64.主人公の行方
『親愛なる エリナ
こんにちは。こっちは寒くなってきたけれど、ブルスターナはどうですか?
来月の始めに、ついにブルスターナに行くことになりました。エリナに早く会いたくてたまらないわ。とっておきのお菓子を作っていこうと思っているの。エリナの教えてくれたレシピの焼き菓子を、少し改良したのよ。それから、必ずカーシス商会のザラさんも紹介してね。
ブルスターナでは、冬の間一度だけ開かれる王宮の舞踏会にいこうと思っているの。もしよかったら、エリナも一緒にどうかしら。
それから、エリナがずっと気にしている、ジルという女の子にはまだ出会えていないわ。お父様もお母様も、ジルという女の子に心当たりはないみたい。早くあなたがジルに会えるように祈っています。
それじゃあ、お返事待っています。また素敵な話を教えてね。
アリッサ・ピピン』
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先日届いたばかりのアリッサからの手紙を閉じて、私は手元を照らしていた蝋燭を吹き消した。広い部屋はろうそくの明かりが消えて暗くなったけれど、窓から入る月明かりでかろうじて手元は見える。今日は満月で、部屋の窓から大きな月がよく見えた。すでに月は傾きかけている。
「オスカー、そろそろ寝ないと」
私と足元で夢中で骨をかじっていたオスカーは、私の一言ですぐにベッドにもぐりこむ。私も、ベッドに入り、横たわるオスカーをぎゅっと抱きしめた。
「はあ、あったかぁい……」
私はオスカーの背中に頬をすりよせた。いくら温暖なブルスターナといえども、夜はさすがに冷える。オスカーはちょうどいい湯たんぽなのだ。
オスカーはフー、とため息のような息を吐く。
「……ネラ、……レナイ、ノカ?」
「うーん、うまく眠れなくて……」
私はごそごそと身じろぎをする。
何度となく寝ようとしているのに、今夜はなかなか寝付けない。夕方、うっかりうたた寝をしてしまったのが悪かったかもしれない。
眠気が来るのを待って、考え事をしたり、本を読んだりして時間を潰しているうちに、もうすっかり夜も更けてしまった。明け方まであと数時間だ。
私は眠ろうと無理やり目を閉じたけれど、そのうちにグルグルと考え事を始めてしまう。眠気は完全にどこかに行ってしまったようだ。
私はついに今夜は一晩中起きていようと観念して、アリッサからの手紙に何と返信しようか考え始める。
(ザラとアリッサが会える日を確認して、それから、舞踏会のことはゾーイと相談しなきゃ。……それにしても、アリッサはまだジルにまだ会えてないのかあ……)
私はそっとため息をついた。
エタ☆ラブの主人公ジルはブルスターナの孤児院にいたものの、人並み外れた魔法の能力を買われ、ピピン家の養子に迎えられたはずだ。そうなると、そのうちピピン家のアリッサとジルは義姉妹になると考えるのが妥当だろう。エタ☆ラブにアリッサというキャラクターは出てこなかったのが多少引っかかるけれど。
そんな事情もあって、春の婚約パーティーで会った時から、アリッサには定期的にジルの情報を訊いている。しかし、未だにジルの行方はつかめていない。
(そろそろ、ジルが魔法の才能を見出されて、ピピン家の養子になってもおかしくない時期なんだけどな……)
私のいるこの世界がエタ☆ラブの世界である以上、この世界は間違いなく一歩一歩破滅に突き進んでいるはずだ。そして、そんなこの世界の命運はエタ☆ラブの主人公ジルに託されている。私としても、できればできるだけ早く会って味方につけておきたい。
(今、ジルはいったいどこで何をしているんだろう……)
私はエタ☆ラブのストーリーをもう一度最初から思い出す。ジルは、両親を亡くし、物心ついたころからブルスターナの孤児院にいたはずで――……
(ん、ブルスターナの城下町の孤児院?)
場所は確か、この街外れにあるアイゼンテール家のタウンハウスからほど近い、ブルスターナの郊外だ。
「あっ、ひらめいた!」
急に上半身を起こした私に、オスカーが驚いて飛びのいた。
「……ゥ……ナ、ンダ?」
「こっちから会いに行っちゃえばいいのよ!」
私はそう言って、ベッドをとびおりてクローゼットを開く。目当てのものはすぐに見つかる。困惑した様子のオスカーが、ベッドの上で小首をかしげた。
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夜、静まり返ったアイゼンテール家のダウンハウスを脱出するのは、かなり容易だった。広すぎる屋敷に対して、住んでいる使用人はかなり少ないからだ。
誰にも見つからないように、念のため部屋のベランダから屋根と木をつたってタウンハウスを脱出したものの、玄関から堂々と出て行っても気づく人はいなかったかもしれない。
タウンハウスの庭をこっそり抜け出た瞬間、ちゃっかり私についてきたオスカーが姿を変えて、褐色の肌をした上背の青年の姿になった。彫刻のような完璧に整った顔立ちに、黄金色の獰猛な瞳が闇の中で光る。
私は唇をとがらせた。
「オスカーは寝ててよかったのよ? 朝までには帰るつもりだったし」
「……ィャ、……シンパ、イ。オデ、も、……イッ、ショ」
「やだ、オスカーも私のこと心配するの? もう、私の周りの人ってみんな過保護よ。この姿なら大丈夫だと思うんだけどな」
そう言って、私は両腕を広げて、大魔女グラヴィスからもらい受けた天鵞絨の艶やかな紺色のローブを翻した。緩やかにカールした腰まである銀髪が肩からさらさらとこぼれる。
今の私は、大人の姿だ。
「この姿、なかなかいいでしょ?」
私は腰に手を当てて、背の高いオスカーを見上げてフフン、と笑う。オスカーの表情の乏しい整った顔に、少し戸惑いの色が浮かんだ。
グラヴィスから変身の魔法を教えてもらってから、一週間経つ。夜な夜な一人で練習した甲斐もあって、今では難なく自分の望むように姿を変えることができるようになった。
いつもとリーチが違う手足に多少は苦戦させられるけれど、大人の姿は、10歳のエリナの身体よりだいぶ動きやすい。というか、いつもの姿は歩幅がとにかく小さくてどこに行くにも時間がかかりすぎるのだ。
あまり時間のない私たちは、アイゼンテール家のタウンハウスのある丘を軽やかに駆け下りた。
目指すは、孤児院だ。
(手紙の通りまだアリッサとジルが顔を合わせていないのであれば、ジルはブルスターナの孤児院にいるはず)
ジルは、ピピン家の養子になるまで、幼少期からずっとブルスターナの孤児院で暮らしている設定だ。
私は、実際のところジルがいるブルスターナの孤児院に行ったことはない。けれど、エタ☆ラブをかなりしっかりめにプレイした私は、孤児院の場所を鮮明に覚えていた。
(ジルは確か、朝早くに街外れの鐘を鳴らすのが日課だったから、朝早くに行っても会えるはず)
夜明けまであと少しだ。
夜のブルスターナの街は、かろうじて街灯は明々と道を照らしているものの、不気味なほどに人気がなかった。人の声はおろか、物音すらしない。昼間人々で賑わうブルスターナの街と同じ街だと思えないほどだ。
オスカーは、終始警戒した顔であたりを見渡している。
(人の気配は全くしないけど、オスカーはなにか感じているみたい)
鼻がきくオスカーを連れてきて、結果的に正解だったかもしれない。
ふいに、とある曲がり角を曲がろうとしていた私の腕を、後ろを歩いていたオスカーが掴んだ。私は驚いて小さく悲鳴をあげる。
「えっ、な、何!? どうしたの」
「ェ、……エ、リナ、……ソッチ、アブナイ……ダレカ、いル……」
「えっ、そうなの? ……うーん、じゃあ、こっちの道にしようかな」
危ない、と言われた道は、なんの変哲もないように見えたものの、私はオスカーの警告に大人しく頷いた。
いくら成長した姿とはいえ、この姿で不安がないわけではない。危険な道をなるだけ避けつつ、私たちは先を急いだ。
東の空はすでに明らみ始めている。この調子でいけば、ジルが鐘を鳴らす時間に孤児院につくだろう。
(たぶん、ジルは驚くだろうなあ……。でも、事情を聞けば絶対協力してくれるはず)
ジルはどんなことでも、――攻略キャラクターたちのどうしようもない過去も、突拍子のない言動も、重すぎる愛さえも……――、明るく受けとめる。あまりの懐の広さに、ファンの間では「聖母系主人公」と呼ばれているほどだ。だから、私のようなイレギュラーな存在が目の前にいきなり現れても、驚きこそするものの、絶対に話は聞いてくれるだろう。
(時間がないから、とにかくジルには大切なことだけ話していかないと)
ジルには、この世界がエタ☆ラブという乙女ゲームの世界のままであることや私の正体、そしてこの世界の行く末等々、何も隠さずすべてを伝えるつもりだ。第二皇子アベルと恋に落ちれば、この国が消えてしまうということも。
そのうちに、プレイ画面で何度も見た十字路にたどり着く。もう少しで、日が昇ろうとしていた。自然と、私の足も浮足立つ。
「オスカー、この角を曲がれば、目的地の――……」
角を曲がったところに広がった光景を前に、私は驚きのあまり絶句する。
「えっ、どうして……」
そこには、私の知っている孤児院は影も形もなく、ボロボロに崩れかけた廃墟がぽつりと建っているだけだった。





