閑話 いじめられっ子と資本主義
とある日の午後のことだった。
佐三が一人のんびり歩いていると少年がぽつんと空き地の隅で座ってるのを見かけた。
(あれは確か……アイファの所の……)
そこにいたのはアイファの二番目の弟だった。一番上の弟は近くの村で鍛冶の修行をしているため、実質的にいまいるアイファの家の中では最年長の男子ということになる。普段は明るく、生意気な少年であったが今日は妙に寂しそうであった。
佐三はふらりと近寄り、声を掛ける。アイファの弟は一瞬身構えたものの、相手が佐三だとわかり再び気を緩めた。
「なんだ、佐三様か」
「どうしたそんな暗い顔して?」
佐三は「よいしょ」と彼の隣に座る。今日はきちんと「様」をつけている。家族の外にいるということも勿論あるのであろうが、どこか心境の変化があるように佐三は感じた。
「何かあったんだろ?話せよ」
佐三が事情を話すように促す。アイファの弟はすこし間を空けてからぽつりぽつりと話し始めた。
「最近、弟がいじめられているみたいなんです」
政務室でアイファが話し出す。イエリナ、ハチ、ナージャが神妙そうな顔で聞いていた。
「いじめられている?」
「はい。どちらかと言えば仲間はずれにされてるといった方が正しいかもしれませんが」
「でもアイファの弟さん、あんなに明るくて外向的なのに」
イエリナの言葉にアイファはどこか元気なさげに頷く。
「家ではいつも通りに振る舞っています。ただ、やはり無理してるみたいで」
「心配かけまいとしているのだろう。強い子だ」
ハチの言葉にアイファは「そうなんですが……」と下を向く。その弟の思いを無下にしまいとアイファは詳しい事情を聞くのを躊躇っているのだろう。子供の事情全てに保護者が首をつっこめばいいというものでもない。
「ナージャ?貴方は知らないの?年齢的に同じくらいだけど……」
「うーん、あんまり男女で遊ぶことは少ないから……。町の男の子達はいつも空き地で遊んでるけど。それに周りの女の子達も、家の手伝いを学び始める頃だし」
ナージャが言う。
この町の女子は早い子だと15歳前後で結婚する。そして結婚すれば大体旦那側の家に入り、家を守ることになる。そういった関係もあり12歳を過ぎる頃から女子達は家の仕事を手伝い始めるのだ。勿論男子達も親の仕事を手伝ったりするようにはなるが、女子に比べて本格的なスタートは遅い。それよりも外で遊び、心身共に鍛えた方がよいというのが大方の考えであった。
現にナージャは政務室で仕事をこなしているし、他の女子達も各々の家で家業の手伝いや家事の見習いをはじめているのである。
「では、あとでこっそり空き地に出てみるのはどうだろうか?」
ハチが提案する。
「実際に行ってみないことには、状況も掴めない」
「そうですね。そうしましょう」
「いえいえ、悪いですよ、そんな。私の弟のためにそんな……」
アイファが遠慮がちに手を振る。
しかしハチもイエリナもここにおいては共闘する構えであり、二人の強いすすめで行くことになった。
「ほーん。それで仲間はずれになったの」
「……うん」
佐三は隣に座りながらのんびりと相槌を打つ。アイファの弟は小さい声で返事をした。
「そうなんだ。あいつら猫族だから、人間の俺を仲間はずれにするんだ」
彼はそう言うと地面に転がっていた石を蹴飛ばした。佐三は一通り話が終わったと判断して立ち上がった。
「まあ、でもそれは違うんじゃないか」
「え?」
思いがけない佐三の態度に彼はつい声を漏らす。
「多分さ、最後に遊んだときにお前が一人勝ちしちゃったからムカついたんだろ」
「でもそれは勝負なんだから仕方ないだろ!」
アイファの弟が反論する。佐三はゆっくりと頷きながら答える。
「そうだ。だが時には勝ちを譲らなきゃいけないこともある」
「勝ちを……譲る?」
「そうだ。もしくは勝ったときにも謙虚にならなきゃいけない」
「でも、なんで?」
納得がいかないのか佐三にわけを聞く。佐三はそれに対しても丁寧に答えた。
「そりゃ、反感を買うからだろ。もし一回勝ったって、それ以降勝負してくんなきゃおもしろくないだろ?それじゃトータルで見たら負けだよ」
「でも……」
「まあ言いたいことは分かる。せっかく勝てるのに、本気を出せないのはつまらないんだろ?」
佐三の言葉に彼は頷く。
「それだったらルールやチームを変えると良い。もしくは別のチームと対戦するとか」
「別のチーム?」
「そうだ。そしたらお前が人間だろうが種族が違おうが、強かったら必要とされるだろ?そしたら君には価値が生まれる。逆にどんなに能力があっても、必要とされなかったら価値はないんだ」
アイファの弟は佐三の言葉を聞きながら一生懸命考えている。いまきっと彼の中では冷静な自分と感情的な自分がぶつかり合っているのだろう。
(まあそういう葛藤があってはじめて男子は一人前になれるからな)
佐三は昔を懐かしみながら考える。エリートであっても、そういった現実とのギャップに苦しんだ事のない者は脆い。逆に苦境にありながらなんとかやって来た人間は、やはり土壇場でも強かった。それは世界で共通して言えることだ。
資本主義は価値の前に公平であり、そこには種族や違いなど関係ないのである。
(まあとはいえそういった苦労した人間が必ず価値をもつとは言えないのも、資本主義の嫌なところだがな)
佐三はそんな風に思いながらアイファの弟を見る。彼同様、自分も現在進行形で葛藤の中に生きていた。
そんなことをしていると、アイファの弟が急に気まずそうな顔をする。見ると空き地の入り口にボールをもった少年の集団がいた。向こうも気付いたようで、その様子からアイファの弟が仲間はずれにされている集団であることが読み取れた。
(まあ、しょうがない。ちょっと手を貸すか)
佐三はそう決めると少年達に声を掛ける。
「おーい、君たち!」
「ちょ、ちょっと……」
急に声をかけた佐三に、アイファの弟が慌てる。
「いいから、いいから」
そう言って佐三が彼の手を引く。
「なんですか……サゾー様?!」
「すげえ、本物だよ」
少年達はすこし興奮気味に話す。
「今、こいつと話しててよ、俺がそのボール遊びで大人に勝てるわけがないって言ったんだ。そしたらそんなわけがないって言うからさ」
佐三は適当に話をでっち上げて進める。
「と言うわけでさ、ちょっと手伝ってくんない?」
「え、いいですけど……」
「勿論ただとは言わない。こいつのチームが勝ったらあそこの店の砂糖菓子おごってやるよ」
佐三の言葉に少年達が湧き上がる。この町での砂糖は貴重品だ。それを食べられる機会などそうそうない。
「それじゃ細かいルールを決めてくれ。それとチームもな。よく考えるんだぞ」
そう言ってアイファの弟の背中を押し、少年達の輪にいれる。慌てて振り替えると佐三と目が合った。
(きちんと謝っておけよ)
佐三の目からそう伝えられている気がした。
「じゃあ、決まり次第スタートだ。はやくしろよ~」
佐三はそう言って地面に座る。少年達はやいのやいの話し始めていた。
「ここがその空き地ですか?」
ナージャに連れられて一行は空き地にやってくる。勿論仕事は終わらせてからなので少し時間がかかってしまった。
「もしかしたらもういないかも……」
アイファが弱気な声で帰らないかと提案する。やはり自分で見るのには少し抵抗があった。
「アイファさん、そんなこと言わずに。ほら、声が聞こえてきましたよ」
少年達の楽しそうな声が聞こえる。もし弟がいなかったら。アイファはそれを思うだけで辛かった。
一行が空き地の入り口に到着する。
見えてくる景色をアイファは恐る恐る視界に入れた。
「そっちだ!パスを出せ!」
「いいぞその調子だ!サゾー様に教えてやれ!」
「待て!てめーら、汚えぞ!」
そこには泥だらけになりながら楽しそうに走っている弟がいた。少年達の輪に入り、皆楽しそうにしている。
しかしその中でも一際楽しそうにしているのは他でもない自分の主であった。
「もう、サゾーったら……」
「流石は主殿だ」
「わー、楽しそー」
三者三様。皆それぞれ泥だらけになりながらはしゃいでいる佐三を見る。佐三は全力で少年達と張り合っていた。
男はいつまでも少年だ。佐三の姿はそんなことを感じさせた。
(ありがとう、佐三様)
アイファは心の中で静かに感謝する。
女性陣は楽しそうに走り回る少年達を日が暮れるまで眺めていた。
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