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嬉し恥ずかし海水浴3


「ああ、みんな、青春してるなあ」


 涙声で呟いてしまった林太郎に、おうがいが追い打ちをかけた。


((本当に楽しそうに遊んでいるのう。林太郎、お前は何しに海に来たのだ?))


 おうがいの言葉に打ちのめされて、がっくりと項垂れる林太郎である。

 うつ伏せになってシートに横たわる林太郎の背中を、隣の小学生が揺さぶった。


「ねえ、お兄ちゃん。いさかせんせいのばくにゅう、また作ってよ~」


「ごめん、坊主。お兄ちゃんは今、傷心に浸っている最中だ。もう少しこのままでいさせてくれ」


「あれ、林太郎君、まだ荷物番やってるの?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、健吉がしゃがんだ格好で林太郎を見ていた。その隣には海パン姿の万年(かずとし)が立っている。林太郎に無視された小学生は、今度は万年の海パンの裾を引っ張って砂遊びの催促を始めた。


「お兄ちゃんは、そこのお兄ちゃんの友達なんでしょう?だったらいさかせんせいのばくにゅう作れるよね?」


「井坂先生のばくにゅうだと?何だそれは?」


 小学生の言葉に要領を得ない万年に、林太郎はシートから飛び跳ねるように起き上がって、スコップを万年の手に押し付けた。


「上田、お前、かなづちだったよな。荷物番をしながら、小学生の坊主と一緒に砂でお城でも作って遊んでいろ」

 

 そう言い残すと、健吉の背中を押して砂浜を歩き出した。


「林太郎君どこいくの?そんなに僕の背中、押さないでよ~」


「荷物番で一時間も消費したんだ。俺だってエリスとビーチバレーしたい。健吉、一緒に来てくれよ」


「僕はさっきやったから、もういいよ。それより海に入りたい」


 健吉の言葉に林太郎は、はっとして足を止めた。


(そうだ。俺はエリスと海デートしたいんだ。女子に混じってビーチバレーしている場合じゃない)


 林太郎の脳内に、ある光景(ビジョン)が浮かんだ。



 真夏の太陽が照り付けるなかで、腰の上まで海に入ったエリスが両手で海水をすくって林太郎にかける。林太郎も手ですくった海水をエリスに向かって優しく返した。青い空に煌めいた海水が、飛沫となってエリスに落ちていく。はしゃぎ合っているうちに、大きな波が来て、エリスの足が取られた。「危ない!」林太郎は体勢の崩れたエリスの背中と腰に両手を差し入れて、己の胸へとしっかり引き寄せるのである。



「よし、俺も海に入るぞ!エリスと海の水のかけ合いっこするんだ。と、いうことで、エリスはどこだ、どこにいる?」


 林太郎が手を庇にしてきょろきょろと辺りを見渡した。波打ち際でビーチボールを手に持って佇んでいるエリスを発見して、すぐにその側へと寄って行く。


 エリスは林太郎の姿を見つけると、不安で青ざめた顔を向けた。


「どうしたの?」


 その只ならぬ表情に心配になった林太郎が聞くと、エリスは海に向かって指を差した。


「あそこにいるの、岩崎君よね?」


 エリスの指を辿って行くと、確かに、遊泳禁止境界線にあるオレンジ色の浮き球に掴まって手を振っている人影が見える。


「ああ、岩崎だな。遊泳禁止境界線まで泳いでいけたんで、俺達に合図してんのかな」


「でも、合図にしては手の振り方がおかしいような気がするんだけど…」


 林太郎はもう一度、目を凝らして岩崎を見た。確かに様子が変だ。

 そう思った途端に、海に浮いている岩崎の頭部が沈んで見えなくなった。頭はすぐに海中から現れたものの、手を振る力も残っていないらしい。


「おい、あいつ、もしかして溺れかけてんじゃないか?」


 真紀も異変に気が付いたらしく慌てた声を出した。くららも真紀の隣で口に両手を当てて息を飲んでいる。


「岩崎の奴、足が()ったんじゃないのか」


 泳ぎが達者な人間が海で溺れる原因の多くは、遊泳中に足が攣ってしまう事である。遊泳禁止の浮きに掴まっているのですぐには溺れないだろうが、あれでは時間の問題だ。不運なことに林太郎達以外、岩崎が溺れているのに誰も気付いていないようである。


「すぐに監視員さんに知らせなきゃ」


 くららが走って近くの監視塔に行くが、何故か監視員が不在だった。


「どうしよう」


 ショックで砂の上に崩れ落ちそうなくららの体を、エリスが支えた。


「時間がない!俺が助けに行く!」


 真紀が叫びながら波を蹴って猛然と海に入って行く。林太郎は真紀の後から海に入るとその肩をつかんで引き留めた。


「岩崎はでかい。お前の身長じゃ無理だ」


「じゃあ、どうしろって言うんだよ!あいつが溺れる様子をここで見ていろっていうのか?!」


「俺が行く!」


 林太郎は海に飛び込んだ。

 後ろでエリスの叫び声が聞こえたが、振り向いている暇はない。潮に流されないようにクロールで垂直に泳いで、岩崎の元に向かった。


「おい、岩崎!大丈夫か?」


 岩崎はロープに腕を掛けた状態で辛うじて頭だけを波の上に出していたが、かなり海水を飲んだようで、意識の半分を失っていた。


「岩崎!俺が分かるか?助けに来たぞ」


 力尽きたらしい岩崎の腕がロープから外れた。

 そのまま沈みそうになる岩崎の体を林太郎は海に潜って下から必死で持ち上げた。溺れる者は藁をも掴むという通り、岩崎の両腕が海中を掻き分けるように荒々しく動き、林太郎の体に纏わりつく。


(これじゃあ、二人とも溺れちまう)


 林太郎は岩崎の体を思い切り蹴って離すと、その髪を掴んで岩崎の顔を海面に持ち上げた。柔道をやっている岩崎の髪は短い。苦労しながらも何とか髪を握りしめて、林太郎は岸へと泳ぎ出した。


 半分まで泳いだところで体力の限界が来た。手足が強張り、肺が張り裂けそうに痛む。それでも林太郎はエリスの待っている浜辺へと向かって、必死に泳ぎ続けた。


 足が海中の砂を蹴った。足が立つところまで泳ぎ着いたのだ。

 林太郎はぐおおと獣のように喉から咆哮を(ほとばし)らせながら、渾身の力を込めて百九十センチある岩崎の巨体を持ち上げ背負うと、海水の中を歩き出した。


 その頃には集まった人だかりで浜辺は一杯になっていた。沢山の人が林太郎に向かって何か叫んでいる。疲労困憊しているせいか、目の前が霞み何も聞こえない。それでもエリスの顔だけははっきりと目に映った。


 背後から押し寄せる大きな波を頭から何回も被った。岩崎の重みで足が砂にめり込んでなかなか前に進めない。林太郎はエリスに向かって無我夢中で足を進めた。


 ただ、エリスだけが目印だった。

 エリスは両手を胸の上で硬く握りしめ、細い肩を震わせて林太郎を見ていた。

 その目には涙が溢れんばかりに溜まって、唇が同じ言葉を刻んでいるのが分かる。

 唇は“林太郎”と動いていた。

 

 遮二(しゃに)無二(むに)足を動かしているうちに海水は腰のあたりまでになっている。あともう少しだ。


「エリス、ただいま。戻って来たよ」


 口にしたい言葉は疲弊のあまり出てこない。それでも林太郎は笑顔を作ろうと必死で口の端を持ち上げながら、岩崎を背中に抱えて前進した。エリスが笑いながら、ぽろぽろと涙を頬に零している。

 

 やっとの思いで立っているにも関わらず、林太郎は「うわあ、エリスって泣いていてもすごく可愛いんだな」と、胸を高鳴らせていた。

 

 歓喜したのも束の間、エリスが急に顔を真っ赤にさせて、あらん限りの悲鳴を張り上げた。


 黒山の人だかりも、おおっとか、きゃーとか、悲鳴に近い歓声を上げている。健吉が狼狽えた顔で林太郎の名を連呼し、万年はスコップを持ったまま、点になった目で林太郎を凝視していた。

 そんな中、嬉しそうにはしゃいでいるのは、くらら(ただ)一人である。

 


 波打ち際に立ったまま、林太郎はあらぬ箇所に風を感じて己の股間に目をやった。

 

 それから集まっている人だかりに目を戻すと、大声で叫んだ。


 「うわぁぁぁぁ!!俺の海パンどこいったぁぁぁ?!」



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