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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第五章 夢魔の法務
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閑話 異世界への扉






 フィロが町に来てから十日ほどたった頃、佐三はベルフと主神教の支部へと訪れていた。


「これはこれは佐三殿、王都ぶりですな」

「タルウィ殿もお久しぶりでございます。先日はどうも」

「いえいえ、佐三殿の頼みでありますから」


 佐三はタルウィと握手をする。その大きい手は気を抜けば佐三の手などあっという間に握りつぶしてしまいそうであった。


「お手紙で拝見しておりましたが、今日は遺跡をご覧になりたいということで」

「はい。お願いできますか?」

「ふむ。本来であれば禁忌ではありますが、佐三殿の頼みとあれば特別ですぞ」


 タルウィは小さい声でそう言った後にガハハと笑う。


(まったく、何が禁忌だよ。教徒でもない商人にも見せられるくせに)


 佐三は乾いた愛想笑いを浮かべながらタルウィに促されるままについていく。教会の支部は以前よりもはるかに人が増えている。所々にはぽつぽつとではあるが獣人の姿も見受けられた。


「随分とこの支部も賑やかになってきましたな」

「お、分かりますかな」


 タルウィはうれしそうに続ける。


「ここ一月ほどで教徒が二百人ほど増えました。その中には獣人もいます」

「ほう、それはそれは」


 佐三は相槌を打ちながらそのインパクトを計算する。


(この地域の人口は……詳しいことは分からないがイエリナの町が外から働きに来ている人も含めて二千人程度だった気がする。となるこの周辺の地域だと一万もいないだろうに……。おそらく近くのいくつかの村を村ぐるみで入信させたのだろう。いやはや大したものだ)


 佐三は内心でタルウィに舌を巻く。勿論このペースで拡大が続くことはないだろう。あくまで最初のスタートダッシュに成功しただけで、一時的なものである。しかしそれでも一気にそれだけの人数を集めたその手腕は見事であった。


(きっと現代の日本でも通用するような人材だろう。俺の会社でも欲しいぐらいだ)


 佐三はそんなことを考えながら歩き続ける。現代であろうと、異世界であろうと人が人であるならば本質的に求められる能力はそう大きくは変わらない。少なくとも彼は人々を自らのコミュニティに誘い込む能力と作戦立案ができるのだ。それだけでタルウィの優秀さが佐三には十分に伝わってきた。


「こちらです」

「これは……」


 タルウィに案内されて遺跡とされる場所に来る。そこには見たこともない装置が置かれていた。もっともその四角の箱のようなものを装置と認識したのはおそらく佐三以外にはいなかったであろうが。


(何かの機械……か?オーパーツ?それともタイムマシーンか?いや、俺のいた世界とはまた違う世界のものかも……)


 佐三は様々な仮説を自らの中で立てていく。かつて自分がいた世界で上映された様々なSF映画の設定がどれも現実となり得る気がした。


「……なにか心当たりがあるご様子ですな?」


 タルウィが聞いてくる。佐三はゆっくりと首を振った。


「いや、このようなものを見たことはない」

「………」

「だが、だからこそ非常に興味深い。調べてみても?」

「勿論かまいません。しかし丁重に扱ってください」


 佐三はゆっくりとその装置を調べていく。無論それが佐三の見たことも聞いたこともない代物である以上一から調べていかなくてはならない。しかし佐三はその未知が故の興味も湧いていた。


(やれやれ。これじゃあの学者様達を笑えないな)


 佐三はそんなことを考えながら嬉々として四角い箱を調べ続ける。途中でベルフも興味を持ったのか佐三の横にしゃがみ込んだ。


「何かわかったのか?」

「いや、さっぱり」


 ベルフの言葉に即答しながら佐三は調べ続ける。ベルフはその様子に飽きたのかすぐに数歩下がって座り込んだ。


「随分と熱心ですな」


 タルウィがベルフに話しかける。


「まあな。おそらく小一時間はかかるだろう。神官殿は帰っても構いませんよ」

「ほう。でも私も興味があるものですから」

「随分と物好きなこって。サゾーが帰ってからでもいくらでも調べられるでしょうに」

「いえ、ベルフ殿。違いますぞ」


 タルウィは笑いながら訂正する。


「私が興味を持っているのは、この遺跡でもあの箱でもありません。松下佐三という商人にです」

「さいですか……」

「ベルフ殿も同じなのでしょう?だから人狼でありながら彼に仕えている」

「……どうだかね」


 ベルフは「フン」とだけ鼻を鳴らすとそれ以上は何を言うわけでもなくただ佐三の背中を見つめ続けた。


 しばらくした頃だっただろうか。不意に四角い箱が光を放ち始める。


「これは!?」

「サゾー、どうした!」


 佐三は何を言うわけでもなくただ装置をいじり続ける。すると光はさらに強くなり遺跡の壁面に強い光を当てだした。


「……これは?」


 タルウィが驚きの声を漏らす。そこには見たこともない光景が遺跡の壁に映し出されていた。


 佐三は何を言うわけでもなく地面にあった石を拾い上げる。そしてそれを思い切り壁に投げつけた。


「………」

「………」


 すると光が消え、四角い箱は元の様子に戻る。佐三が石を投げたから消えてしまったのだろうか。タルウィもベルフもその不思議な技にただ呆然と立ち尽くしていた。


「サゾー、これは一体……?」


 ベルフが恐る恐る佐三に問いかける。佐三はゆっくりと振り返って答えた。


「……わからん」


 佐三はそう言うと頭をかきながら首をかしげる。その様子からベルフはその言葉は本心であり、いつものように何かわからないことに遭遇しているのだと察した。


「いずれにせよこれ以上いじって何か壊してしまってもまずい。……タルウィ殿」

「なんですかな?」

「今度学者を連れてここを調べてもよろしいでしょうか?」


 その言葉にタルウィは少し黙ってから、首を縦に振った。本来であれば学者なぞ宗教が敵視する相手である。しかしそれ以上にタルウィの中で今の光景に好奇心を持ってしまったのだ。


「では今日はこれで失礼します。長い時間ありがとうございました」

「此方こそ。何か分かったことがあれば、是非」

「はい。それはお約束します」


 佐三はタルウィに挨拶をすませ、遺跡を後にしていく。教徒に連れられて支部を出て行くその道すがら佐三は先程見た光の中の景色を思い出していた。


 時間にして一瞬、だがその光景は今でも目に焼き付いている。そして咄嗟に投げた石ころは、壁にあたる前にどこかへ消えてしまい、光が消えた後も見つける事はできなかった。


 何かしらのエネルギー不足であろうか。すぐに光は消えてしまった。一体どういう仕組みだったのであろうか。しかし確かに投げた石は消えていた。


 佐三に残された手がかりは光の中に消えた石と、光の向こうに見えたよく見知った景色であった。



「あれは……東京だ」


 佐三は小さくそう呟いた。








読んでいただきありがとうございます。

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