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今日は、昨日の宣言どおり、部屋の一室に篭っている。
かれこれ、4時間以上、りうに餌をあげはしたけど、彼の相手もしないまま没頭している状態だ。
もちろん、自身の御飯など、後回しに決まっている。
それほど楽しい作業を私はしているのだ!!
ハーブのエキスを抽出し、植物性のオイルとまぜて、私オリジナルのアロマオイルを作成する。
形から入る私の今の姿は白衣。
さながら、実験室だ。
理系の薬学を学んでよかったと思う。
孤児院で育ち、身寄りのなかった私に周囲の大人は優しくはなかったけど、それに立ち向かえる根性は培った。
酷いイジメにもあった。
いや~あの頃の子供の残酷さって、類を見ないものだと思う。
あんなことをできるのって、親の教育が悪いんだって思ったさ。
親が居る子が羨ましくて仕方なかったけど、あんな子達の親ならいらないって心から思って、そう考えると私って幸せな方?とか思ってた。
「時が来た。」
ん?
ふとそんな声が聞こえたような気がして、周囲を見渡す。
「りう?んな訳ないか。」
実験室のようなこの部屋にりうは立ち入り禁止だ。
危ないしね。
「ねえ、暁。俺と一緒に来て。」
あれ?ハーブの匂いに酔ったかな?
幻聴が。
「時が満ちてやっと喋れるようになったんだ。喋れるようになったってことは、俺の魔力が戻ったってこと。」
また、幻聴かよ。
今度は、長文だな。
ん、やっぱ、朝からぶっ続けはだめだよね。
「俺と一緒に新しい世界に行こう?」
振り返るとりうがいた。
「りう?イヤ、まさかね。駄目じゃない、入ってきちゃ。」
立ち上がり、りうに近付いて抱き上げようとした。
「うん、でも俺、行かなきゃ。」
はっきりと喋ってるように見えた。
「行く?何処へ?」
気付かないフリを咄嗟にしてしまった。
あれ?まだ、夢見てんのかな、りうが喋ってるよ。
でも改めて思ってしまった。
「一緒に来て、暁。君が必要なんだ。俺は、君に決めたんだ、俺の伴侶になって。」
おおおー、何てことでしょう、猫にプロポーズされたよ。
こりゃ、夢だな。
「ははは、これは、私の奥底にある願望か?いやはや、願望だからといって、猫相手に、“ハイ”とは言えないでしょ、それに、りうは、まだ子猫だよね。私ってばオバサンだよ。オバサン。若返りでもしなけりゃ、無理無理。」
って言うか、真面目に答えてるな、私。
イカレてる。
「じゃあ、新しい世界に行けば、若返るんだとしたら?一緒に来てくれる?」
そう来たか。
「あのね、りう?そんなことは、ありえない。劣化を防ぐ努力ってのはできるけどね。それに、人の時を他人がどうこうしていいもんじゃない。」
「でも、気にするでしょ?今なら、神も俺の願いを何でも叶えてくれると思う。自分を犠牲にして、世界を救った御褒美に。」
りうがメルヘンなことを言ってる?
「いや、いや現実を見ようよ。」
自分のエステ力で、お客様の綺麗を引き出すこと、それをできるだけ保つことができるように援助すること。
それが私の力で、仕事だけど、お客様を若返らせることは出来ない。
ましてや不老不死なんて論外だ。
「俺ね、魔法が使えるんだよ。」
言ってろ・・・。
「戦いの最終局面で全ての力を使い果たした瞬間に、こっちに飛ばされて、力を回復させるためにこんな姿になっていたけど、力は戻った。帰れるんだ。仲間もいる。」
あー煩い。
「お断り。私ってば、仕事に命掛けてんの。」
「うん、だから、その仕事を俺の世界でもすればいいよ。暁の仕事は、向こうでもきっと喜ばれる。」
呆れてため息も出ない。
「勝手なこと言わないで、なんだ?これ、夢か?私のりうは、そんな無茶振りしないし、人間の言葉なんて話さない!それに、変な世界に連れて行かれたくない。」
「一緒にくれば、若返るんだけど?それでもイヤ?」
身寄りの無い、一人モンでも、仕事を持っている以上責任と言うものがある。
「私はね、ここまで来るのに苦労したの。一生懸命学んで、働いて、やっと、お得意さんもついた。過去に囚われることはもうやめたの。」
「うん、でも、来て欲しいんだ。俺の伴侶は暁しかいないって決めちゃったから。」
なんだか、煩い幻聴だな。
「伴侶って・・・あんたね~あの日、行き倒れていたのを助けただけでしょ?私以外の人が拾ってたかもしれないじゃん。」
完全に猫のりうと会話を成立させてしまってるよ、私ったら・・・。
「ううん、傷付いて、死にそうな子猫なんて見向きもされなかった。暁だけが立ち止まって抱き上げてくれた。その時に流れ込んできたんだ、君の優しい思いが!その思いが俺を死なせなかった、医者に連れて行ってくれた。」
いよいよ疲れがピークに達したか。
もしかして、これって、まだ起きていない私の夢なのか。
一人悶々と思考の渦に囚われていく。
「聞いてる?」
「はい、はい。もう勝手にすれば?」
「え?本当!?」
「でも、私の商売道具・・・かんなりお金つぎ込んでるんだから、この部屋ごとってんじゃなきゃ、絶対イヤ。」
私もイカレてる。
ああ、本当、現実の私は転寝でもしてるのかな。
そんなにストレス溜まってる?
「分かった。」
そんな声がした。
つづく