第3話
ニルマは、敵と見做せば容赦はしないが、対話の可能性があるなら無視はしない。
それに、幽霊退治など害獣駆除のようなものでしかなく、敵とも思っていなかった。
「で、何者?」
『エムちゃんです……』
「自分でちゃんづけって、案外図々しい人ですね」
ニルマたちは、二階のリビングに移動していた。
ニルマとザマーはボロボロのソファに腰掛けていて、エムと名乗る幽霊の少女は、床に座り込んでいる。
ニルマがそうしろと命じたわけではないが、なんとなく腰が引けているらしい。
落ち着いて見てみれば、部屋は荒れ放題だった。長らく人が住まず手入れもされていなかったのだろう。
『その、博士にはM8号って呼ばれてました。けど、それだとかわいくないから……』
「エムちゃんでいいよ。で、ここに住んでる、でいいのかな。私も先住者を追い出してまでここに住もうとは思わないんだけど」
自意識があり、対話が可能なら先住者と見做していいのだろう。
ニルマは、借主は自分だから出て行けと権利を振りかざす気にはなれなかった。
「いや、でも彼女らがいることで街に迷惑はかかってるんじゃないですか? 館の持ち主は貸せなくなるし、周辺には人が住みづらくなるんですから」
「まあ、格安の賃貸料は悪霊退治も込みってことかもしれないけど。エムちゃんたちがよければ、このままここに住む? いきなりやってこられて迷惑に思うかもしれないけど、こっちも事情があってさ」
『あの……多分無理です……ニルマさんがいるだけで、吐きそう……』
「幽霊だけど咳き込んだり、吐きそうになったりってなんなんですかね」
「意味はわかるけど、心外だなぁ」
高位の聖職者を前にすれば、雑霊の類はその存在を維持できなくなる。
エムはかなり自我がはっきりしているので即座に消滅することはないが、かなりの負担がかかっているのだろう。
「同居は無理となるとどうしたもんかな。どうしても借りたいわけでもないんだけど、見ちゃったからなぁ」
借りるのを諦めるのはいいとしても、悪霊が蔓延る屋敷の実態を見てしまった以上は聖女として放置できなかった。
「とりあえず他所に移ってもらうのはどうかな。この屋敷に縛られてるかもしれないけど、他にも関連のある場所ぐらいあるでしょ」
「それって問題解決になるんですかね?」
自我もなくただ暴れるだけの悪霊は退治するしかないが、知性の残っている霊であれば他に思い出深い場所もあることだろう。そこに移すことはできるはずだった。
『他所は無理です……エムちゃんはここで産まれて外に出たことがないです……』
事情はわからないが、生前に屋敷を一度も出たことがないとなると異常な状況だった。
「じゃあ、後は昇天してもらうしかないんだけど……この世に未練とかあるわけ?」
『いや、その、エムちゃんはこの状態でずっと生きてる? わけなので、消えてなくなったりは嫌なんですけど……』
「どういうこと?」
『エムちゃんは産まれた時からこの状態なのです』
「ん?」
意味がよくわからず、ニルマは首を傾げた。
*****
この屋敷には高名な魔法研究家が住んでいた。
侵略者に対抗するために様々な魔法を開発していた彼だが、ある日を境に一切の交流を断った。
娘が死んだのだ。
彼は、娘を蘇らせるために外法の研究に没頭するようになった。
冒険者をしていた娘は、侵略者に食われ肉片の一つすら残っていなかったという。
肉体が残っていてすら死者の蘇生など無理難題だが、彼は正気を失っていた。
全てを一から作り直そうとしたのだ。
肉を培養し、人の形に整えるところまで成功した彼は、魂の創造に手を出しはじめたのだ。
*****
「冒険者をしてた割りには、ちっちゃくない?」
事情を聞いたニルマが最初に思ったのがそれだった。
何歳からでも冒険者はできるが、普通は十五歳からだ。だが、エムは十歳ぐらいにしか見えなかった。
『失敗作らしいので……』
「体を作って、魂を作ってって、それで娘さんを生き返らせることになるんですか?」
誰もが思いそうな疑問をザマーは口にした。
『博士はもう誰が見てもおかしくなってたから、そのあたりは何も考えてなかった気が……』
「で、エムちゃんは人造幽霊ってことなのかな?」
『そうだと思う。気が付いたらこんな状態だったし』
「幽霊って作れるんですか?」
「うーん。魂を作るなんてことになるとそれこそ神の御業ってことになるし……ありえるとしたら、魂を継ぎ接ぎするみたいな?」
『そんな感じなのかな。博士は色んな人をさらってきて実験材料にしてたし……』
この屋敷に蔓延る悪霊共はその実験の犠牲者なのだろう。
ここまでに遭遇した数から考えれば、かなりの犠牲者がいることになる。
『あ、その。博士は街の人に捕まったから、多分死んじゃってると思います……』
ニルマの怒りを感じ取ったのか、エムは恐る恐るそう言った。
「まあ、いまさらそいつ殴りにいくわけにもいかないし」
「生きてたら行きそう顔してますけどね」
「事情はわかったけど、悪霊を放置はできないしどうしたもんかな……」
悪霊なのだから片っ端から消滅させても問題はない。
だが、事情を聞いてしまうとそうするのも気が引ける。
それに、エムのように自我がある存在を邪魔だからと消してしまうこともできなかった。
「わけわかんなくなってるやつは昇天させて、エムちゃんみたいなのは善霊に転換みたいなことができればいいんだけど……」
「すればいいじゃないですか。聖女なんですから。そーゆーのこそお手の物でしょう?」
「そーゆーのは、ぜんぶ聖導経典まかせだったから……」
ニルマはばつが悪そうに言った。
「やっぱり要るんじゃねーかよ、聖導経典!」
ザマーが吠えた。




