ハウリングは朧気に
目が眩むような賑やかな光が中央に集まる。ギターにベース、シンセの音が絡み合い、ドラムが響く。切り裂くような歌声がメロディーの上から叩きつけ、観客の歓声が沸き起こる。
ジャンプするボーカルの着地に合わせて、楽器の音が鳴り響き、ボーカルがマイクを掲げると煌びやかな光が一斉に消え、音も無くなった。
無音のステージを見る観客の声が最高潮に達し、ホールの中にアンコールを求める声が響き渡った。
ステージ上に渦巻く高揚感。観客の声が呼び水となって、拡声器頭のボーカルは、キーンと耳鳴りを酷くしたようなハウリング音を立てた。
「声が小せぇ!」
わぁっと観客の声が地響きのように箱の中を騒がせる。アンコールの声は止まない。
「聞きてぇなら声を張り上げろっ!」
拡声器頭の音に合わせて、ビーンとギターの弦が鳴った。
一段と大きくなるアンコールの声。
バッとステージに光が満ちて、ドラムのステッキを叩く音が聞こえ、ギターとベースの音が混じる。シンセサイザーの音が重なるとともに、ボーカルの叩きつけるような力強い歌声がホールに響きだした。
ステージを彩る光の切れ端が楽器を奏でるバックバンドにも降り注いでいて、観客の歓声が振動となって、楽器を持つ自分たちにも浴びせられる。
歓声と演奏と歌声が箱の中に凝縮して、光とともに弾けた。
「てめぇらじゃねぇんだ。観客は俺を、俺の歌を求めてるんだ」
楽屋にボーカルである拡声器頭の怒鳴り声が響いた。ステージ上の歌声とは正反対の醜い音だった。
「……後半、声が割れてた。アレはねぇよ」
ベースをケースの中に丁寧に仕舞っていたメトロノーム頭の青年は静かに呟く。
「ペース配分が良くねぇ。喉を潰すのは勝手だが、息が続かねぇぞ?」
「味だよ! 味! そんくれぇ分かんねぇのかよ」
ケッと拡声器頭が怒鳴りつけると、ドラムを担当しているモニター頭が「いい加減にしろよ」とため息交じりに零した。
「オマエだって、そろそろ落ち目だろ?」
「後ろの方、空席が目立ってたな」
ミキサー頭が、自分の頭と繋がっていたシンセサイザーのコードを外しながら嗤う。
「なんだよ、てめぇら……俺の歌に集ってるくせに……」
「やめなよ……」
ギターケースを背負ったスピーカー頭は、軽く首を振ってメンバーの口論を止めようとした。
「てめぇもだよ!」
しかし、拡声器頭の耳には自分への批判の始まりにしか聞こえなかったのだろう。キーンと耳に響くハウリング音を立てて、立ち上がるとパイプ椅子を蹴りとばす。
「お前ら、全員首だ! クビ! もう二度と俺のステージに立たせてやらねぇ」
怒鳴る拡声器頭の声がハウリングしてキンキンと頭の奥に反響する。嫌がるような素振りを見せたバックバンドのメンバーたちは、静かに立ち上がった。
「わぁったよ」
「そこまで言われちゃなぁー」
「しゃぁねーよな」
メトロノーム頭が静かに呟けば、モニター頭はヤレヤレと肩をすくめ、ミキサー頭も自身の頭のつまみをちょいと弄って立ち上がる。
「おめぇらの替わりなんていくらでも居ンだよっ!」
何処かヤケクソに聞こえる拡声器頭の声を尻目に、それぞれがそれぞれの荷物を手に持つと楽屋から立ち去った。
スピーカー頭は楽屋の扉を静かに閉める。軋んだ扉の音が、やけに頭に響いた。
ライブハウスを出た四人は駅前の交差点まで無言で歩く。誰も何も口にしなかった。
通りを走る車のライトがまるでスポットライトのようだと思いながら、ただひたすらに足を動かす。
「実はな……」
モニター頭が呟く。
「次の話を貰ってるんだ」
「引き抜きって奴か?」
「あぁ……」
頭のモニターが物悲しい色に瞬く。たとえ今日、喧嘩別れのような事態に陥らなくても、いずれはバックバンドから抜けることになっていたと言外に告げていた。
その言葉に、ミキサー頭も「お前もかぁ」と軽く笑った。
「実は、俺もな……昔なじみから誘われてて、ちょっちグラついてたんだ」
今日のこのことで決心がついたとばかりに、頭のツマミを弄って、声色を清々しいものに変える。
「俺は定職に付こうと思ってるんだ」
メトロノーム頭は、忙しない音を立てていた針を止め、錘の位置を変える。手を離せば、チックチックとゆっくりとした落ち着いたリズムを刻みだした。
「いい機会だったよ……これで諦めがつく」
「そうか……」
三人が三様の道を歩みだそうと心に決めていた時、彼女は迷うようにライブハウスを振り返る。
「スピカ、お前はどうするんだ?」
「あたいは……」
目の前ではチカチカと横断歩道の青い光が瞬き、赤い光へと変わっていた。
立ち止まる。空を見上げれば、霞む空に朧月がボンヤリと光っていた。
ブーブーッと音が鳴る。スマフォのアラームだ。
「あぁ……バイトに行かなきゃ……」
朧月のようなボンヤリとした声で呟いた。
「バイトって……駅前の商店街のバーだっけ?」
「あぁ」
メトロノーム頭の声に頷いたスピカは、駅に向かう三人に背を向ける。
「気を付けろよー」
「またな」
口々に叫ぶ三人に答えるように手を上にあげ、ヒラヒラと手を振って走り出す。
(前からわかってたじゃねぇか。終わりが近いとは思ってたンだ……)
走りながら独り思う。
絶頂期にはライブハウスに入りきらなかった集客も、今は空席が目立っていた。下り坂だというのに絶頂期の気分のまま、ボイストレーニングを怠ったボーカルの声は罅割れていて、見る影もない。
それでも昔の栄光が、まだ続いていると信じ切っているボーカルは現実を見ることなく、こちらをバックバンド風情と下に見る態度を崩さなかった。
バンドメンバーたちだって、下に見られて喜ぶようなマゾじゃない。
心が離れれば、それぞれの道を模索するのも必然だろう。
「……音が」
輝いていた。光に満ち溢れていた。憧れを抱いていた。
それらは全て幻想で、虚構に満ちたものだったと知ってしまった。
「いつかは……」
そんなこともあったと笑い話に出来るだろうか?
そんないつかがいつ来るのかなんてわからない。それでも、心に巣くうモヤモヤを晴らすために……
―――カランカラン……
バーの入り口の扉にかかったベルが鳴る。
「いら……なんだ、玲音じゃない」
シェーカー頭のマスターが呆れたように出迎えた。
「裏口を使いなさいってあれほど……ん? どうしたの?」
「ピアノ、貸して」
バーの奥にあるピアノに一目散に向かう。
鍵盤を押せば、ポロンと音が響いた。
お行儀よく椅子に座ることなく、鍵盤に指を滑らせる。小気味よく弾く指が豊かな音を奏でてバーの中に響きだした。
「荒れてるねぇ……」
カウンターに座った常連の男が呟けば、マスターは肩をすくめた。
「うちの子のリサイタルよ。お付き合いくださいな」
白と黒の鍵盤の上で指を踊らせる。先の見えない迷路の壁をぶち壊すように、自分を鼓舞したいと思うと同時に、憧れが失望に変わる瞬間の記憶を忘れ去りたいとも考える。
頭の中を真っ白にして、音に酔う。その何も考えなくていい瞬間から醒めたくないと願ったその時に、最後の和音を奏でて曲が終わった。
「……」
全力疾走をしたかのような荒い息が聞こえ、それが自分のスピーカーから漏れる音だと気が付くまで、もう少し。
それでも、まだ、夢を見ていたかった―――




