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66.謎の美女

「シルヴァ様が今病院にいらっしゃると連絡が! なんでも怪我をされたそうで……」


 慌てふためいたゾーイが部屋に飛び込んできたのは、昼過ぎのことだった。


(よ、良かった! 私が魔法でふきとばしちゃったあと、ちゃんと病院に連れて行ってもらったんだわ!)


 私は思わず安堵のため息をつく。朝の一件以降、シルヴァがどうなったのか気が気ではなかったのだ。そのせいで、明らかに寝不足のはずなのに全く眠気を感じない。

 うっかりホッとした顔をしてしまった私の反応に、ゾーイは怪訝そうな顔をしたものの、特に何も言及せずすぐに馬車を出すように手配してくれた。

 シルヴァが運ばれたのは、孤児院の廃墟にほど近い小さな石造りの病院だった。受付のような場所で名前を告げると、すぐに個室に通される。

 ドアを開けると、ベッドの上にいたシルヴァが驚いた顔をしてこちらを見た。


「なんだ、エリナ! わざわざここまで来てくれたのか!」

「ええ、お怪我をしたと聞いて……」

「情けないことに、ちょっと気を失ってしまってな。でも、大丈夫だ」


 そう言って、シルヴァは私に向かって力こぶをつくるまねをしてみせる。頭に巻かれた白い包帯が痛々しく、私は思わず目をそむけて胸の当たりをさすった。罪悪感で胸がズキズキする。

 そんな私に、シルヴァは目を細めて微笑んだ。


「おいおい、そんなに俺を心配してくれていたのか? 怪我のほうなら大したことはない」

「本当に? 後遺症など残ったりとか……」

「本当に、大丈夫だ。エリナに会えて、おかげさまで少し心が晴れた。ありがとな」


 そういうと、シルヴァは大きな手で私の頭を撫でる。いつもなら「子供扱いしないでください」とかなんとか文句を言ってその手をはねのけるだろうけれど、さすがに今日は大人しく撫でられておく。そうでもしないと、申し訳なさで胸が潰れそうだ。

 シルヴァが思うぞんぶん私を撫でたあと、今後のことを訊くと、今日は念のため一日病院で様子を見て、明日宿舎に帰宅するという。

 私は首を傾げた。


「あの、ニーアマン伯や、二人のお兄様に連絡しましょうか?」

「あー、しなくていい。こんな大失態、家族には聞かせられない」


 そう言って、シルヴァは悔しそうな顔をした。いつも自信満々のシルヴァがこういう表情をするのは珍しい。どうやら、早朝の出来事は、シルヴァにとって相当不名誉なことだったらしい。


「でも、ほら、不意打ちだったなら仕方ないじゃないですか」

「なぜ、エリナは俺が不意打ちされたと知っている?」

「あっ、いえ! その、……シルヴァ様ほどの方なら、ほら、不意打ちなんかでなければ、そうやすやすと怪我をしないのではないかと思いまして!」


 私がしどろもどろになって説明していたその時、個室のドアががらりとあいて、一人の騎士があらわれる。


「おいシルヴァ、この俺がわざわざ着替えもってきてやったぞ!」

「フィン! すまないな」

「いいってことよ。お前に貸しをつくっておける貴重なチャンスだからな……って、あっ、アイゼンテール家の妖精嬢じゃんか!」


 シルヴァからフィンと呼ばれたそばかすの騎士は、私を見て目を丸くする。

 私は慌てて立ち上がって頭を下げた。


「婚約者として礼を言わせてください。ありがとうございました。私の婚約者が、どうやらお手数をおかけしたようですね」

「えっ、そ、そんなぁ。大したことはしてないっていうか、……こんなかわいいお嬢さんに面と向かって礼なんて言われると、照れるな」


 フィンはそばかすの散った顔を赤らめた。感情が顔にすぐ出てしまう、素直な性格のしているようだ。シルヴァは鼻を鳴らした。


「俺の婚約者から直々に礼を言われたんだ。騎士として、これ以上ないくらいの名誉だな。ということで、今回の貸しはチャラってことで」

「な、なにぃ!?」

「大したことはしてないんだろう?」


 顎を上げて人の悪そうな顔をするシルヴァに、フィンが歯ぎしりをして悔しそうな顔をする。二人とも仲が良さそうだ。

 目を細めつつ二人のテンポの良い会話を眺めていると、軽やかな足音と共にもう一人の騎士も、部屋にひょっこり現れた。アッシュブラウンの髪をポニーテールにした女性騎士、アンジェリカだ。


「シルヴァ~、情報収集ついでに、お見舞いに来たわよ……って、あら、あらあらあらぁ?」

「ごきげんよう、アンジェリカさん」

「アイゼンテール家のお姫様じゃない! また会えてうれしいわ。お姉さんの名前、憶えていてくれたのね」


 アンジェリカは目のふちを少し染め、艶やかに笑うと、私の頬を長い指でふわりと撫でた。相変わらずの色気に、やっぱりクラクラしてしまう。

 アンジェリカの妖艶な笑顔から目が離せないでいると、横でフィンが屈託なく微笑んだ。


「よう、アンジェリカ!」

「……やだ、フィン。いたの?」

「ずっとここにいたぞ!! その反応はちょっと傷つくからやめろ!!」

「仕方がないじゃない。私、かわいい女の子にしか視界に入らないの」


 アンジェリカはそう言って私に抱きつく。シルヴァが露骨に嫌そうな顔をした。


「おい、アンジェリカ。お前は捜索任務にあたっているはずだろ。持ち場にもどれ」

「やだ、シルヴァったら冷たぁい。今は休憩中よ。私だって、むさくるしい連中といるよりかは、アイゼンテール家のお嬢ちゃんとおしゃべりしたいし、それに……」


 アンジェリカはゆっくりと目を細めて、形のきれいな人差し指を唇にあてる。アッシュブラウンの髪がふわりと揺れた。


「廃墟にいた二人組の男女を探せったって、情報が少なすぎるんだもの。もっと詳しいことを教えてもらわないと、ね」


 どきり、と心臓が大きく打った。


(第一騎士団の人たちは、私とオスカーを探してるんだ……!)


 考えてみれば当然だ。人気のない廃墟をうろうろする不審者が目撃され、その上その不審者は騎士団の騎士に怪我を負わせた。相当な危険人物だ。


(たぶん、正体がバレることはないけど、しばらくは変身した姿で外を出歩かないほうがいいわよね……)


 内心私がドギマギしていることをつゆ知らず、シルヴァは形のいい眉をしかめ、アンジェリカの問いに答える。


「廃墟の暗闇の中で対峙したんだ。二人組の男女、としか言いようがない」

「最近、夜の国の魔物がブルスターナに出没するじゃない? 乙女妖精ニンフの可能性は?」

「いや、ローブのような濃い色の服を着ていた。乙女妖精ではないだろう。男のほうは、かなり上背だったしな」


 それまで黙ってシルヴァのベッドの上で話を聞いていたフィンが、口を挟んだ。


「女のほう、ものすごい美人だったんだろ? うっかり見惚れて、反応が遅れるくらい」

「そうそう、シルヴァ、私もぜひ会ってみたいんだけど、見惚れるくらいの美人の特徴を教えて?」


 二人の質問に慌てた顔をしたシルヴァが、気まずそうな顔をして私を見た。

 私は、首を傾げる。


「……へえ、シルヴァ様は今朝、美人に会ったんですね? 見惚れるくらいの」

「待ってくれエリナ、誤解だ!」

「いえ、大丈夫ですよ。私はお邪魔みたいなので、これにて」


 私はそういうと、さっと立ち上がってアンジェリカとフィンに礼をし、踵を返す。


「え、エリナー!!」


 後ろで私を呼ぶ声がしたけれど、私は振り向かずに早足で出て行く。後ろ手でバタン、とドアを閉めると、私は大きくため息をつき、早足でその場を去った。


(ちょっと、マナー違反だったかな……)

 本来なら、もう少し丁寧に別れの挨拶をしなければならなかったかもしれない。相手は婚約者シルヴァの同僚だ。

 私は歩きながら少し熱い頬を触る。


(で、でも、あのままあの場にいたら絶対顔が赤いのバレちゃってたし……。私、にやけてたのバレてなかったよね……?)


 私は頬を何度かつねるけれど、どうしても顔がにやけてしまう。私はにやける顔をペシペシ叩いた。


(あんなイケメンに見惚れられちゃうなんて、悪い気はしないかも)


 シルヴァが見惚れたという謎の美女は、間違いなく私のことだろう。

 私は少し前のことを思い出す。

 魔法を放つ前に、シルヴァが不自然に硬直した理由が気になっていたのだ。シルヴァの反射神経は、おそらく私を上回るのに、どうしてまともに魔法をくらってしまったのか、と。

 どうやら、それは、成長した私の姿に見惚れて、反応が遅れてしまったかららしい。

 魔法のコントロールがうまくできなくて怪我をさせたのはすごく申し訳なかったけれど、シルヴァに見惚れるくらい美人だと思われたのは少し、いや、だいぶ気分がいい。

 とにもかくにも、シルヴァの様子を見て安心できたためか、ようやく少しだけ眠くなってきた。今夜はほとんど眠れなかったため、当然と言えば当然だ。


「帰ったら、ちょっと眠ようかな」


 たぶん、今頃オスカーは昼寝をしている時間だ。少しくらい一緒に寝てもいいかもしれない。

 私は小さくあくびをもらしつつ、病院をあとにした。

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