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70.嵐のあとで

70話まで来ました!いつも読んでくださってありがとうございます!

主人公エリナの視点に戻ります。

 嵐のようにアベルが去った後、私の部屋は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


「なんだったの、さっきの!? なんでアベル王子が招待状を渡すためだけにわが家に!?」

「ここで待っててくださいって何度も言ったのに、ズンズンこっちにくるから怖かったです~」

「あんなに間近で王子を見ちゃいましたわ。黒曜石のカフスが本当に素敵だったけど、あれはどちらの商品だったかしら!」


 私、ミミィ、ザラが三者三様に騒ぎまくったため、怪訝そうな顔をしたゾーイがドアを少しあけて顔を出した。


「さきほどから、少しお声が大きいようですが、いったいどうしました?」

「あ、アベル王子が、さっきまでここに……」

「王子が? またまたご冗談を。お忙しい方ですし、こんなところに、まさかそんな……」


 一瞬笑えない冗談を言われたのだと勘違いをして微笑んだゾーイは、しかし、私の今しがたあった出来事をかいつまんで話すと、顔面蒼白になる。


「そ、そんな! ミミィ、なぜ私を呼ばなかったの!? いえ、呼ばれても私も落ち着いて対応はできないけれど……」

「いきなり現れて、部屋にズカズカ入ってきたんです~! 待ってくださいって言っても、急いでいる、って一点張りで全然待ってくれなくて!」


 涙目で訴えるミミィに、私は同情の目を向けた。


「それは、びっくりしたわよね……」

「あんなに近くで、この国の王子様を見る日が来るなんて思ってもみませんでした……」


 平民出身のミミィにとっては、カウカシア王国の王子なんて普通に暮らしていれば一生会わない雲の上の人だ。驚き、慌てふためくのは当然だった。

 とにかく、憔悴した顔のミミィにオスカーの散歩にでも出るように伝え、ゾーイにはミミィのフォローをお願いすると、二人とも神妙な顔をして部屋を出ていった。

 私は、目の前に座るザラに引きつった笑みを浮かべる。

 

「なんか、ごめんね。遊びに来てくれただけなのに、巻き込んじゃって……」

「いえ、謝らないでくださいまし。エリナは悪くありませんわ。それに、アベル王子をあんなに近くで見ることができて、眼福でしたわ。いつかあの人に似合うアクセサリーを献上したいものです」


 そう言いつつ、ザラは微笑む。


「それで、事情を説明して下さる? アベル王子となにかありましたの?」


 やはり、事情が気になっていたようだ。私は言葉に詰まった。


「うーん、私もよくわかんないんだけど……」


 そう前置きして、私は自分の頭の中の整理も兼ねて、ぽつりぽつりと事情を断片的に説明し始める。

 しかし、語れば語るほど、謎は深まる一方だ。どう思い返しても、アベルは私のことを嫌っているとしか思えない。どうしても言葉の端々に困惑の色が滲む。

 ザラはそんな私の話を、興味津々に頷いてくれた。アクセサリーのことにしか興味がない女の子だと思っていたけれど、どうやらこういう類の話も一応気になるようだ。

 やがて、私の話を全て聞きおえたザラが、両頬を手で挟んで小さく身もだえする。


「やだわ、すごい! アベル王子はエリナのことが気になっているんですわ。じゃないと、わざわざ王子自らこんなところに出向いて、招待状を渡しに来ません!」


 力説するザラに、私は不可解な顔をする。


「うーん、そうなのかなぁ? 婚約パーティーのときには、けっこうボロクソに言われたのに?」

「そのくだりは許せませんわ! 気になってる女の子に暴言を吐くなんて、まだまだアベル王子もお子ちゃまなんですわ!」


 ぷりぷり怒りながらこの国の第二王子をお子ちゃまよばわりするザラに、私は苦笑する。当事者の私よりも盛り上がっている気がしないでもない。


「それにしても、あの氷の王子がエリナを見染めるなんて! エリナを選ぶなんてお目が高いですわ。アベル王子はずっと婚約者をお決めにならないから、国中の貴族令嬢たちが揃って虎視眈々とアベル王子を狙っておりますの。もし大々的にこのことが広まれば、今後ちょっと面倒なことになりそうですわね……」

「へえ……」

「へえって、エリナったら、他人事みたいな反応ですわ! しっかりなさって!」

「だって、仮にアベル王子が私を好きだったとして、私は婚約者がいるし」

「婚約者なんて、親同士の口約束ですわ!」


 ザラは私の肩をむんずと掴み、がくがくと揺さぶった。


「いいこと、エリナ! 確かに、私の母の出身国であるサウサーン国では、親が決めた婚約が絶対です。現に、私の母なんて、親子ほど年の離れた婚約者を親に勝手に決められ、結婚させられそうになっていました。それを助けたのが、たまたま商談でサウサーン国を訪れていた私の父なのですけれど……。まあ、この話はいいのです!」

「あ、いいんだ!?」

「とにかく、ここはカウカシア王国ですのよ!? 恋愛に関してはかなり自由です。ならば、恋愛を、謳歌しなければいけませんわ!」


 顔を赤くして熱弁をふるうザラに気圧されて私はただコクコクと頷く。


「それに、シルヴァさんには申し訳ないけれど、相手は王子ですのよ!? どちらを選ぶかなんて明白じゃなくって!?」

「そ、そうなの……?」

「そうですわよ! だって、王子と恋に落ちるなんて、この国のほぼすべての貴族令嬢の憧れですもの」


 まっすぐ見つめてくるザラに、私はあいまいな笑みを浮かべることしかできなかった。


(アベル王子が私のことを……?)


 もし本当なら、嬉しい。なんたったって、アベル王子はエタ☆ラブの最推しだ。けれど、あのパーティーでの一件のことを思い出すと、どうしても信じられない。

 それどころか、何かの罠かもしれない、と身構えてしまってさえいるありさまだ。


(こうやって招待状を渡して油断させておいて、のこのこダンスパーティーにやってきた私をみんなの前で弾劾するとかじゃないでしょうね? シルヴァ様がアベル王子の想い人を横恋慕したから、私が代わりに怒られるとか……)


 婚約者のシルヴァにあらぬ疑いを勝手にかけつつ、私はため息をつく。


「そういえば、アデル王子はシルヴァ様に言付けを頼んだらしいけど、シルヴァ様そんな話、一度もされたことないのよね」


 シルヴァは何事もソツなくこなすタイプだ。言付けを忘れるようなうっかりミスをするタイプだとはどうも思えない。ましてや、この国の王子の直々に伝言を賜ったのだ。本来、その言付けは何より最優先で私に伝えられるべきだろう。


「うーん、それは私も引っ掛かりました。シルヴァさんらしくないですわ」

「やっぱりそうよね」

「ええ。シルヴァさんは、なんだかんだで仕事はきっちりこなすタイプだってお兄ちゃんが言ってましたもの」


 ザラの兄、ギルベルトはシルヴァの旧友だ。そのため、ザラはシルヴァのことを昔から知っている。


「何か、伝えたくない事情があったのかな……?」

「うーん……?」


 私たちが首を傾げていると、ゾーイがザラの迎えの馬車が来たと告げにやってきた。とりあえずこの話はお開きだ。


「また、何か進展があったら教えてくださいな」


 いつにもなく真剣な顔で念を押すと、ザラは上機嫌で帰っていった。

 一緒に玄関でザラの見送りをしてくれたゾーイが、ザラが乗った馬車を見送りつつ、私に小さな声で謝る。


「先ほどは失礼しました。取り乱してしまって……」

「ううん、大丈夫。かなり驚いたわよね」

「で、ですよねえ……。王子が来るとわかっていたなら、もう少しエリナ様のヘアスタイルも整えて、新しいドレスを選びましたのに!」


 ゾーイは、私の頭の先からつま先までさっと見て、若干悲しげな顔をする。

 今日は長い髪をハーフアップにしただけの、かなり簡素なヘアスタイルだ。服は、例によって姉のルルリアのお下がりの枯草色の地味なワンピース。動きやすくて気に入ってはいるものの、一国の王子に会うには少々カジュアルすぎるいでたちだ。


「まあ、急だったし仕方ないよ。それよりも、近々シルヴァにうちに来るように伝えてくれる? ちょっと、訊いておきたいことがあって……」


 訊いておきたいこと、とは、もちろんアベルの言付けの話だ。手紙で訊こうとも思ったけれど、こういうことはおそらく直接会って話したほうが良い。


「まあ、エリナ様のほうからシルヴァ様に会いたがるなんて、珍しいですね! もちろん、すぐにでも連絡しますわ」


 事情を知らないゾーイが嬉しそうに頷いて、いそいそとタウンハウスに戻る。その日の夜には、翌日仕事終わりにタウンハウスに来る、とシルヴァから連絡があった。

本編に入らない裏設定をここで一つ☆


カーシス商会の創設者であるギルベルトとザラの両親は、現在ギルベルトに商会の仕事をまかせ、南の島でのんびりしています。ギルベルトは奔放な両親に振り回されてきたので、意外と苦労人です。

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