69.二人の王子 (改)
一時的に、王子の視点になります。
「どうだった? エリナ嬢に招待状渡せた?」
アイゼンテール家のタウンハウスの前に泊めていた馬車の中にアベルが入ると、カウカシア王国の第一王子、ラーウムは足を組んで可愛らしい顔にすこし人の悪い笑顔を浮かべていた。
当のアベルはフン、と鼻を鳴す。
「招待状を渡すくらい、犬にだってできる」
「はー、その様子だとまたつっけんどんな態度をとったんだろ。婚約パーティーの二の舞じゃないか。やっぱり僕もついていけばよかったかなぁ」
「余計なお世話だ。俺は同じ轍は踏まない」
「馬鹿、アベルの言動は誤解されやすいんだから! もうちょっとそこらへん自覚しなよ」
ラーウムはため息をついた。
「エリナ嬢もアベルがいきなり現れてびっくりするに決まってるよ。事前に連絡くらいしてもよかったのに」
「連絡して断られたらどうするんだ。いきなり会ったほうが確実だろ」
「アベルは臆病者だ」
二人きりの時にだけ遺憾なく発揮されるラーウムのストレートで辛辣な物言いに、アベルは苦い顔をする。アベルがむっつりと不機嫌そうに黙り込んだのを意に介さず、ラーウムは涼しい顔で御者に合図をした。馬車は滑るように冬のブルスターナの街を走り出す。
しばらく沈黙が続いたものの、アベルがまず口を開いた。
「エリナ嬢は、元気だった?」
「ああ。議会で会った時より、また一段と顔色が良くなっていた。ブルスターナの気候があっているのかもしれないな」
「そりゃあ、よかった」
「それから、その、やっぱり、……エリナ・アイゼンテールは美しいな。とくにあの瞳が好きだ。透き通っていて」
「えっ、うん。そうだね……」
アベルの言葉にラーウムは頷きつつ、内心面食らっていた。
(んー、薄々最近の言動から気付いていたけれど、アベルはやっぱりエリナ嬢のことが好きなんだな! 惚れてる! これは絶対そうだ!)
ラーウムがちらりとアベルのほうを見てみれば、少し頬が赤らんでいる。「頬が赤いぞ」とからかってやろうかと一瞬思ったけれど、止めておいた。異母弟はへそを曲げたら面倒なのだ。
ラーウムは首を傾げる。
「アベルがエリナ嬢に初めて会った時、ダンスを断られたくらいで怒っていたから、てっきり相性が悪い……というか、アベルがエリナ嬢のこと一方的に嫌いなんだと思ってたな」
「あれは……悪かったと思っている。だから、シルヴァ・ニーアマンに言付けを頼んだ。すまなかった、と伝えてほしい、と」
「え、謝った!? アベルが!?」
ラーウムはくりくりの蒼い目をさらに大きく見開いた。頑固者のアベルが人に謝るなんてよっぽどだ。それほど、エリナのことが気になるのだろう。
そもそも、エリナ・アイゼンテールという名前を、ちょこちょこ無口なアベルが話題にあげてくるあたりで、ラーウムはおや、と思っていた。
それでも、ルルリアの妹だし、先日の議会でも堂々と発言したことも記憶に新しいし、とスルーしたのだ。なんせあの無気力な父王ですら、エリナに興味を持って話したがっているくらいなのだから。
しかし、今度のパーティーの招待状を渡す役をアベルが自ら買って出たあたりで、やはり何か変だと思った。
『アベルがメッセンジャーみたいなことをしなくてもいいじゃないか』
ラーウムは親切心からそう言ったものの、アベルは頑として自分が招待状を渡すと言って聞かなかったのだ。ラーウムとアベルの父であるカウカシア王国の皇帝は、ただ何か察した顔をして、招待状をエリナに直接渡すようアベルに命じた。
(お父様はあの時点でお見通しだったんだな。うーむ、それにしてもアベルもついに恋を……)
ラーウムは不思議な気持ちになる。吟遊詩人や、ぶ厚い小説にでてくる恋やら愛やら、幼いラーウムにはいまいちピンと来ていない。ラーウムにも婚約者はいるけれど、相手はルルリアだ。美しい人であることは間違いないけれど、どちらかと言えば気の置けない友達、といった雰囲気で、恋愛をしている感じではない。
ふいに、窓の外を見ていたアベルが口を開いた。
「……一つ、わかったことがある」
「うん、なに?」
「エリナ・アイゼンテールには、俺がシルヴァ・ニーアマンに伝えたはずの謝罪が伝わってなかった」
「えっ、シルヴァが、エリナ嬢に言付けを忘れていたってこと?」
「そうだ。……ということは、あの二人は婚約者同士だが、そこまで親しく交流していないんだろう。年の差もあるし、当然かもしれないな。とにかく、俺にも、まだチャンスはあるということだ」
「…………」
アベルの力強い言葉に、ラーウムは否定も肯定もせず、とりあえず無言で微笑んだ。
幼いころからたくさんの様々な思惑を抱えた大人たちに囲まれて育ってきたラーウムは、自然と人を見る目を養ってきた。だからこそ、あの抜け目のないシルヴァが、うっかり言付けを伝え忘れるなんてありえないことくらい、ラーウムは見抜いている。
(ま、俺は気付いちゃったけど、水を差すのも悪いしなあ)
指摘しても、頑固で一途なところのあるアベルは聞かないだろう。第一、ラーウムは異母弟であるアベルも、旧知の仲であるシルヴァも、どちらに肩入れする気もない。
(エリナ嬢には申し訳ないけれど、言葉足らずなアベルも恋愛の手管に長けすぎているシルヴァも、どっちもどっちだ。せいぜい二人とも全力で頑張れ!)
などと、ちょっと無責任なことをラーウム自身は思っている。
それに、ちょっとくらいこんがらがったって、あのエリナ・アイゼンテールという女の子なら、必ずや何とかするだろう。まあ、何とかならなかったら、ラーウム自身が手助けに入るまで。
(なんだかんだで、また楽しみなことがまた増えたなあ)
すっかり高みの見物をするつもりのラーウムは、アベルにバレないように、こっそり目を細めた。
2020/3/6 すみません、前話があまりに長かったので、話を分けました!!
アベルとシルヴァのくだりの真相は、「番外編 ある騎士の独白(5)」にて!
伏線回収までの期間が長すぎて申し訳ないです……。





