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スーパーガール


 放課後である。

 林太郎は健吉と連れ立って、運動部巡りを始めることにした。取り敢えず、中学の時に所属していたサッカー部から開始する。原田が林太郎に気が付いて駆け寄って来た。


「おい、森、どうした」


「ちょっと見学に来たんだよ」


「へえ、またサッカーやりたくなったのか?」

 原田が嬉しそうな顔をした。


「二日前に田代が大怪我したからな。選手が足りなくって困ってるんだ。森ならいつでも大歓迎だぜ」


「…考えておくよ」


 林太郎が即答しなかったのには理由があった。

 ()()山田高校の男子サッカー部というのはかなりの弱小チームなのである。毎年、区の大会には出場するものの、対戦相手のチームに大差を付けられて、一回戦で負けるのを常としている。


 反対に、女子サッカー部は真紀を筆頭に強豪揃いで全国大会の常連だ。本人達は知らないだろうが、男子サッカー部は女子サッカー部の引き立て役と陰口を叩かれる存在になっている。


(すぐ試合に出してもらえるだろうけど、このチームじゃ、エリスにカッコイイ俺を見せられそうにないしなあ)


 原田と少し会話してから、林太郎はサッカーの練習場からそそくさと退出した。ネットを挟んだ隣のグラウンドで、野球部がノックの練習しているのを健吉が見て言った。


「野球部の見学はどうするの?」


「却下だ。俺にはキャッチボールの経験しかないからな」



 次に足を向けたのは陸上部だった。


 校庭は男子サッカー部と野球部で占められているので、他の運動部は学校に隣接している総合運動公園内のグラウンドを借りている。校庭より広くて立派な設備でソフトボールと女子サッカー部が左右に分かれて大々的に練習していた。

 数の少ない陸上部員は左端で細々と棒高跳びや走り幅跳びの練習を行っている。


「一見しただけで力関係があからさまに理解出来るな」


「うちの学校って、女子運動部の方が強いからね。特に女子サッカーとソフトボールは毎年全国大会にまで出場するから。林太郎君、陸上部を見学する?」


「うーん、どうしようかな」


 林太郎の目には棒高跳びや走り幅跳びがあまり格好良くは映らなかった。トラックを走っている部員の地味な姿は尚更である。それに、彼らのフォームを見て林太郎は理解した。高二の今からサッカー以外の運動部に入っても、思ったほど上達はしないだろう。かなりの努力が必要になる。

 努力とは継続の積み重ねであると分かっているが、今の林太郎には、エリスの目に留まらない努力は時間の無駄なのだ。


(運動部で活躍できるとすれば、やはり経験のあるサッカーしかないよな。だけど岨野山田のチームは地区では最弱だし。困ったな)


 突然、思案中の林太郎の耳に歓声が聞こえた。健吉が興奮気味に叫んだ。


「見て、林太郎君!エリスちゃんが百メートルのコースを走っているよ」


「何だと?!」


 林太郎は目を疑った。髪を後ろで一結びにした体操着姿のエリスが、女子サッカー部員が練習している脇を猛スピードで疾走していたからだ。


「13・005秒―――!」


 ゴールと共にストップウォッチを押した陸上部員の興奮した叫び声に、女子サッカー部とソフトボールの部員から歓声が上がった。


「こ、これは、百メートル走の女子世界記録に肉薄するタイムだぞ!!」


「すごい!すぐにオリンピックに出場できるじゃないか!」


 興奮冷めやらぬ陸上部員を尻目に、エリスはソフトボールのピッチングの練習をしている女子にグローブを借りた。エリスの腕が目にも止まらぬ速さでアンダースローを描いた。放った剛速球がキャッチャーのミットに飛び込んでいく。女子の体格としてはかなり大柄なキャッチャーが尻もちをついてエリスのボールを捕えた。


 次にエリスは真紀に駆け寄った。

 エリスの意図を真紀はすぐに理解したようだ。エリスがスパイクを履き替えてピッチに入るのを待ってから、真紀は手に持っているボールを地面に落とすと、軽く蹴ってエリスに渡した。


 真紀とエリスの二人の戦いが始まった。

 プレッシャーを掛け合いながら高度な足技を駆使してボールを取り合っている二人を、林太郎は瞬きもせずに見守った。

 真紀の攻めを(かわ)したエリスが踵でボールを後ろに蹴った。ボールを取ろうと真紀が足を踏み出すより先に、エリスがボールを拾って蹴り上げた。ボールがエリスの膝に乗る。目標を失った真紀が僅かに体勢を崩した。それを見逃さなかったエリスは真紀の真横に跳んでそのままゴールへとボールを運んでシュートを決めた。


「凄い。生田からあんなに早くボールを奪えるなんて」


 林太郎は呆然としてエリスを見つめた。自分に向かって放たれる賑やかな歓声を気にも止めずに、エリスは総合運動場から学校の校庭へと移動していった。


 もはや部活どころではない。

 次の奇跡を自分の目に収めようと、誰もがエリスの後をぞろぞろと付いて行く。林太郎も、健吉や真紀と一緒にその後を追った。


(おい、おうがい。エリスってあんなに運動神経良かったのか?)


 思わず頭の中で聞いてしまった林太郎だが、おうがいもかなり驚いた様子である。


((嫌々踊り子をやっていても、劇場で二番目に人気があったくらいだから悪いわけがない。しかし、あれ程とは知らなかった))


 エリスは校庭の脇のテニスコートに入ると、部員からラケットを借りてボールが地面を抉るようなサーブを披露した。それから男子サッカー部の前を素通りすると、野球部に向かった。

 

 運動公園での出来事を知らない野球部員達は、陸上部、女子サッカー部、ソフトボール部、隣のテニス部の部員が大挙して押し寄せて来るのに驚いて練習を止めた。


 ピッチングの練習をしている部員にエリスが近寄って行く。エリスの話を聞いて承諾した三年生のエースがマウンドに立った。

 ()()山田高校野球部は地区予選で上位に食い込む実力を持っている。今年は特に良いピッチャーが揃っていて、夏の地区大会は決勝まで進むのではないかと期待されていた。


 ヘルメットを被ったエリスがバットを構えて右打席に立った。

 女、それも華奢な体の金髪碧眼の美少女を甘く見たのか、エースが投げた球はストライクゾーンのど真ん中だった。

 エリスはその甘い球を見逃すことなく、バットをフルスイングさせた。カーンと気持ちのいい音と共に、球は空高く消えて行った。


「場外ホームラ―――ン!」


 校庭に大歓声が起こる中、エリスは体育館に入って行った。


 バスケットでは難なくダンクシュートを連発し、バレーボールは高速アタックで対戦チームの防御を尽くはね退けた。剣道の武具を付けて竹刀を構えたと思ったら、速攻で対戦相手に面を決めた。それから柔道着を拝借して着替えたエリスは、自分の体重の二倍はある岩崎の体をあっという間に背負い投げて一本取った。


 その頃には、各運動部の記録を塗り替えていく超人が現れたとの話を聞きつけた学校中の生徒で、体育館は一階も二階も押すな押すなの大騒ぎになっていた。


「最後に残ったのは空手部か」


 林太郎はやっとエリスの真意を悟った。


 エリスは空手部主将、大根田と対決して堀田達の嫌がらせを止めさせようとしているのだ。


(それにしたって、大根田を相手にするのは、あまりにも危険過ぎる。あいつは、自分に歯向かう人間は子供だって容赦しないからな)


 エリスは床から立ち上がると、腕を組んで自分を睨んでいる大根田に向かって宣言した。


大根田岩司(おおねだがんじ)さん。空手部主将のあなたに試合を申し込みます」


「ほぉう?お前、この俺に挑戦するつもりか?俺はお前がさっき投げ飛ばしたへなちょこ柔道部員とは訳が違うぞ。俺の流派は極真空手。実戦向きだ。大怪我するぞ」


 大根田は目を細めてエリスを睨んだ。その目の奥に嗜虐的な色を帯びているのを見て、林太郎は背筋が震えた。


 睨み合う二人の前に飛び出してもう止めろと叫びたいが、声は恐怖で喉の奥に引っ込んで出てこないし、足の裏は床に張り付いたまま動かない。


「私はね、あなたみたいな暴力を笠に着て威張り散らす人間が大嫌いなの」


 エリスは顎を落とし低く唸って、空手の形を披露した。細い手足が空を切る。シュッという音が、事の成り行きを最前列で見ている林太郎や真紀の耳に届いた。


「エリスのは松涛館流派か。スゲエな。形は完璧だ。だけどあの体格差だ、どう戦うってんだよ」


 真紀は険しい表情をして額に緊張の汗を浮かべている。

 林太郎は手の汗を握りしめて、その場に立ち尽くしているしかなかった。誰も声を発する者はいない。固唾を飲んでエリスと大根田の戦いを見守るだけだ。


「形だけは立派だな。だが、寸止め流派でこの俺とやり合うつもりか?」

 大根田がにやりと笑った。エリスは平然とした顔で腰を落として両手を構えた。


「ウォーミングアップは済んでるわ。いつでもかかっていらっしゃい。筋肉バカゴリラさん」


「このクソアマ!俺をゴリラと言ったなぁぁ!」


 頭に血を登らせた大根田が、大きな拳をエリスの顔面に向かって次々と繰り出した。エリスは目にも止まらぬ速さで大根田の突きを避けた。


「大根田の奴、女相手に本気出して来やがった。負けるなエリス!」


 真紀がエリスに大きな声援を送った。


「絶妙な間合いを取りながら大根田の攻撃を牽制している。完全にエリスのペースだ」


 空手などマンガでしか見たことのない林太郎は真紀の解説を聞いてもさっぱり理解出来ないし、エリスと大根田のスピードのある突きや蹴りの動きに目の動きが追い付かない。


「ちょこまかと逃げてばかりいやがって!」


 大根田が破壊力のある回し蹴りを繰り出した。その大きな蹴りを軽く()なしたエリスは目にも止まらぬ速さで大根田の突き出した足の内側に入った。驚いて目を剥く大根田の右わき腹に左手で突きを思い切りヒットさせる。


「んごっ」


 あまりの激痛に、大根田はゴリラのような呻き声を発して悶絶しながら仰向けに倒れた。


「決まったぁぁぁ」


 真紀が絶叫した。体育館が震えるほどの大歓声が生徒達から沸き上がった。


「やったあ!エリスちゃんが岨野山田高校のラスボスを倒したぞ!」


 健吉が万歳を繰り返す。エリスの雄姿を林太郎は遠い目で見つめていた。




 生徒達の長々と続いた歓声が止んだ頃、林太郎は口を開いた。


「なあ、健吉。やっぱり俺、文化部に入るわ」 



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