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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Black flower which blooms in the space
26/59

帰らぬ日々

 みっともなく泣いて泣いて、ようやく全てを出しきるまでに十分以上かかった。その十数分間サラはずっと俺を抱き締めてくれていた。サラが泣いて俺が抱き締めて、俺が泣いてサラが抱き締めて、何というか……何だかな。言葉にはしづらい。


 サラは俺のことをどことなく見ている。虚ろな眼差し。けれど目があってしまう。


 気まずくて、顔をそらす。


 何故だか沈黙も気まずくなってきて、言葉を絞り出そうと努める。


「ごめんな、取り乱して」


 サラは無言で首を横に振る。


「そうか、ありがとな」


 これにもサラは同じ反応を示す。サラは変わらずサラのままだ。何を考えているのかはよく分からない。あんなことがあった後なのに、何もかもが前と同じに思える。


 それが少し、寂しいような気がした。逆に嬉しいとも思った。ややこしい感情だな。まだ心がぐちゃぐちゃなのだろう。


 サラの方に向き直り、手をとって歩き始める。始めてこの子の手をとったあの時。色んなことが想像していたことと違ってきている。


 でも


 そうか


 だから


 少しだけ分かるような気がしたんだ。


 だって、同じように戦ったのだから。


 同じように泣いたのだから。


 二人で部屋に帰ると、ユウナが待ちかねたように部屋の中央に立っていた。


 そして、こちらに気付くや否や、サラに抱きついた。


「お帰り、サラちゃん」

「ユウナ…」

「それに、イリアも」

「ただいま、ユウナ」

「うん」


 サラの肩に手を置いたまま、こちらを向いて付け加えるようにそう言った。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。よく見てみると目尻が赤い。ひょっとすると俺たちを心配して泣いてくれていたのかもしれない。語調からもその不安げな想いが伝わってくるようだった。


 けれど、ユウナは首をブルブルと振ったかと思うといつもの明るい調子に戻って話を続けた。


「ほんっとーーに心配したんだから!艦も危なかったけど、そっちの方がギリギリだったでしょう?」

「俺たちは、」


 俺たちは、ギリギリだった。というより、本当は負けていた。俺たちだけじゃあ、最後の射撃は防げなかった。


「サラがいてくれたから。大丈夫だったよ」

「……そっか」


 そうだ。俺たちは助けられた。バタバタしていて言えてなかったけど


「サラがいなかったら俺たちみんな、駄目だったと思う。だから」


 そのお礼はちゃんと言わなくちゃいけないと思った。


「ありがとな、凄く助かったよ」

「私からも、守ってくれてありがとう」


 ユウナも続けてサラに向き直る。その表情は笑顔ではあったけれど、純粋な厚意に向けられるような無垢な笑顔ではなかった。もっと寂しげで、何かを諦めているような、そんな。


「………」


 サラはさっきと同じように、首を横に振った。


 けれど、少し違うのは困っているような素振りを見せたこと、そしてちょっとだけ嬉しそうだったこと。


 サラは、誉められていると、思ったのだろうか。


 その感情の表れが寂しいような、嬉しいような気がした。心は落ち着いても同じ反応を示した。


「話したいことも一杯あるけど、まずは」


 ユウナがそう切り出したのを、心地よい響きが遮った。


「俺じゃないぞ」

「じゃあ」


 二人でサラの方を見やる。お腹に手を当てたサラが不思議そうに呟いた。


「グーって鳴った」

「お腹空いたのね。ご飯食べに行く?」

「うん」

「イリアは?」

「俺は……大佐たちの様子を見てきたい」

「分かった、二人とも、多分まだ医務室よ」

「ありがとう」

「お腹鳴ったの、始めて」


 サラはそう言いながら、楽しそうに部屋を出ていった。



 医務室にはブルーノとロアナがいた。上裸のブルーノにロアナが何やらやっている。どうやらロアナがブルーノに治療をしているようだが。


「また、こんなに怪我して。」

「戦闘に怪我は付き物だ。この程度の怪我、どうということはない」

「相変わらず、真面目ね。はい、これで終わり」

「ありがとう。いつも助かる」


 どうにも、ロアナとブルーノの間にだけある、特別な関係がうかがえるようで、若干声を掛けずらい。と、出方を迷っている内に、先にブルーノに呼び止められてしまった。


「お前か、何のようだ」

「怪我の具合は」

「大したことはないな。操縦に支障もでない」

「そうですか、良かったです」

「なに?貴方も怪我したの?」

「いえ、俺は」

「じゃあお見舞?律儀ね」

「でも、酷くないみたいで安心しました」

「そりゃあ、私がいるからね」

「そういえばロアナさんってオペレーターでしたよね?」

「どちらかと言えばこっちの方が本業なの、乗組員の心身管理はお任せってこと」

「そうだったんですか」

「ロアナの腕前は折り紙つきだ。お前も今後世話になるだろう」

「あら、誉めてくれるの?嬉しいわね」

「事実を言っただけだ」

「素直じゃないわね」

「お二人は顔馴染みなんですか?」

「地球にいるときにね。ブルーノ少佐ってば、戦闘の度に怪我して帰ってきたんだから、嫌でも覚えたわよ」

「少佐が…?そうは見えませんが」


 勝手な偏見だけど、ブルーノ少佐は完璧に作戦をこなすというイメージがあった。そんなに怪我ばかりというのはどうも想像できない。


「むしろ逆よ。この人、一人でも突っ込んじゃうような無鉄砲だったんだから」

「人を考え無しのように言うな。あの時は、俺もまだ力不足だった。迷惑をかけてすまなかったとは思っている」

「今も怪我して帰ってくるんだからおんなじよ?」

「同じではないだろう」

「私としては怪我をして帰ってきてるってことは変わらないわよ」

「いいだろう。そこまで言うなら、次は無傷で帰ってきてやるさ」

「お、言ったね。期待しないで待ってるわ」

「そんなことを言えるのも今のうちだ」


 上着を羽織ながら、部屋を出ていこうとするブルーノ。扉に手をかけたところで思い出したように振り返った。


「イリア。さっきの戦い、前よりは増しな動きになっていたぞ」

「あ、ありがとう、ございます」


 そのまま俺の返事を聞かずに部屋から出ていってしまった。少佐は嘘は言わない人だ。それが分かるから純粋に嬉しかった。


「ほんと、素直じゃないわね」


 それには同感です。


「そういえばロアナさん。ノーラン大佐は?」

「ああ、あの人なら治療を受けてすぐ出てっちゃたわね。何でも緊急の会議があるとかで」

「……」


 会議か。何だろう。サラのことか、アパレイユの新兵装のことか。何にせよ今は会えるような状態ではないということか。取り敢えず、元気そうで良かった。


「そうですか。ありがとうございます」

「いーえ。貴方も何かあったら遠慮なく頼りなさいな」

「はい」


 医務室を出て部屋に戻る途中、通路を歩いていると曲がり角の奥から話し声が聞こえてきた。ユウナの声だ。ということはサラも一緒にいるんだろう。角を出ると、二人に加えてもう一人ミシェルの姿があった。ユウナとサラは俺に背を向けるようにして立っているので俺が近づいてきているのには気付いていない。三人とも楽しそうに会話をしている。いや、サラは笑っているわけではないか。でも心なしか楽しそうだ。声をかけようと手を上げると、ミシェルが俺の存在に気づいたようだった。


「イリアさん。お疲れさまです」

「あっ…ああ。お疲れさまです」


 この子と話すのは、そう言えば、始めてだったな。丁寧に挨拶されたので、たじろいでしまった。


「食堂でばったりあってね。一緒にご飯食べて、ここまで来たの」

「なるほどね」


 ユウナの発言は、聞き流しつつ、話を続けているサラとミシェルの方に目をやる。


「ミシェル、今度遊ぼうね」

「う、うん。私で良ければ……」

「あと、玉子焼きありがとう」

「う、うん……どういたしまして」


 す、すごい……何が凄いってサラが会話をリードしている。ように見える。まあ、実際はあり得ないほど二人ともテンポが悪いから、聞いているともどかしくなってくるのだが。


「わ、わたし、そろそろ勤務に戻らないと……失礼します……!」


 ミシェルはきゅーっと畏まって、早足で駆けていった。本当に勤務時間が近かったのだろうが、微妙に居たたまれなくなったのもあるだろう。誰でもあの調子で会話を続けるのは難しいと思う。何にせよサラと仲良くしてくれる人が増えるのは嬉しい。今度会ったら、お礼をいっておこう。


 部屋に戻って、しばらくすると、サラは眠ってしまった。時刻はもう9:00を回っている。良い子はもう寝る時間とはよく言ったものだけど、流石に俺たちは良い子良い子していられる場合ではない。


「なあ、ユウナ」

「そりゃ、気になるよね。ちゃんと話すよ」

「俺たちが出撃してから何があった?」


 単刀直入に切り出す。ユウナは記憶を辿るように、ゆっくりと話始めた。


「サラちゃんが苦しみだして、怖い怖いって呟いてて、それで」


 そこでユウナは一度目を閉じた。その時の光景を再現するように、瞼を持ち上げてこう言った。


「目が開いたの」


 その発言は仰々しくさえも聞こえた。言葉選びはむしろ簡単な方だろうが、言い方はむしろそこから大きく乖離していた。


「?起きたってことか?」

「単純に起きたっていうより眼が醒めたって言った方が良いかもしれない」

「眼が醒めた……?」

「そうね。食堂でブルーノ少佐を組伏せたことがあったでしょう?」

「ああ」

「あれをさらに研ぎ澄ました、何というか、そうね……一言で言うなら機械みたいな感じだった」

「機械……?いやそれは」

「ごめん…機械は違ったかな。私も管制室で戦闘の様子は見てたから、感情がないみたいなのじゃない」


 ユウナは言葉を探るように、こめかみに手を当てる。そして、合点がいったように、俺を見据えてこう告げた。


「私は、機械がバグを処理しきれなかった、そう思った」


 分かるようで分からない。感覚的には伝わる。けれど、それじゃあ、サラは機械であることが前提かのようだ。それが嫌で分かろうとすることを、拒否しているのかもしれない。


 困惑の色が増したのを察したのか、ユウナはポケットからモニター付きの端末を取り出した。


「まあ、口で説明するより見てもらった方が早いわね」


 そうして、その画面に映像が写し出される。数時間前の俺の部屋の映像。俺が出撃して一時間ほど経過した後だった。


・・

「っう……うう」

「サラちゃん……」

「………」

「落ち着いた…?ん、でも熱いな。汗もすごい。ちょっと待っててタオル持ってくるから」

「………」

「きゃあぁ!なに!?砲撃?」

「あああああああああああああああああ」

「サラちゃん!?」

「…………ぁ」

「サラ、ちゃん??」

「殺さなきゃ」

「え」

「殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ」

「どうしたの!?サラちゃん!?!?」

「私は、殺さなきゃ、じゃなきゃ死んじゃう!!」

「あっ!……ぅ」

「殺さなきゃ、殺さなきゃ殺さなきゃ」

「い……今イリアが、戦ってる。だから、大丈夫。」

「え」

「私も……だからサラちゃんは、」

「駄目……」

「サラちゃん」

「駄目……イリアが」


「死んじゃう」


・・


「これは」


 映像を見終わった俺は無意識に声を漏らした。確かに眼が開いたという形容も処理しきれないバグというのも納得できてしまう。この拒絶反応は異常だ。異常にすぎる。


 ”殺さなきゃ、じゃなきゃ死んじゃう!!”


 この言葉が頭にこびりついて離れない。


 記憶喪失というのは、一種のショック状態だと聞いたことがある。脳が抱えきれなくなった記憶を、忘れることで負荷を減らす、自己防衛反応だと。それはまさに、今のサラに合致することのように思えた。処理しきれないバグというのも改めて頷ける。サラは一体どういう過去を背負っているのだろう。そんなにも苦しいものなのだろうか。それを思い出すことが出来なくなるほど、記憶を失ってしまうほど辛いものなのか。


「サラちゃんは普段感情を表に出さないけど、だからかな、自分の感情をコントロール出来てない。異常なほどに死を恐れてる」

「昔、何が……」

「分からない。けど、あの子はサージを操縦できた。しかも圧倒的に強かった。少なくとも」

「……戦場に出たことがある、ってことか」

「そうね。命のやり取りをしたことがある」

「でも、サラは箱の中しかしらないって」

「……私はむしろ色々繋がった気がする」

「何が…?」

「あくまで推測だけど、サラちゃんが戦いに関係しているとする。しかも、戦闘に参加するような形で。それが自分の意思なのかどうかは置いておいてね。戦いの中であの子は多くのトラウマを経験した。それで、何かがあって戦いから抜け出して、あまりのショックに記憶を失う。けれど、その時の記憶が奥底に眠っていて、無意識的に戦いを恐れている。」

「それは、確かに辻褄が合うな」


 ユウナの推測には、俺も行き当たっていた。そして、次第に発言に迷いが見えはじめていた。その理由が俺にはすぐに分かった。だから。


「ただ、その、これだと」

「……なんだよ?」

「ほら、これだと少なくとも今の、この戦争を経験しているってことになるでしょう。さっき確認したけど、サラちゃんのデータは地球軍には無かった。今回の入隊が始めて。となれば後は」


 その、言葉を口にしてほしくなかったんだ。


「敵と、アパレイユと関係しているって思うしかなくなるから」

「そんなこと無いだろ」


 頭で否定するより先に、即座に言葉でユウナの考えを否定する。


「私だってそう思いたいけど、でもさ」

「絶対に無い!」


 声を荒げる。


 だって、嫌だ。


 認めたくなんかない。


 論理的な結果なんて知りたくない。


 可能性が他にあるって思いたい。


 戦いになんて関係がない、ただの少女だって思いたい。


 そうだって。


 ようやく思いかけていたのに、どうして、どうして、どうして、また、そうやって、否定するように答えを出すんだよ………!!


「そもそも……だってあの子は人間だろ……どうしてアパレイユになんか」

「それは……分かんないよ。でもさ敵の正体なんて、誰も知らない。もしかしたら本当に敵が同じ、人間だって可能性も、あるかもしれないじゃない」

「サラは、味方だろ。俺たちを守ってくれたんだぞ」

「でもそれは記憶を失ってるからかもしれない」


 記憶を失ってるから、だから今はって、そんな風にだけは絶対に思いたくない。思いたくない、のに。


「イリア、何か知ってたんじゃないの?」

「何かって何だよ……」

「だって急に軍が信用できないとか……様子だって普通じゃなかったし」

「俺は!!」


 もはや言葉は脳を介しているとは思えない、反射的なものになっていた。感情的に、現実が辛ければ辛いほど、そこから逃げようとする力は爆発的に大きくなって表に出る。


 そんな俺を見てユウナはどう思っただろうか。俺はもう彼女の表情を伺い知ることすら出来ないでいた。ただ目を逸らして、拳を握りしめるだけ。それだけしか出来なかった。


「何も……知らない」


 部屋のなかに暗い沈黙が差す。重い淀んだ空気。そこにさえ、なお澄み渡るユウナの声。覚悟を決めた軍人の声が響く。


「………記憶を取り戻したあの子がどう行動するか分からない。だから私は少し警戒しようと思う」

「サラを監視するってことか…?」

「そこまではしないけど。注意は払おうと思う。何が起きても良いように」


 ユウナの決意は揺らがない。彼女は自らに誓いを立てている。人々を守るために。彼女の心をも犠牲にして。


 それが分かっているから言い返せない。彼女の決意に水をさせない。けれど、思わずにはいられない。


 もう戻らない、あの無垢なままだった日々。つい数日前まで手にしていた帰らぬ日々。


 それを想うようにして、天を仰ぐ。


―――どうして

 

―――どうして、こうなるんだよ

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