83.汚家に住んでる魔王様
「あ、あなたが私の、ち、父親!?」
私は思わず魔王ヤツェクに聞き返す。
ヤツェクは穏やかに微笑んだ。
「ああ、そうだ。私は君の父親だよ、エリナ」
ヤツェクは微笑みながら頷く。冗談を言っている様子ではなかった。それに、なんとなく、急に現れた自称父親の言葉には妙に説得力がある。
「じゃあ、私は、ローラハム公の実の娘ではないんですね」
「ああ、違う」
「そうですか……」
魔王のあっさりした言葉に、私は思っていたほど驚かなかった。どちらかと言えば、「やっぱりそうだったのね」と、納得する気持ちの方が強い。
それより、と私は気になっていた話題を口にする。
「ソフィアお母さまは、なぜ夜の国とつながりがあるんですか?」
「ソフィアは、貴族社会に疲れてオルスティン山を自力で踏破して、夜の国に逃げこんだ」
「オルスティン山を踏破!?」
「ああ。馴染めない貴族社会、望んでいなかった窮屈な結婚生活、城に閉じこもりっきりの生活。どれもソフィアにとっては耐えがたいものだった、と。その上、自らの子供も生まれたとたんに取り上げられ、好きな時に胸に抱けないのが、ソフィアにはかなり堪えたようだよ。それで、城を飛び出したと」
「それは、よっぽど嫌だったんですね……」
「私が夜の国の魔王になって数百年経つが、ソフィアはかなり珍しいタイプだね。とにかく、夜の国に迷い込んだソフィアを、幸いすぐにオスカーが見つけてくれたんだ。炎妖精と大喧嘩して怪我をしていたけど、そんなに大した怪我でもなかったから、僕がこの屋敷で匿った。ソフィアはおもしろい子だったから、惹かれたよ。彼女も私に好意を抱いてくれた。そして、生まれたのが君だ」
ヤツェクは嬉しそうに目を細めて私の髪を撫でる。その手は優しかった。
「それに、君だって薄々気づいていただろう? 人間に相応しからぬ、並々ならぬ魔力があることに。いや、もしかしたらまだ自分の可能性に気づいていないかな? 君は賢さゆえに、無意識のうちにセーブしてしまう癖があるようだから」
「……私はそんなに強い魔力を秘めているんですか?」
「そうだよ。身に覚えがあるはずだ。ここぞという時の魔法は爆発的な力を発揮してきただろう?」
「確かに」
私は頷く。崖崩れに巻き込まれたときや、山賊を退けたときの魔法は、確かにとんでもなく強力だった。
第一、大魔女グラヴィスに私の魔力は夜の国由来のものであると指摘された時から、おかしいとは思っていたのだ。
やはり、「虚の魔法」を使うエリナ・アイゼンテールは、魔王ヤツェクの実の娘だった。
(乙女ゲームのただの悪役令嬢の妹が、なんでこんなに設定盛ってあるのよ! モブキャラはもっと薄っぺらい設定って相場が決まってるものよ!)
私はくらくらと眩暈を覚えた。
そんな私に、ヤツェクはコトリと首を傾げる。
「うーん、まだ混乱しているかな? まあ、当然か。とりあえず、君は疲れているだろう? 立ち話もなんだし、わが家においで」
そう言って、ヤツェクは私の手を取る。夜の国の魔王の手は、意外にも温かかった。
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「ほ、ほわー」
口から変な声が出た。
ヤツェクに誘われ、連れてこられたのは大きな屋敷だった。無計画に建て増しをしたように、屋敷のあちこちに家がくっついているような奇妙な形をしている。
わが家、と言われたので、もっと小さな家を想像していたけれど、考えてみれば目の前にいるのは夜の国の魔王だ。私が考えてしまうような、庶民的な家に住んでいるわけはない。
屋敷の大きなドアを開ける前に、ヤツェクは恥ずかしそうに微笑んだ。
「ごめん、そんなに片付いてないよ」
「私は潔癖症じゃありませんし、そんなに散らかってても気にしな――」
私はみなまで言う前に、ヤツェクが屋敷のドアを開ける。そして、私は屋敷の中を見て思わず口をあんぐり開けた。想像以上だ。
広い家の中は、真っ暗だ。しかし、天窓から入ってくるわずかな光だけでもわかるほどに荒れ放題だった。カーテンは裂け、埃で床は真っ白。おまけになんだかカビ臭い。
私が潔癖症だったら間違いなく気絶していただろう。
後ろにいたオスカーが大きなため息をついて額に手をあてた。
「……ヤツェク、掃除をしろと、あれほど俺、言った」
「えっ、エリナが来るって言うから、少しは片付けてみたんだけど、これじゃ駄目かな」
絶句する私にこともなげにそう言って、ヤツェクは指を鳴らした。すると、蜘蛛の巣が張っているやたらと巨大なシャンデリアにパッと明りが灯る。
「ヒッ――……!」
あたりが明るくなっても、この屋敷への感想は良くなるばかりか、かえってかなり悪くなった。私は思わず両手で口元を隠す。
(これは、俗にいう汚家、いや、汚屋敷ってやつなのでは……!!)
広い玄関ホールはとにかくごちゃごちゃしていた。
足の踏み場のないほどにモノが転がっている。その上、壁にツタが蔓延っているし、その上部屋の片隅はやたらとカラフルな苔が生い茂っていた。あのアイゼンテール家の城の地下にある、薄暗いジメジメした監獄のほうがよっぽど清潔だ。
慣れた様子で、ヤツェクはごちゃついた部屋の中に入って行き、なぜか横倒しで転がっている椅子を拾い上げる。
「椅子は適当に、その辺の転がってるのに座ってくれ」
ヤツェクがそう言って、椅子に腰かける。バフ、と音をたてて大量の埃が舞った。
「……あのぉ、お話を聞く前に、まずはこの屋敷の掃除から始めてもいいですか?」
「うん? 掃除がしたいのかい? エリナがそうしたいなら、そうすればいい。なんせ時間は十分にあるからね。掃除にはどれくらい時間がかかりそうだ?」
「この部屋だけでも、今日いっぱいはかかると思います。掃除をするうえで、入ってほしくない部屋はありますか?」
「いや、特にないよ。ここは君の家だ。好きにしたらいい。足りないものがあったら言いなさい」
「わかりました」
「私は見回りにでも行ってくるよ。ここのところどうも侵入者が多くて困る」
それだけ言うと、ヤツェクは突然空気に溶けるようにふっと消えた。
荒れ放題の屋敷にぽつん、と残された私は、後ろで不機嫌そうに黙っていたオスカーにそっと話しかける。
「ねえ、本当にこんなところに魔王様が住んでるの?」
「ヤツェク、生活力が皆無」
「魔王様なんでしょ? ここを掃除する召使くらいは……」
「召使いない」
「こんなに広い屋敷に一人で住んでるの!?」
「俺もいっしょに住んでた。一時期、ソフィアさまも。ここだけの話、ソフィアさま、この屋敷の汚さに耐えられなくなって出て行ったんだろうって、炎妖精が噂してた」
「妖精の噂のくせに妙に信ぴょう性があるわね……」
私は呆然としつつ、まずは掃除道具を探そう、と適当に手前のドアをあける。そこは広々としたお風呂場だった。
「ねえ、玄関の横にお風呂場があるんだけど……」
「この家にはフロ、39個ある。少なくとも、2年前までは」
「嘘でしょ……」
「ヤツェク、フロの場所忘れるたびにフロ作ったから」
「そんな……」
私は絶句する。
お風呂場が39個あるとすれば、この屋敷はいったいどれくらい部屋があるんだろう。この調子だと、全ての部屋を掃除し終わるまで数年かかってしまう。
オスカーは慣れた様子で奥の部屋にズカズカ入って行くと、何かを持ってきた。箒と塵取りだ。
「とりあえず、掃除」
「うん、そうしましょう」
私は一つ頷く。今日全部の部屋を掃除するのは無理だろうけれど、少なくとも今日の寝る場所くらいは確保しておきたいところだ。





