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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第三章 忠犬の管理職
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選択と集中








 刺客騒ぎから幾日か過ぎた。一時期はイエリナが怪我をしたということもあって町の住人は不安がっていたが、それもかなり収まっている。


 佐三の感覚としてはもっと大事になるのかと考えていたが実際にはそこまでにはならなかった。やはり安全である日本の現代社会の治安感覚とはまったく異なるのである。佐三はそう思わされた。


 そんな中、佐三が警備体制の強化と件の小領主への対応策を考えているとイエリナから報告がきた。


「主神教?」


 佐三は聞き慣れない言葉につい聞き返す。


「はい」

「それは一体どういった宗教だ?」


 佐三が不思議そうにしているとベルフが説明する。


「人間達の宗教だ。規模で言えば一番大きい。前に言った創造主を神と崇める宗教だ」

「ふむ」

「前に旅をしている頃に見たことあったろ?教会の連中。あれは主神教の信者だ」

「成る程ね」


 佐三は頭をかきながらベルフの話を聞く。文明の発達度合いの観点からすれば宗教の力は侮れない。


「それでイエリナ。主神教がどうかしたのか?」


 イエリナに質問する。


「なんでも幹部の方が遊説の途中で道が塞がれてしまい、あえなくルートを変更するようです。それでこの町にも訪れたいとか」

「成る程、使者にはなんと?」

「今日はもう遅かったので特別に宿を用意して、改めて明日返事をするとしておきました。……まずかったでしょうか?」


 イエリナが控えめに聞いてくる。


「いや、町の長はイエリナだ。イエリナの一存で決めてもらっていいよ。ただ俺の意見としては反対する理由はないから、是非来てもらえばいいんじゃないか」


 佐三がそう言うと、イエリナも同意見であったようで少し表情が明るくなる。もっとも佐三としては帰る方法の手がかりが見つかるかもしれないという打算もあった。


「しかしいいのか、サゾー?あの刺客の件もある」


 後ろで控えていたベルフが口を開く。その忠告はもっともで、刺客を送り込んできた相手が分かっていてもすぐさまそれを公にして争うことは難しい。そのため根本の原因がなくなったわけではなかったのである。


「どうせ警備をしなくちゃならんのだ。それに主神教の幹部とやらだって護衛ぐらい連れてくるだろう」

「違う、そうじゃない」


 ベルフは続ける。


「祭りの時期とかぶる可能性がある」


 ベルフの言葉に佐三は少し考え、紙を取り出した。


「少し、整理しよう。イエリナ、その主神教のお偉いさんはいつ頃この町に滞在すると?」


 サゾーが尋ねる。


「たしか二週間ほどで来るとのことでした」

「今のところ祭りより少し早いが……。数日遅れればかぶる可能性は十分にあるな」


 サゾーは紙に日にちとスケジュールを書き込んでいく。


「それにイエリナが言っていた、パーティーの件。馬車や護衛を連れて行くとなれば大領主の直轄地まで三日はかかる。となるとそのパーティーとはかぶる可能性は高いな」

「それでは……」


 イエリナが質問する。


「少なくとも大領主のパーティーには出席した方がいい。大領主の顔を立てる意味でもな。だから町の長であるイエリナは護衛をつれてパーティーに行ってくれ」

「……サゾー様は、どちらに」

「俺は町に残り、主神教のお偉いさんの相手をしよう。町の長ではなくともその夫が相手をするなら納得はしてくれるだろう。それに刺客と町の警備を一手にベルフに任せられる。ベルフがいれば少なくなった町の警備隊でもなんとかなるだろう」

「……そう、ですか。分かりました。私だけパーティーに参加してしまって、なんだか悪いですね」


 イエリナは少しぎこちなく笑って答える。サゾーは「気にするな」と答えながらさらに紙に予定を書き込んでいく。


 ただその様子を、後ろで立っているベルフが静かに見つめていた。








「サゾー」


 日が暮れ、イエリナ達がいなくなった後、ベルフは佐三に声をかける。


「よかったのか?パーティーに出なくて」

「何だ、ベルフ。唐突に。お前パーティーに行きたかったのか?」


 佐三がからかうように話す。しかしベルフは真剣な表情を崩さなかった。


「茶化すな。そういうことを言っているんじゃない」

「じゃあどういうことだ?」

「……イエリナのことだ」


 ベルフが続ける。


「あの女が狙われてしまったらどうする」

「それならば問題はない」


 佐三は可能性を否定する。


「お前の報告が正しければ、あくまで狙いは俺。イエリナはむしろ俺から離れた方が安全だ」

「人質に取られるという可能性は?」

「それは無理だろう。それこそあの犬族の刺客でも護衛付きのイエリナをさらうのは至難の業だ。お前の報告では確か犬族は奴隷ばかりで人間が中心だったな?痩せた上に訓練もされていない猟犬ではイエリナを含めたこの町の精鋭には敵わない。人間だったら、もっと無理だ」

「それはそうだが……」

「それに、だ」


 佐三は話を続ける。


「その主神教とやらとのパイプは作っておきたい。俺の立場、ひいては『パワー』のためにな」


 佐三の言葉にベルフは更に表情を険しくする。


「しかし、あの女もお前と一緒にパーティーに行きたかったのではないのか?」


 ベルフが問いかける。


「イエリナが?まさか。それに今回ばかりはしょうがないだろ?これが最善の策だ」


 佐三はそうあっけらかんと言う。しかしベルフはどこか違和感を覚えていた。


 そもそも主神教は主に人間の間で信じられているものであり、この町には縁遠い。理由を話せば町の長とその夫が不在であってもさほど問題にはならないのだ。


(何か引っかかる。言っていることは正しく、合理的なのだが、なにかが)


 ベルフは更に考えをすすめる。


(そもそも『パワー』と言ったか?サゾーは他の有象無象の様に権力を求めてはいない。だがどこか自分の必要性を過剰に重視する傾向がある。それに他者に依存しないことにもだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ベルフは言い知れぬ気持ち悪さを抱えながら佐三を見つめる。アイファの時にも感じた佐三の暗い部分がどこか見え隠れしている気がした。



 祭りの日が刻一刻と近づいてきていた。





読んでいただきありがとうございます。

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