がる頃には立て続けに病死してしまって、既にこの世にはいない。


「俺の母ちゃん一人娘だったから、俺、従兄弟っていないんだよな。健吉が少し羨ましいよ」


 林太郎は気怠げにごろんと寝返りを打った。その直後、枕元に置いてあるスマホに着信が入った。


「ん?誰からだろう」


 画面を見ると、何とエリスからである。林太郎は飛び上がってベッドの上に正座した。すぐにLINEを開いて文面をチェックする。


〈傷の具合はどうですか?治ったらデートしようね〉


「やったぁ!エリスからデートのお誘いが届いたぞ!!」


 瞳の中に星を無数に輝かせながら、スマホを手に持ったまま小躍りする林太郎である。


((良かったのう、林太郎。今度は人任せにせずに、自分できちんと計画を立てるのだぞ))


「言われるまでもない。海のような大惨事は、もうこりごりだ」


 健吉任せのデートで散々な目にあったお陰で、計画は自分で立てるのが一番とようやく悟った林太郎だ。このように失敗から学習する事を“痛い報酬”という。大体は子供(特に幼児)の成長期に使用する用語である。転ぶと痛いから転ばないように歩く、とかね。


「前言撤回。傷が治るまで待っていられるか!俺は今すぐにでもエリスとデートしたいっ」 


 林太郎はすぐさま〈明日はどう?〉とエリスに返信した。明日は都合が悪いらしく、すぐに〈ごめんね、ちょっと無理かも〉との文が返ってくる。


 林太郎はめげることなく〈じゃあ、明後日はどうかな?〉とメールを打った。程なくして、エリスから返信があった。


〈明後日なら、時間あるよ。十時に駅の東口にある少女の像の前で待ち合わせしようね〉


 林太郎はエリスのメールにスマホに頬ずりして喜んだ。すぐにデートの計画を立てるべく、机に向かってノートを広げた。最初に駅東口少女像前で十時に待ち合わせと書く。


「待ち合わせてから…どうすればいいんだ?」


 鉛筆を持ったまま唸る林太郎におうがいが助言した。


((健吉ではないが、そこは無難に駅前のシネマで映画鑑賞ではないか?))


「そうだね。駅前のシネマで映画鑑賞、と」


 ノートに大きく書き込むが、その次が続かない。


((映画が終わったら、今どきの女子が集う自然派ランチカフェに行くのだ。間違っても健吉と行くような背油こってりラーメン屋などには入るのではないぞ))


「分かった。洒落た自然派ランチカフェで昼食を取る。それから?」


((北欧系の食器やインテリアなどが置いてある雑貨屋さんをウインドウショッピングするとか、ペットショップを覗いて見るとか))


「なるほど。女子は可愛い雑貨やもふもふの犬猫に目がないからな。それから、それから?」


((疲れてない?カフェで一休みしようかと言って、お茶すればいい。時間が来たら、エリスを自宅近くまで送って行くのだぞ。ここ迄でいいよと言われたら、楽しかったと手を振って、お見送りする。そこでデートはお終いだ))


「おおおっ。完璧なデート計画が出来上がったぞ」


 林太郎はノートを手に大喜びだが、何のことはない、おうがいの言葉をそのままノートに書き写しただけである。


((…林太郎よ、健闘を祈るぞ))


 どんなに痛い目にあっても性根の変わらない人間というのも、この世に少なからず存在している。

 その見本のような林太郎が明治から転生した己の姿であることに、おうがいは深い溜息をつくのであった。 


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