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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Dark cloud hanging in the sky
30/59

些細な差異

「…………」

「…………ぁ」

「…………………………」

 視界に写る圧巻の光景。ところ狭しと動く人々。戦時中でさえ、ここまでの活気を感じるなんて。

 これが……話には聞いてたけど、こんなに大規模だとは…ノノだけじゃない。ここには、ありとあらゆる娯楽施設が集まっていると言っても過言ではないんじゃないか。そう思えるほどに目の前に広がる景色は圧巻だった。建ち並ぶ大型施設。そのどれもがきらびやかな光の装飾を施されている。

 圧倒されて顔を頭上に向ける。空中に映し出されているホログラムには地球での戦いが報道されている。

「なるほど」

 その映像を見て、納得した。地球軍の勝利に次ぐ勝利。地球軍の活躍によって平和がもたらされている。そんな内容ばかりだった。

 ここにいる人たちの大半は戦いが自分達には関係のないものだと思ってる。だからこんな風に暮らしていられる。

 違和感を、覚えてしまう。ここは歪ではないか…?こんなにも

「うわあ、すごい!」

「お、おい…!」

 俺が内心、複雑な気分になっているのを余所にただただ感動している様子のユウナ。

 声を上げながら、駆け出す彼女に呆れながらも付いていく。俺も、予想外の規模だったから驚いてはいるけど、興奮しすぎだろ………もう一人の同行者が、察しの真顔だからどんな反応が普通なのか分からなくなってくる。

「なあ、サラ」

 いや、真顔というには少し…

「サラ、どうした?」

「人が」

「?」

「いっぱいいる」

 一点を見つめているように、朧気な、何かを浮かべている。頬の上気はどう捉えれば良いのか。人が大勢いることを喜んでいるのか…?とてもそうには見えないけど……

「人混みは、嫌いか?」

「………」

 サラは黙って首を振るだけで、それ以上何も言わずに歩き出した。

「二人ともー!早く早く!」

 ブンブン手を振って、催促するユウナが酷く空気が読めない奴に見える。

「それはないか」

 本来の目的は、休暇を楽しむことなんだ。あいつは最大限空気を読んでる、はず。俺も楽しみたいし。昏い気持ちに囚われかけたけど、気持ちを切り替えよう。サラも、楽しいことしてれば気分が晴れるだろう。

「よし」

 俺は目一杯、力を込めて先にいる二人に追い付いた。

………。

……。

…。

 店内にかかるお洒落な音楽。滲み出る上質な空気感。買い物客からもどこからか上品な佇まいを感じる。

 28階建ての商業施設であるノノ、その最上階に位置するここ、名前、何て言ったかな……とにかくその最上階の服屋で買い物中な俺達だが。

「はいこれ」

 そう言って渡される服を無言で受けとる。

「次は、これ。んで、これも。はい」

「…………」

 積み上げられていく服の山を呆れながら抱える。抵抗したり文句を言う気力は大分前に尽きていた。

 目の前にはあーでもないこーでもない、等と悩む間もなく、少しでも気に入った物があれば即決で購入しているユウナの姿。

 他の買い物客も、この様子には少々、引いている模様……

 少々というか、かなり、か。

 俺はその荷物もちをさせられているわけで。

 サラはというと、ユウナに"買ってあげるからほしい服選んでいいよ"と言われて、あちこち見て回っている。サラはあれから一言も言葉を発していない。人に近寄りがたい印象を与える。機嫌が悪いとはまた違うと思う。最近のサラとも異なる。何があったんだろう。

 考えないようにしようと決めたばかりなのに、やっぱり気になってしまう。

 楽しそうに服を選ぶユウナに視線を移す。考えないようにするにはユウナを観ているのが一番かもしれない。あいつは今この状況を目一杯楽しんでるわけだし…

「あー、これも可愛いな……折角だから」

「……そんなに似合わないと思うけどな」

 聞こえないように小さな声で呟く。可愛い人が着れば、相乗効果が生まれるんだろうけど。如何せんユウナは可愛い人ではないのだ。どちらかと言えば綺麗系……

「何か言ったー?」

「何も」

 本人が着たいものを着るのが一番。というのは分かってるんだけど。釈然としない。

「こういう服の方が、なあ」

 手に取った紺のセットアップを眺める。大人っぽい服の方が様になると思う。可愛らしい格好よりは断然、落ち着いている方が好み………いや、待て待て。ただの趣味の話になってるじゃないか……でも、まあ、多分。恐らく?きっと…こっちの方が似合う、と思う。

「よし、こんなもんかな。イリアーありがとね」

「え、ああ。おう」

「何?変な声だして?」

「いや、別に……ボーッとしてたから」

「そう?まあいいや。そうだ。サラちゃん」

「なに?」

「気になる服、あった?」

「…………ん」

 サラが指を差した方には、深紅のワンピースが架けられていた。深い、深い、豊かな紅。派手すぎず、けれど堅すぎない。シンプルであるが故に、着こなすのは容易ではない。だけど確信があった。サラには似合うと。直感でそう思った。

「良いんじゃないか、あれ。似合うと思う」

「……そうね。じゃあそれにしようか」

「………」

 ユウナはそのワンピースを服の山に加えて会計に向かった。横目でその様子をみて驚愕した。表示された金額が想像を越えていた。桁が……あいつよくこんな金があるな。

「ふう、まあまあの収穫ね。っと、はいこれ」

「………」

「大事に着てね」

「………うん。ありがとう」

 そう言ったサラの唇が、僅かでも曲線を描いていたことが、俺には嬉しかった。

 今日、テールに来て、始めてサラの笑顔を見た気がする。

 ちょっと心配だったんだ。あの虚ろな顔はどこか機械じみていたから。俺と始めて会ったときの寂しさが戻ってきたようで。

………。

……。

…。 

「ふう、ちょっと疲れたわね」

「そうだな」

 ノノから出てすぐのところで立ち止まる。荷物もちは意外と疲れるということを学んだ。ほどほどにしたいものだ。

「時間も時間だしお昼食べに行こ。ちょっと行ったところに美味しいパスタのお店があるらしいの」

「そこ決定なのか…?」

「え、駄目?」

「駄目じゃないけど、まあいっか」

「な、なによ」

「いや別に……あ」

「なに?」

「ちょっと忘れ物。先行っといてくれ」

「え、うん」

 流石に白々しすぎた気もするけど、誤魔化す方が怪しい。

 俺は再び、28階まで昇っていった。店の中に入り、目当ての品物を手に取る。

 嘘はついてない。忘れ物はした。買い忘れだって立派な忘れ物だろう。この紺のセットアップをプレゼントしたら、ユウナは喜んでくれるだろうか……いつも迷惑ばかりかけているから、たまには。急にプレゼントなんてしたら驚くだろうか。趣味じゃないとか言われたらどうしようか。いや、そもそもサイズ的に着れるのか。

 …………考えるな。感じろ。俺の感性を信じろ。

 大いなる一歩を踏み出し、会計を済ませる。

 値段に唸ったのは言うまでもない。

………。

……。

…。

 ノノから出ると、そこにはサラが一人で立っていた。

「サラ、ひとりだ」

 言い終わるよる先にサラはこちらに向き直り、淡々と言った。

「場所も聞かずに出ていくなんてそそっかしいわね」

「え?」

「人気のお店みたいだから、多分混んでる。先に行くからイリア達は後で来て」

「サラ…?」

「伝言」

「……なるほど」

 ユウナの言ったことを反芻したわけか。急に口が悪………砕けた言葉遣いになるから、驚いた。

「待たせてごめんな。場所はユウナから聞いてるんだよな?」

「うん」

「じゃあ、行くか」

 サラは右を指差して、歩き出す。俺もそれに倣って進もうとして

「死人に口なしとは言うけれど、お人形さんにも口はないよね」

 心臓を捕まれたような感覚だった。透き通る声ではない。響く声でもない。突き刺さる声。心の奥底、ただその一点にのみ深く沈み込む。

「……っ」

 だから無意識に振り返ってしまった。声の持ち主を探してしまった。

 そこには黒髪の女性がいた。最初に感じたものは違和感だった。何がとは、言えない。何故とも分からない。心にかかる靄。それを振り払うようにして、俺はじっと女性の姿を観察した。

 美しい雑ざり気のない黒髪に透き通るような赤色の、瞳………左目は髪で隠されていて見えないが、確かに右目は赤を讃えている。

 全身を包む漆黒のローブから、どこか禍々しさを感じる。けれど表情は朗らかそのものだ。不気味さが反って増している。それに、この服装は明らかに場所と時間に合っていない。この不釣り合いさが相まって、俺に警戒の念を抱かせる。

「おっと、そんな顔をしないでよ。怖いじゃないか」

「あなたは、何ですか」

 俺の警戒を察してか、一際、害のないような素振りを見せる。違和感は薄れ、不審者という単語が頭を過った。語調も柔らかなものに変わっていた。

 けれど、最初に感じた。違和感の正体が知りたくて、俺は問いを投げていた。

「何、か。そうだね。しがない詩人だとでも思ってくれよ。誰に知られるわけでもない。ただひたすらに、僕は僕の想いを語り続けるんだ。僕の言葉が奏でる旋律は、その辺りで一山いくらで売っているものかもしれないが、それでも、それは星よりも重いのさ」

「はあ……?」

 出てきた言葉に思わず、呆然とする。滔々と語られる言葉たちは、流れるように過ぎ去っていく。最初に聞いた声とはまるで別人かのようだった。

「イリア、知ってる人?」

 流石のサラもこの状況には困惑しているようだった。それもそうだろう。急に話しかけてきたかと思ったら、訳のわからない文言を並べ立てるのだ。正直、早く立ち去りたい気分がすでに勝っていた。

「いや、知らない人だ」

「僕の詩、聞いていかないかい?」

「いえ、遠慮しておきます……失礼します」

「あ………」

 これ以上話を聞いても仕方ない。そう思ってサラの手を引いて立ち去ろうとした。そこに

「戦い戦い戦い。憎んで恨んで羨んで」

「……」

 また、背中から胸を刺された。

「零れた命も、失ったもの」

「あなたは」

 本当に何なんだ。どうして

「全てを壊す」

 胸が痛い。

「アナタはだあれ?ワタシはだあれ?」

「……それが詩ですか?」

 立ち去れず、俺はまた話を続けていた。この人は何かおかしい。

「ああ、そうだよ。いかがです?」

「明るい内容ではないですね」

「そうだね。そうだとも。言っただろう僕はただ自分を素直に表すと。ありのままの僕。それがどんな姿であっても、ね」

 また、調子が変わった。いや、戻った。掴み所のない飄々とした喋り口。奥底を感じさせない貼り付いた笑顔。この時には何も感じないというのに。一体、何が俺の心の琴線に触れるんだ。

「君はどう思うかな。サラ?」

「!?」

「……私?」

「うん、君だ。自分を正直に表す。僕はとても素晴らしいことだと思うけどね。この混沌とした時代では、それも誰に伝わるわけでない。そして」

「何なんですか、貴方は…」

 この人は何を知ってるんだ。見透かしたような台詞に態度。わざわざその質問を俺ではなくサラにしたということ。それが薄気味悪くて仕方がなかった。

「何がだい?」

「とぼけないで下さい。どうしてこの子の名前を知ってるんですか」

 サラがどういう人間なのかというのを出すのは、不用心に過ぎる。俺は別の方面から揺さぶりをかけようと迫った。

「君たちの会話が偶然聞こえた。それだけのことさ」

「………」

 欠片も動揺することなく、あっさりと返された。それを言われてしまっては言い返せない。例え、本当にそうだったとしても、ただの偶然とも思えない。

 感情の薄いサラに、自分を素直に表すことを問うなんて。

「そんなことはどうだっていいよ。いづれ分かることだからね」

 呟いたその声はまた、他のどれとも違っていた。浮かぶ表情も嗜虐めいた、邪悪な笑みだった。

 そして、俺たちに向き直り話を続ける。それは俺の心臓を抉るような声だった。

「僕はね。この世界が嫌いなんだよ。とても醜く濁っている」

「だから、何なんですか。それが今までの話とどう関係するんですか」

 背中に冷や汗をかいているのを感じる。嫌な緊張感だ。鼓動もやけに早い。

「どう、ね?簡単なことだよ。人っていうのは言うなれば世界の鏡さ。その時代の特徴に、否応にも僕たちは影響される。平和な時代であれば平和ボケした人が、繁栄の最中であれば活気溢れる人が、喜びには喜びを以て、悲しみには悲しみを以て、僕たちは此処に生きているんだ。だからね。僕が世界を嫌うのは僕が醜く濁っているからさ。世界が僕にそうさせる」

 自分を表せば、世界が分かる。この人はそう言ったのか。そんな一概に、決まる話ではない、はずだろ。

 だけど、分からない話ではない。ある意味ではこの人の発言は正しい。貧民街で生まれ育った人達と富裕層の人達の価値観が同じだとは思えない。百年前の人類と今の人類の気質が全く同じだとも考えられない。狭い世界で見ても、広い視野で眺めても、人が周囲に影響されるかどうかの是非は言うまでもないと思う。

「ついこの間まで、人同士で争っていたというのに、そんなことも露知らずと言ったご様子。今や手に手を取り合って、仲良く人類の窮地とやらを脱しようと戦っているときた。人の本質は団結力だなんて、そんな寒々しいことがあちらこちらから聞こえてくるよ。中身のない空っぽの言葉だねぇ。僕の方がよっぽど心に届く台詞を言ってのける自信があるよ」

「どうしてそんな話をするんですか」

「どうして、ねえ。詩人は気の向くままに言葉を告げるのさ。たまたま君たちがここを通りがかっただけのことだよ」

 嘘のようにも本当のようにも聞こえる。ただ語調が戻ったところから考えると、この発言には意味なんてないのかもしれない。

「それを運命と呼ぶなら、僕たちは出会うべくして出会ったと言うべきかもしれない」

 それらしいことを耳障りの良い声色で述べていく。感じ入るものが嵐のように乱高下するから、何がなんだか分からなくなっていく。

「イリア。君はこの世界が好きかい?戦いに満ちたこの世界が?」

 あまりにも綺麗な笑顔。それが作り物めいていて逆に怖い。

 もし仮に、さっきの質問が俺に、この質問がサラにされていたとしたら、俺もここまで動揺しなかっただろう。戦いを嫌っている俺に、こんな聞き方をしてくるなんて。図星を突かれた気分だ。

 俺はこの世界が、好き、なのか。

「……ふふ」

 即答できない俺を見て静かに笑う。悔しいけどそれが今の俺の答えだ。この世界が好きかなんて、分からない。

「っ……」

 女性は俺の背面に回り込み、愉快そうに言った。

「さてと、こう見えても僕は忙しいんだ。そろそろお暇させていただくとしよう」

「待て…!」

「戦うしかないのさ。君にはそれしかないんだから」

「え」

 振り返った場所には誰もいなかった。跡形もなく消えていた。結局、彼女が何者だったのか、一つも分からないままだった。ただひたすらに心を揺さぶられ続けた。

 本当に何者だったんだ。

 戦いしかない。そんなこと、思いたくないけど。それよりも君というのが誰を指しているのか、それが気掛かりで仕方なかった。


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