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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Black flower which blooms in the space
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新たな船出

「ふう」


軍服に袖を通して一息つく。着心地は結構良い、動きやすいし。さて、これからどうしようか。特に何も言われていないし……適当に艦内を見てまわろうか。


 部屋を出て艦内を見てまわる。指令室とかは、俺が行っていい場所じゃないし、取り敢えず食堂にでも行こうかな。ここから地球にある軍本部まで最短で1週間。これからお世話になるんだし、行っておいて損はないだろう。食堂はたしか、部屋を出て左に行って真っ直ぐ……


 外から見た艦の印象と中から見る印象はかなり違っていた。外見からは考えられないような広さが中にはあった。一体、どんな構造になっているんだか。最初のうちは迷いそうだな。なんて考えながら歩いているうちに食堂に到着した。


 案の定誰もいなかった。今はもう、昼時から二時間も過ぎている。まあ、食事のメニューを見る限りインスタントフードが多いみたいだな。宇宙船なんだから保存がきく食料を積むのは当たり前だけどやっぱ味気ないよなぁ。でも、種類が多いのは嬉しいことだ。ラーメン、カレーから始まってインスタントのカツ丼とかどんな味がするのか楽しみではある。


 一通り物色して、次は格納庫に向かった。広々とした格納庫では、人が行ったり来たり、物の出し入れが絶え間なく行われていた。


俺ははしごを上がって、頭上に架かっていた通路から格納庫を眺めた。


格納庫には、整備士が何人かいて、見たこと無い俺が現れても、さして気にしていないようだった。というよりは、忙しすぎて気にできないようだった。到着して2日で出発するだけでも大変なのに、予想外の戦闘まであったときた。てんやわんやになるのも仕方ないと思う。


「燃料の積み込みは?……分かりました。ありがとう。次は機材の確認を、終わり次第、予備パーツの補充並びに食料の残量確認……」


あ、ユウナさんだ。パイロットだけじゃなくて、格納庫の管理も担当してるのかな。


スゴいなと思いつつ、仕事の邪魔をしたら悪いなと思い、すぐに帰ることにした。


 あ、でも俺のサージってどうなってるんだろう……一昨日の戦闘でかなりボロボロのはずだ。修理してくれていたりするのだろうか。


目の前には3機のサージがあるが、俺のサージはその奥においてあるようでここからは見えない。


こっそり見に行くかな……そう思って、はしごからおりようとしたとき、アナウンスが流れた。


ーーーイリア・アーデルトさん。至急、艦長室に来てください。繰り返します。イリア・アーデルトさん……


 何故だか、お呼びだしがかかってしまった。よく分からないまま、俺は指令室に向かおうと方向転換。来た道を戻っていった。

 

 ちょいちょい迷いかけながら、目的地にたどりつく。艦長室ということは当たり前だけど、艦長がいるのだろう。若干の緊張とともに、二回ノックし自分の名前を名乗る。すると中から入りたまえと返事があった。


「失礼します」


 中には1人の壮年の男性がいた。いかにも歴戦の強者といった風貌だ。


「君がイリア・アーデルトで間違いないかね」

「はい」

「話はノーランから聞いている。先程軍本部と連絡を取った。知っての通り我が軍は人手不足だ。相応の覚悟があるものは誰でも歓迎するとのことだ」

「本当ですか」

「ああ。本契約を済ませるまでは仮の扱いだが、あってないようなものだ。今日からでも、他の兵と同等に扱う。まずは三等兵からのスタートになり、戦績を重ねれば、昇格していく」

「分かりました。ありがとうございます。お役にたてるように努力します」


 階級とかそんなものはどうでもいい。戦えるのならば……守れるのならば、それで。


「と言ってもだ。君も分からないことだらけだろう。やる気があるのは結構だが、まずは知識を得てもらわねばこちらとしても困る。そこでだ」


 示し会わせたように扉を叩く音が聞こえる。入ってきたのは、さっきまで格納庫で指示を飛ばしていたユウナさんだった。


「失礼します。艦長。物資の積み込み、まもなく完了します」

「ごくろう。タイミングがいいな。すでに彼女の方から聞いていると思うが、君の指導係のユウナ・エアハルト少佐だ。男の方がいいかと思ったのだがな、年が同じ彼女の方が親しみやすいかと思ってな……宜しく頼むよ」


 ………ユウナ……え・あ・は・る・と??えあはると……エアハルト???え、どういうことだ。何で幼馴染みと同じ名前……っでも雰囲気全然違うし、同姓同名?珍しいこともあるもんだな。


 多分、俺はすっとんきょうな顔をしていたと思うが、さして気にしていないようにユウナ……さんは手を差し出してきた。


「宜しくお願いします」

「え、あ。はい。宜しく、お願いします」


 何とか、握り返せたけれど、返答はしどろもどろになって上手くできなかった。これじゃあ女の人と握手するのに緊張しまくってる変なやつじゃないか……


「では、今後のことは少佐に聞いてくれ。後は任せたぞ」

「はい。失礼しました」

「あ……失礼します」


 気が動転している間に話が終わってしまった。ユウナさんに倣うようにして艦長室から退出した。


「今の人がこの船の艦長、ジャマルさんです。今後も関わることがあると思うので覚えておいてください」


 艦長室から出ると、そう言ってユウナさんは徐に歩き始めた。俺がたじろいでいると、ちょいちょいと手でサインを出してきた。ついてきて下さいってことか。


 彼女の後ろ姿を追いつつ、先刻から頭の中を支配している考えに思考を傾ける。ユウナ・エアハルトという女性を俺は知っている。尤も、目の前の彼女がそうなのかは、正直微妙というか、判別しがたいというか…俺の記憶を顧みても、面影があると言えばその通りで、他人の空似と否定されれば納得できる程度の照合率だ。何より、身にまとう雰囲気が違い過ぎて、同一人物であることを容易く肯定できなくなっている。というか、本人だったら、昨日の時点で申し出るのはないかとも思ってしまう。今だって、事もなげに颯爽と歩いているし……やっぱり別人なのだろうか。


 先導するユウナさんは少し歩いた先、俺の部屋の隣で足を止めた。



「ここが私の部屋です。色々と説明したいことがありますので、中へどうぞ」


 言われるがままに部屋の中に入る。内装は俺の部屋と全く同じ。違うのは、その、女性っぽい匂いがする……とか、色々。あまり人の部屋を見回すものではないと知りながら、気になることが多すぎてついやってしまう。


 そんな俺のことを咎めることもなく、「適当に座ってください」と一言添え、ユウナさんは話を始めてしまう。


「それでは、イリアさん。まずは」

「ちょ、ちょっと待ってください……ユウナ・エアハルト……あの、ユウナ…?」


 このままだと永遠に謎が謎を呼び続けて、迷宮入り間違いなしになってしまうので、急いで制止しながら訳の分からない疑問をぶつける。


 あのユウナってなんて聞き方してるんだ……いや、でもこれが通じなかったら別人ってことになるか。



「どういう意味です?」


 ユウナさんは心の底から分からないという表情をしている。


 そっか……やっぱり別人か。そうだよな。あの騒がしい奴とこんな優しい人が同じなわけない。


 ホッと胸をなでおろし、今までの動揺を清算するようにして、言葉を返す。


「あ、いや。知り合いに同姓同名の人がいて…すみません。勘違いだったみたいです」


 と、思ったことを口にした……のだが、何だか不穏な空気が。顔を伏せて肩を振るわせている。こ、これは、ユウナさんから邪悪なオーラを感じる……。というか、目に見えて邪悪な笑みを浮かべている!え、もしかして……もしかするの!?


「あの…ユウナさん?」

「イリアさん」

「はい…」


 顔を上げたユウナさんの笑顔はそれはそれは素敵なものだった。混ざり気の無い純粋な綺麗な笑顔だった。……こめかみにうっすらと青筋がたってなければ。


 ユウナさんはすっと拳を胸の前に掲げて、一言。


「取り敢えず殴ります」


 ナグリマス??


「へ、何でです??」

「何でも!!」

「んぐう!?」


 顔面にめり込む痛烈な右ストレート。痛い。痛いぞ。どういうことなんだぁ!?


「ちょっと、酷くないですか!」


 殴られた箇所を押さえながら、言葉だけでも何とか反論する。


 一方のユウナさんはそんな必死の抵抗をかき消す怒涛の勢いで、畳みかける。


「酷いのはどっちよ!同姓同名!歳も同じ!髪色も同じ!目の色も同じ!7年で幼馴染みの存在を忘れたかあああ!?」

「………」

「ハア……ハア……」


 こ、これは、何て言うべきかっ。もうこれではっきりあのユウナだってことは分かったわけだけど…えーと。えーと。


「……気づいてたよ」

「嘘つけ!」

「うっ!」


 だめ押しの右フック!右脇腹にクリーンヒットだ!く、くそう……たまらず地面に膝をつく。この破壊力、間違いなくユウナだ……!


 ユウナはやれやれとでも言いたそうに手を上げてひとりごちた。


「はあ……そんなに変わったかな」

「いや……言われてみると、言われなくても、そんなに変わってない、と思う」

「それはそれで傷つく」

「ごめん……」

「もっと謝って」


 ユウナは拗ねてますよーとアピールしている。頬を膨らませて、そっぽを向いている。


 どうしたものか。気付かなかったこっちが全面的に悪いとはいえ謝る以外の方法が思い付かない。だけど、謝ったところで許してもらえるような感じじゃないし。こうなったらいっそ全然関係ない話を振ってしまおう。


「ごめん……でもさ、お前が軍に入って、しかも少佐だなんて、聞いてないぞ」

「それは、イリアが急にいなくなるから……連絡先教えてくれなかったのイリアじゃんか」


 うっ……逃げたつもりがブーメランが返ってきた。ユウナの言い分の方に理があることが分かるからそれ以上は何も言えなかった。


 7年前、妹が目の前で、しかも俺のせいで死んで、精神的にボロボロだった。そんな俺を気遣って母さんは別のリユーに移り住むことを提案してくれた。ルナとの思い出が一杯あった生まれ故郷は正直、いるだけでも苦しかった。俺は、母さんの提案を受け入れて、パクスへと引っ越した。自分以外のことを考える余裕なんてなかったから、誰にも告げずに故郷を離れることになってしまった。新しい生活に慣れはじめて、普通に生活できるようになったときには、もう1年半も時間が過ぎていた。今さらなんて連絡をいれればいいんだろう。そう思うと踏ん切りがつかず、結局誰とも連絡を取らないまま7年が過ぎてしまった。


 その代償として、今の状況があるわけで、言い逃れのしようもない。今の俺には、謝ることしかできない。


「ごめん……」

「責めてる訳じゃないよ。あのときはイリアも大変だったし、仕方ないって思ってる」


 仕方ない……か。本心かどうかはともかくとして、そう言ってもらえるだけで少し心が軽くなった。勿論、許してもらえているだなんて甘えたことを言うつもりはない。心配をかけたのは事実だし、そんなことは無い方が良いに決まってる。


 だが、それにしても空気が重くなってしまったな。ここは明るくなるような話題を振りたい……けど思い付かない。ので、さらに空気が悪くなるかもしれないけど、気になっていることを聞いてしまおう。


「……お前、何で軍に入ったんだ?」

「何でそんなこと聞くの?」


 空気が悪くなるどころの話じゃなかった。凍った。完全に空気が凍ってしまった。怖い、怖い、怖い。ごめんなさい。聞いた俺が悪かったです。


 感情の一切が消失した声音で端的に質問をされることがこれほどまでに恐ろしいとは…。自分の安易な言動に心から後悔しつつも、俺にはもう茶化して場を和ませるしか選択肢がないと悟った。


 頬を引くつかせながら何とか薄ら笑いを浮かべ、声が上ずるのを無視して答えを返す。


「だ、だってケンカとか嫌いだっただろ?俺とルナが喧嘩したとき、間に入ってくれたのいつもお前だったし」

「何年前の話してるの…?7年もあれば人は変わるわ」


 それは、そうかもしれないが。思い出なんて意味がないと言われているようで少し寂しいと感じてしまう。7年の月日というものは、体感的には酷く短い癖に、現実にはどこまでも重くのしかかってくるらしい。言い訳には使いやすい。逃げ道にさえなってくれるだろう。お互いに別々の場所で異なる時間を歩んできたのだ。もしそこに、それより以前の11年間を否定しうるだけの衝撃があったのなら、それも仕方のないことかもしれない。


 けれど、やっぱり、突き放されるのは、寂しいと感じてしまう。


 そんな俺の寂寥感を汲み取ってくれたのか、自分が発した言葉の意味に感じ入ったのかは定かではないが、ユウナはバツの悪そうな様子で話題を振りなおした。


「それを言うなら、イリアよ。急に軍に入りたいなんて。ルナちゃんとケンカは良くしてたけど、私よりよっぽど軍ってタイプじゃなかった。軍の研究所でずっと働いてたんだし、なんの脈略もないとは言えないけど……何か理由があるの?」

「……一昨日、アパレイユに殺されかけて、それで、死ぬのって怖いなって思ったんだ」


 自分の中に答えを探してみても、どうも上手く言葉に出来ない。事実を述べることは出来ても、真実はあの炎の中だ。これ以上はどれだけ時間をかけても伝えられそうになかった。


 俺の返答にはまだ続きがあると思っていたのだろう。ユウナは確認するように尋ね聞く。


「それだけ…?」

「それだけ」

「どういうこと?死ぬのが怖いならどうして戦うのよ。もしかして、黙ってやられるくらいなら自分で戦いたいってこと?」


 続けざまに問われる質問にも俺は頷くことは出来ない。俺の心にあるのは、それは違うという否定の解だけだった。あのとき俺が感じたことはもっと別のことだ。今まで感じたことがなくて、あの一瞬しか感じることが出来なくて、今は思い出すことも難しくても、それでもその激情に突き動かされて戦ったという事実がある限り、それが俺の戦う理由になるって。それくらいしか、今の俺には分からない。


 自分に分からないことが、誰かに分かる訳ない。正直に話してたところで、ユウナにも伝わらなかった。


「意味わかんない」

「俺も分かんないって言ったろ?」

「何それ…」

「そうだ。変わったと言えば」


 この話はおしまい。そういう意味も込めて俺は無理やり話を打ち切った。とはいっても大分気になっていたことを今更ながらに思い出したのだ。


「何よ、まじまじと見て」

「お前、昨日、一昨日とキャラ違くない?」


 痛いところを突かれたのか、ユウナは目が泳ぎまくった末に顔をそらした。そしてかなりの早口でもごもごしている。


「戦いの時は、いつも気を張ってるから」

「猫被ってんの?」

「違います!」

「じゃあ、なに?」

「普段からわりと私はああやって、自分を律してるの。一応部隊長だから、それなりにしてないと締まらないのよ」


 ようやく調子が出てきたとばかりに理路整然とつらつら述べたてる。その言い分は分からなくもないけど、昨日の病室でもそれをやる必要はあったのだろうか。


 と、説得力がありそうでない、ユウナの理屈に疑問を抱いていると、更なる衝撃発言がユウナの口から飛び出した。


「まあ、イリアの前では、意識的にやってたけど」

「え、なんで?」

「それは…………気付かれたくなかったから」

「ほんの数分前に気付かなかったからって俺のこと殴ってなかったか……?」


 もしやさっきのパンチは理不尽な暴力に過ぎなかったのではないかと。恨み節たっぷりで言い返してみる。するとユウナさんはどこで覚えてきたのかツンデレモードをオンにして恥ずかしそうに言った。


「ぅ、うるさい!こっちにだって、色々あるのよ」

「はあ、そうですか」


 ユウナが顔を赤らめたまま、こっちを見たり見なかったりしている。いつまでそのスイッチをオンにしているつもりなんだ………いや、よくよく考えてみたら、気付いてほしいけど、気付いてほしくないとか、テンプレのツンデレだな。今に始まったことではないみたいだ。ということは、これが7年の間に変わったというユウナの本性……なわけないか。


 何にせよ、やっと雰囲気も良い感じになってきたし、一安心だ。


「あ、そうだ。一応言っておくけど、人前ではちゃんと上司と部下の関係だからね」

「分かってますよ」

「それとさ、ずっと気になってたんだけど、そのでっかいの何?」


 と、やたら存在感の大きい俺の荷物たちを指して、質問を投げかけるユウナ。あまり馴染みのないものだろうから無理もない。


「一応、最低限の作業は出来るようにって。エンジニア業も続けたいし」

「なるほど。頑張ってね」

「おう」


ーーー発艦準備が整いました。宇宙標準時3:00に出航します。各員、所定の配置についいてください。

 

 出発か。ここにも当分戻ってこれなくなるな。母さん、病気とかにならなけらばいいけど。


「パイロットは特になにもすることはないけど、発進の衝撃で体勢を崩して、頭打ったりしないでよ」

「しないよ。そんなこと」

「冗談よ。昔そういう人がいたから、念のためね」

「いたのかよ、そんなやつ……」


 他愛の無い話を続けている内に、いよいよ艦が発進した。頭を打つなんてことはしなかったが、ちょっとダイナミックにこけた。それを見てユウナが思いっきり笑っていた。……衝撃、強くないですかね?


 遠ざかっていくリユーの姿を眺める。こうして宇宙からリユーを見るのはこれで二度目だ。一度目は悲しみにうちひしがれて。過去を悔やみ、暗闇の中をさまよっていた。だけど、今回は違う。希望ではないけれど、確かに未来を見て、歩きだしたんだ。

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