表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/74

同好会へようこそ


 エリスの対大根田格闘戦から数日経った放課後、林太郎は旧校舎の端にある教室にいた。


 教室には古い学習机が並べられ、その上に何かの資料が入った段ボール箱が無造作に積んであった。脇には古びたモップや箒が数本立て掛けてある。

 教室というよりは物置に近い。半分残った空間に、高さの違う四つの机が並べてあった。机の周りには折り畳み椅子が五つ用意されている。四つは座る人間が既に決まっていて、残りの一つが林太郎の為に新しく用意されたものだった。


 その椅子に腰かけて机に頬杖を付いた格好で、林太郎は壁と天井の角に張られた大きな蜘蛛の巣をぼうっと眺めていた。

 林太郎の隣では、三年の男子学生が三つの頭を突き合わせて夢中でお喋りを繰り広げている。


(俺はどうしてこんな所にいるのだろう)


 会話に入れていない様子の健吉と、その他の三人の顔を一つ一つに目をやってから、林太郎は心の中で呟いた。




 おうがいが発案した「林太郎が運動部に入ってカッコイイところをエリスに見せつける」計画は見事ににとん挫した。


 原因は、林太郎よりエリスの方がずっと、否、驚異的に運動神経が優れていることが判明したからである。


 そこで“部活に入るのをやめる”という選択はあったのだが、林太郎は健吉に、実につまらないプライドから「文化部に入る」と口を滑らせてしまった。

 面倒見の良い健吉は早速、林太郎の為に文化部巡りの準備を始めてしまい、「あれは、やっぱり、なし」と言い辛くなっていた。


 健吉に渡された紙に目を通した林太郎は驚いた。


 同好会を含めると、文化部の数は運動部とは比べ物にならないくらいに多かったからだ。

 美術部、書道部、吹奏楽部、合唱部、演劇部、英会話、化学部、天文学部、生物部、文学部、手芸部、調理部、写真部、茶道部、生け花部、園芸部などなど。同好会は軽音楽、ジャズ、大正琴、尺八、漫画、落語、盆踊り、プラモ作り、紅茶の入れ方、塗り絵、積み木、ダンゴムシを愛でる会なんてものある。


「軽音楽とか漫画の同好会ってのは分かるよ。でもさ、塗り絵とか積み木って何?幼稚園生じゃあるまいし、どうしてそんなのが同好会として認可されるわけ?」


「生徒の好きなことをとことん極めさせるってのが、岨野山田高校創設以来の伝統なんだって。三人集まれば同好会を作ってもいいことになっているんだ。他人に迷惑を掛けなければ大体許可されるよ。林太郎君、知らなかったの?」


「…全く知りませんでした」


 それにしたって数が多過ぎる。林太郎は興味のない部活・同好会には鉛筆で線を引くことにした。


(塗り絵、積み木は言うに及ばず、盆踊りやダンゴムシを愛でる会なんかには頼まれたって入るもんか。行くだけ無駄だ)


((のう、林太郎。お前は文豪の生まれ変わりなのだから、文芸部に入って小説を書いたらどうだ。お前の中に眠っている天賦の才が花開くやも知れんぞ。後に、令和の文豪と呼ばれるのも悪くなかろう))


 期待を込めて文芸部を勧めてくるおうがいに、林太郎は顔を引き攣らせた。


(あそこは鴻池のようなイカガワシイ趣味の女子が集う場所だ。誰が腐女子の巣窟などに足を踏み入れるか!)


 心の中でおうがいに叫んでから、林太郎は文芸部の文字を鉛筆で黒く塗り潰した。


(今まで通り、帰宅部のままでいいかな)


 幸運なことに林太郎とエリスは帰り道が一緒だ。エリスと(健吉も含む)ならば帰宅部でも何の問題はない。

 だが、林太郎の淡い期待は当然の如く裏切られた。

 エリスは数日前に学校でスーパープレイを披露したことで、全ての運動部から熱烈な勧誘を受けていたのだ。

 二日後、林太郎はエリスが女子サッカー部に入部した事を真紀から聞かされた。 


「エリスはアメリカの高校でサッカークラブに所属してたんだってさ。日本の高校でもサッカー部に入ろうと思っていたらしい」


 林太郎もサッカー経験者である。通っていた中学のサッカー部は地区では結構強豪チームで名が通っていて、林太郎はフォワードの選手だった。

 エリスのポジションもフォワードだという。ならば話も通じて一気に親密度が増すと思いきや、真紀が口にした言葉でその願いも泡の如く消えた。


「俺からあれほど簡単にボールを奪える奴ってそうはいないからな。アメリカでは大学やプロリーグのスカウトがエリスに目を付けているって話も頷ける。いいライバルが現れてくれて、俺は猛烈に感動しているぜっ」


 目を輝かせる真紀とは反対に、林太郎の瞳は暗くなった。プロリーグにまで一気に話が進んだことで、天と地ほどのレベルの差を思い知らされて委縮したのである。

 林太郎は岨野山田高サッカー部を最弱チームと鼻で嗤ったが、エリスからすれば林太郎のサッカーの実力など、目くそが鼻くそを笑うとしか映らないだろう。

 

 唯一の救いは、後ろ盾にしていた大根田をエリスに倒されて、堀田ら三人組の横暴が影を潜めたことである。

 彼女達の目を気にせずに、学校でエリスと堂々と喋れる日が訪れたのだ。

 めでたい話だが、一夜にして岨野山田の超有名人となったエリスを一目見ようと、学年クラスを問わずに生徒が押し寄せて来た。

 

 それだけではない。休み時間になると真紀達女子サッカー部がエリスの周りに陣取ってサッカー談義に花を咲かせている。

 何気を装った林太郎が後ろを向いてエリスに気安く声を掛ける機会はもはや皆無だ。

 

 それでも何かの部活に入って学校で粘っていれば、エリスと一緒に帰れる時間を作れるだろう。そう考えた林太郎だったが、甘くない現実を目の前に突きつけられて失意に項垂れる日々である。


「林太郎君、見学したい文化部決まった?」

 

 健吉に言われて、改めて紙に目をやった林太郎は思わず深い溜息をついた。

 自分でも気付かないうちに、全ての文化部・同好会に線を引いていたからだ。自分は結局、何の部活動にも興味がないのだ。


「うーん。数が多過ぎるよ。どの部活に入ればいいか迷っているうちに、何だか分からなくなってきちゃった」


 健吉には、そういう事にしておこう。林太郎は思った。


「そうなの。じゃあさ、僕が入っている同好会に来てみない?」 


 たった今、健吉が同好会に入っている事実を知って、林太郎は衝撃を受けた。


「えっ!お前、同好会に入ってたの?一体、何の同好会?」


詩吟(しぎん)同好会だよ」


「え、え?えええ―――っ!」


 同好会の名称を聞いて、またしても林太郎は衝撃を受けた。


 詩吟とは、漢詩を読みながら独特の節(抑揚)を付けて長々と歌う事である。どんな風に歌うのか興味のある方は(いるか?)YouTubeで検索してみてね。


「健吉お前、そんな超レトロな同好会に入っていたの?っていうか、いつも俺と一緒に帰っていたじゃないか!」


「うん、まあ…僕はあまり熱心に活動していないからね。でも、詩吟同好会って岨野山田高校開校時に作られたから、歴史は古いんだよ」


 公立岨野山田高校が開校して今年で五十年である。五十年前というのは、西暦で一九六九年。昭和だと四十四年だ。フォークソング全盛時代の昭和の高校生にとっても、詩吟を歌うというのはかなり古めかしい筈だ。


「よくそんな同好会が半世紀も続いているな」


「それには訳があるんだよ」

 意味深げな顔をして、健吉が説明を始めた。

「当時、アイドルの同好会を作ろうとした生徒がいたんだ。けれどさすがに認めてもらえなかった。知恵を働かせた初代会長が校長先生の詩吟好きに(かこつ)けて、表向きの同好会を作った。それが“詩吟同好会”だ。初代会長の思惑通りに同好会はあっさりとその活動を認められた。それから五十年、詩吟同好会はアイドル同好会の隠れ蓑として、今日(こんにち)に至るまで面連と活動を続けているのでした。おしまい」


「何だか、隠れキリシタンみたいだな」


 呆れた表情の林太郎に健吉は得意げに胸を張った。


「真の姿を見破られないように、文化祭だけは尺八同好会と一緒に活動して詩吟を歌っているんだよ」


「それも、全く知りませんでした。文化祭で詩吟なんか歌って聞きに来る奴いるのか?」


「近所の老人ホームのお年寄りが介護士さんに連れられて見に来てくれるよ。僕ね、老人ホームの理事長さんから筋がいいって褒められて、老人ホームで独演会のオファーを受けているんだ」


「…健吉君って、本当に良い子だね」 


 詩吟とアイドルという相容れない二つがどう組み合わさっているのか興味を持った(野次馬根性ともいう)林太郎は、健吉に促されるまま、詩吟同好会の教室に足を踏み入れたのであった。




 そんな経過を経て、林太郎は、健吉の在籍する詩吟(仮)同好会の椅子に漠然(ばくぜん)と座って、アイドルおたくの話を茫漠(ぼうばく)とした表情で視聴するに至っているのである。


 真の姿を五十年も隠して活動を続けて来た同好会の趣向は恐ろしくマニアックであった。

 健吉がファンである杉山つくしなどは、テレビに出ているから林太郎も顔くらいは知っている。だが、三年生が口にするアイドルの名前は初めて聞くものばかりである。

 

 彼らの話を耳にするうちに、健吉を除いた三人が、熱烈な地下アイドルのファンだというのが判明した。アイドル同好会に在籍しているのにも関わらず、健吉が林太郎と一緒に帰る理由がこれで分かった。

 全く興味のない地下アイドル話に林太郎は苦痛を感じ始めていた。健吉もかなり退屈そうだ。


(もう家に帰りたい)


 どんな理由を付けて、この部屋から健吉と一緒に退出するか。


 考えを巡らせていた林太郎の耳に、突然、隣の部屋からハードなビートが聞こえて来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ