111話-3
Side 鳳蝶
ぽつんと取り残されてしまった。そんな感情が心に溢れて、しばらく私はがっかりした気持ちを落ち着けるために、ただただ俯いて時間を過ごした。そうして、顔を上げれば、まだ居たのかと思った。私は貼り付けた笑顔が雪解けのように消え去った井場さんに、自然と目が向いた。緑の瞳が私を静かに見ていた。先程までの私と尚順さんの大切な時間に割り込んできて茶化すような雰囲気ではなく、何か自暴自棄に覚悟決めたような空気をまとって私を見ている。
そんな風に見られる言われはない。
「どうかしましたか?」
「……クラスの委員長同士の話を邪魔しないでほしいですの。文化祭のクラスの喫茶店、クラスメイトの皆さんも含めた満足したものにしたくて」
「クラスの委員長じゃなくて、折川君と話す時間の間違いじゃないですか?」
……いらっと来る。夏のお茶会の時もそうだった。気づけばしたり顔で写真部に入っていた。お昼休みの昼食時に尚順さんに気安く話しかけて参加するようになった。
関わらないで欲しい。けれど、彼が友人のように扱うのだから表向き良くしておかないと、彼の印象が悪くなってしまうかもしれない。些細な不快さに目を瞑って距離を置いて付き合うのが、大事だ。
「クラス委員長ですけれど、それ以前にお友達ですの。ですから、問題ありません」
「お友達とキスなんてしないと思いますけどね」
「男女の仲だからそんな人も」
考えに蓋をして機械的に、ただただ一般常識的に問題ない発言を淡々と返そうとして、サッと血の気が引いていくのがわかった。唇が震える。住道として自身で努めてきた事で今、私は笑顔を浮かべて取り繕っているのが自然とわかる。
「そんな人もいるかもしれませんが、今、関係ないですの」
「関係があるのではないですか?」
奇妙な感覚だった。目の色が違う。目尻の形も少しタレ目寄りで違う。けれど、印象が。ふと今更になってようやく彼女の姿を見て気に食わなさが高まるのに思い至る。
ツヤツヤした長過ぎる黒髪。初めて出会った時に悠然と歩いて挨拶もほろろに身勝手に通り過ぎていった香り。ぴくりとも笑顔を見せない無表情。
お茶会で彼が。
「井場さんは本当にいきなり何をおっしゃりたいですの?」
「私は恋人のいる人とキスをするお友達って何ですか? と聞いてるだけですよ」
「一般常識で」
「住道さんは一般常識だと駄目だとわかってるんですね」
「質問したのに遮らないでくださらない?」
「私が折川君とお友達で近いとご不安ですか?」
「何を勘違い」
「茶道部で私だけ担当を割り振りになられなかったですよね。文化祭の打ち合わせで教室で話し合う時に教室に残ろうとした私を追い出しましたよね」
会話が飛んで最初の質問で何を知っているか把握できずに、ぎりぎりと糸が引っ張られるような気持ちになる。茶道部で割り振っていないのは一年生にはそもそもまだ声をかける前なだけで、どんな作業をするかは先輩たち主導でなければわからない。またクラスのことで教室で私と尚順さんが話し合って決めることに、雑音を入れないために追い出すのは当然だろう。
私の気持ちが伝わらないのか目の前の女子は、無表情でこちらを見下すような色で私を見ていた。お茶会で私だけで十分なのにわざわざ参加をお願いした。呼ぶ必要なんてなかったのに、茶道部の部員でもないのに。どうしてか参加を許諾したあの女子はきっとお家の意図があってのことだろう。それを思えば、あの女のなんて、
「はしたないですの」
私が理解とともに気持ちを落ち着けようとぽつりと呟いた瞬間、彼女は私にスマホの画面を差し出す。会話を遮るし、本当に身勝手で意図が。
「はしたないのは住道さんの方では無いですか?」
あの女もきっと人を崖から突き落とした時はこんな表情を向けてくるのだろう。私はそう思った。スマホの画面がまがまがしく輝いている。醜悪な、口元だけが僅かに上がった薄い笑みがその画面の背後に広がる。
「恋人の居るお友達と学校の廊下で情熱的にキスをみだりにしたり、ホテルに行くのはお友達の範疇では無いですよ」




