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二の打ち要らずの神滅聖女 〜五千年後に目覚めた聖女は、最強の続きをすることにした〜  作者: 藤孝剛志
2章

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第4話

「いや、まさか今さら聖導経典が必要になってくるとは」

「なんで要らないと思ったのか」


 居続けるだけでエムに危害を加えているようだったので、ニルマたちはマズルカ教会に戻ってきた。

 教会の前では子供たちが犬を追いかけ回していた。

 家を失った子供たちだろう。それほど悲壮感はなく微笑ましい光景だとみていると、犬はニルマのもとにやってきた。


「おい! どうにかしてくれ!」


 犬がしゃべり出す。犬は魔神ネルズファーの仮の姿だった。


「いいじゃん。子供たちと遊んでやりなよ」

「やってられるかよ!」

「逃げたら叩きつぶすからな。ちゃんと犬のフリしてなよ?」


 逃げて隠れられたら探す手段はない。だがそんな事情はおくびにもださず、ニルマは迫った。


「なんだって俺がこんな目に!」

「ちょっと我慢しててよ。新居借りられたら、そっちに呼ぶからさ」

「ほんとだな! すぐにどうにかしろよ!」


 子供たちが追いかけてきて、ネルズファーは逃げ出していった。


「ネルズファーどうするんです? 始末しないのなら契約しないと危険ですよ?」


 現状、ネルズファーは自由な状態だ。本性をあらわして子供たちを襲うことも出来るし、逃げ出すこともできる。

 だが、それをしないのは単純にニルマを怖れているからだった。


「しばらくは大丈夫でしょ」

「……魔神なんですけどねぇ、あれ……」


 ザマーがぼやいた。


  *****


「どうぞ」

「あ、カリンちゃん、ありがとう」


 教会の居室。

 ニルマ、ザマー、セシリアがテーブルを囲んでいた。そこにカリンはお茶を入れて持ってきてくれたのだ。

 カリンは、はぐれ者のコミュニティーで育った少女だ。

 ネルズファーの契約者だったが、街での事件のあとニルマ預かりで神官見習いという形になり、今は教会に身を寄せていた。

 なので、カリンもマズルカ教の神官服を着込んでいる。


「そういえば、カリンさんが神官見習いってどういう流れで決まったんですか?」

「今のマズルカはあまりに弱いし、戦力の増強を図ろうと思ったんだけど小さい子の方が伸びしろあるかなと思って」

「げっ!?」


 ザマーが引きつったような声をあげた。


「げっ、ってなに?」

「いや、それ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって。マズルカ式は初心者の手引きは手厚いから」

「いえ。教えるのがニルマ様って点で甚だしく不安なんですが」

「本当に大丈夫だって。最初のうちは体力作りだから危ない練習はないし」

「えーと、もしかして修業を断ったら追い出されるとか思ってたりしませんか?」


 ザマーが念のため、カリンに確認する。


「私、頑張る!」


 ザマーの心配など気にもしていないのか、カリンは張り切っていた。


「本人が納得してるならいいんですけど……嫌になったらやめてもいいんだからね?」

「ザマーもしつこいね。こんなちっちゃい子に無茶をさせるわけないでしょ」


 ニルマは呆れたように言った。


「ニルマさん。町外れの屋敷はどうでした?」


 カリンの話に一段落がついたところでセシリアが聞いた。


「賃貸料が安すぎて怪しいのは承知の上で行ったんだけど、やっぱり悪霊だらけだったね。セシリアでどうにかならない?」


 ニルマには無理でも、現マズルカ教の正当な神官であるセシリアになら対処できるかもしれない。

 そんな期待を込めてニルマは聞いてみた。


「その、あのあたりは近づいただけで気分が悪くなって吐きそうで……」

「なんで、誰も彼も吐きそうになってるんですか……」

「お母さんなら、可能かもしれないですが」

「それはやめとこう。体調に悪影響でそうだし」


 セシリアの育ての母でもあり、神官長でもあるローザは老齢で体調が優れないことが多い。

 無理をさせればそれだけで、死期が近づいてしまうことだろう。


「聖導経典があればどうにかできそうなんですか?」

「うん。あれはマズルカの聖典は網羅してるし、儀式の類も勝手にやっちゃうし」


 聖導経典。

 それは高位聖職者を補助する為の聖具だ。

 聖典、経典の類が全て記録されていて自由に参照できるのはもちろんのこと、様々な儀式の執り行ないを補助し、使用者の活動記録まで行う便利な代物だった。


「結局、ニルマ様は聖導経典がないとポンコツ聖女なんですから、目覚めたなら真っ先に回収に向かうべきだったんですよ! 今わかっているだけでも、洗礼や悪霊祓いなどの基本的儀式が行えない。魔神を調伏し隷属する契約ができない。失効した魔神契約の詳細がわからない。などの問題が山積みなんです」

「まぁ……あまり反論はできないというか……」


 それでも大丈夫と言い張るだけの気力はニルマにもないようだった。


「ということは、回収にいくしかないとわかってるんですよね? なんでそんな煮え切らない態度なんです?」

「いや、文句言われると思うし……」

「そりゃ言うでしょうね! 重り付けて五千年も海に沈められたら!」

「その。経典ということは本だと思うんですが、文句を言ったりするんですか?」


 セシリアが不思議そうに聞いた。


「喋るね。ド正論で真っ正面から詰めてくるね」

「いえ。聖女に文句を言う聖導経典なんて他にないと思いますよ」

「それについては異論があるなー。だって聖導経典を使ってた聖女って私だけだから!」

「そうなんですか? てっきり、五千年前の聖女様は皆さん使っておられたのかと」

「そりゃ、聖導経典は補助ツールですから。補助がいらない立派な聖女様にとっては無用の長物ですよ」


 聖具は神から授けられる貴重なものだ。聖女ともなれば聖具を要望できるが、わざわざ聖導経典を選ぶ者はいない。他にいくらでも有用な聖具はあるからだ。

 ちなみに、ニルマの場合はマズルカ神から強制的に聖導経典を押しつけられた。


「本の形のものが、五千年も海に沈んでいて大丈夫なのでしょうか?」

「そのあたりはあまり心配してないんですが。問題はどこにあるかです。どこにやったか覚えてるんですか?」

「あのね。重りをつけて適当に投げたのに覚えてるわけないでしょ」

「逆ギレしないでもらえませんかね? どこから、どれぐらいの力で、どの方向へ投げたのか、まったく覚えてないってことはないですよね?」

「うーん……水しぶきが上がるのは見たから、そこまで遠くはないような……」

「とりあえず海いきましょうか! 行けば何か思い出すこともあるでしょう!」


 ザマーが率先して立ち上がった。


「なんでザマーがノリノリなのよ」

「だから絶対に要るって言ってるでしょ!」


 ニルマもしぶしぶ立ち上がる。


「セシリアさん。海ってどういけばいいです?」

「そうですね。一番近いのは南側だと思いますが。南門から出て南下すれば半日もかからずに到着するかと」

「……まあ、近づけばなんとなく気配はわかるかなーとかは思うんだけどさ」


 状況から考えると、まったく見つからなくて途方に暮れる可能性は高い。

 なのに、なぜか見つかる予感しかしなくて、嫌気がするニルマだった。

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