59.似た者同士だった二人
「シルヴァの父であるニーアマン伯とはまあ、アカデミー時代からの古い友人で細々と交友が続いていてな。故に、俺はシルヴァを小さい頃から知っている。……アイツがオムツを履いてるころからな」
そう言って、騎士団長は鷹揚に笑った。私は興味津々で頷く。思い返せば、シルヴァはほとんど自分の過去について話さない。だから、シルヴァの子供時代の話を聞いたのは初めてのことだ。
「シルヴァ様は、どんな子供だったんですか?」
「アイツは、そうさな……、賢い子だった。教えられればすぐに覚える。ま、簡単に言うなら天才というやつだ。アカデミーに入る前にはすでに魔法が一通り使えた上、武芸のほうも申し分なかった。古い友人にはちょいとひどいことを言うが、あの父親の子にしちゃあシルヴァは出来過ぎなくらいさ」
「ああ……」
私は苦笑する。ニーアマン伯は初めて会った時から、何事においてもどこかパッとしない人物だった。それに対して、息子であるシルヴァは何事にも如才ない。表すなら、トンビが鷹を産んだ、ということわざがぴったりくる親子だ。
競技場に目を向けた騎士団長は少し難しい顔をしながら話を続ける。
「……悲しいことに、魔法の才覚をあらわしてから、長い間シルヴァはニーアマン伯から『お前は自分の子ではないのではないか』と疑われ続けることになった」
「えっ! なぜですか!?」
私は素っ頓狂な声を出す。
「実はな、ここだけの話、ニーアマン伯は、ほとんど魔法を使えないんだ。上の息子二人も、魔法はあまり得意ではないと聞く。それなのに、シルヴァはあそこまで自由自在に魔法を操れるときた。そうなると、ニーアマン伯の猜疑心は妻に向かうわけだ。自分以外の魔法に長けた誰かの子を産んだんじゃないか、ってな」
「そんな……」
「さらに悪いことに、その真相は誰も知るよしもなかった。ニーアマン伯夫人はシルヴァが幼い時に流行病で死んでしまったからな。結局、シルヴァは反論も釈明もしようがなく、ニーアマン伯は末子のシルヴァをずっと冷遇し続け、アイツはそれにずっと耐えてきたんだ」
騎士団長の言葉に、私は絶句する。
(知らなかった……)
いつも明るく飄々としているシルヴァの口からそんな暗い話が出たことは一度もない。幼いころにシルヴァの母を亡くした、とだけは聞いたことがあったけれど、まさかニーアマン伯とそんな確執があるとは思ってもみなかった。
驚いて言葉を失う私に、騎士団長は安心させるような穏やかな笑みを浮かべた。
「そう過度に心配することはない。父親に冷遇されても、アイツの才能のきらめきは一つも鈍らなかったんだ。シルヴァは結局、その才能を余すところなく発揮し、アカデミーは飛び級で卒業した。ニーアマン伯も、ここまでくると末の息子の才能を認めざるをえない。今までの冷遇っぷりから手のひらを返して、まるで自分の手柄のように喧伝してまわっていたものだよ。立派な自慢の息子だってな」
「それはまた……現金ですね」
「だろ? ニーアマン伯と長らく友人をやっている俺でも、さすがに呆れたさ」
そういうと、騎士団長は長いため息をついた。
「……とにかく、アカデミーを卒業したシルヴァは、栄えある第一王子の護衛についた」
「シルヴァ様が、ラーウム王子の護衛に?」
「そうだ。まあ、せいぜい半年程度だがな。あの時期のシルヴァはかなり鬱屈とした顔をしていたもんだ。なんせ平和な時代が100年近く続いているんだ。いまどき、王子の命を狙うものはいない。アイツはずっと才能と力を持て余していてな。挙句の果てに女遊びを覚えちまった。力のいれどころを間違えたんだ。まったく、困ったやつだよ」
そう言いながら騎士団長は重いため息をついた。そのあと、ハッとした顔をする。
「おっと、つい口が滑ったが、アイツの女遊びについては話さないほうがよかったか」
「あ、いえ、知ってます」
「だよな!」
あっさりとした私の回答に、がっはっは、と騎士団長は笑う。
その時、競技場から歓声が聞こえて、私はパッと声のほうに目を向けた。円の中心にいる二人が熱戦を繰り広げていた二人の決着がついについたのだ。勝負に勝ったチョコレートブラウンの髪の女性の騎士が勝利の雄たけびをあげた。
「ほう、皆、着実に実力をつけているな」
騎士団長は満足げに一人頷く。仕事をしなくてもいいのかな、と若干心配になってきた私は首を傾げた。
「あの、大丈夫ですか? もう行ったほうが良いのでは?」
「……おっと、すまん。話が途中で終わっていたな? 確か護衛をしていたシルヴァの話だったか」
どうやら話を終わらせる気はないようだ。本当は止めるべきなのだろうけれど、やはりシルヴァの過去への好奇心が勝ってしまい、私は話の先を促すように頷いた。
「まあ、力を有り余らせたアイツをあのまま護衛でいさせ続けるのはあまりにもったいないと思ってな、演習場で自主練習をしていたあいつを俺が直々にスカウトしたんだ」
「えっ、騎士団長自ら!?」
「そうだ。まあ、いろいろあったが、結局アイツは第一部隊におさまり、あらゆる任務で獅子奮迅の大活躍。今じゃ出世頭だぞ、お前さんの婚約者殿は」
そういうと、騎士団長は意味ありげにニヤッと笑った。
「最近は、だいぶ大人しくなって、ますます真面目かつ熱心に騎士団員として励んでくれるようになった。やはりアイツに声をかけた俺の目に狂いはなかった、というわけだ」
「……?」
「まあ、何が言いたいかというと、俺はお前さんに感謝しているのさ。アイツはやっと本気になれるものを見つけた。今のアイツにとっちゃ頭の痛い話かもしれないが、少なくとも俺は、アイツにとって、エリナ嬢、お前さんが最善にして無上の相手だ。しばらくは振り回してやってくれ」
「は、はあ……」
私はよくわからないまま、ただ頷いた。騎士団長はがっはっは、と笑いながら私の肩を叩く。
その時、騎士団長、と誰かが呼んだ。騎士団長が「げ」と口に手を当てる。
しばらくすると私が座っている客席側に、少し怒って顔を赤くしている壮齢の騎士が顔を出した。騎士団長はあからさまに嫌そうな顔をしたものの、そんな騎士団長を壮齢の騎士はギッと睨みつける。
「団長、真面目に試合をみておられますかな? 騎士たちは皆必死でやっているのですから、もうちょっと真面目に……」
「わかっておるわい。ではな、エリナ嬢。話せてよかった。今後とも俺の可愛い部下を頼むぞ」
傷だらけの手のひらをひらひらと振ると、騎士団長は文句を言い続ける壮齢の騎士に連れられて、私が立ち上がって礼をするのも待たず、あっという間に大股で去っていく。私は呆気にとられながらその姿を見送った。
(好きなだけ喋っていなくなったなぁ)
私は少し苦笑する。
もう少しシルヴァの子供時代について色々質問してみたかった気持ちはあるけれど、相手は騎士団長だ。本来ならこうやって話をできる機会を得ることすら難しいのだから、話ができて御の字というところだろう。
客席には、私とお腹を見せて昼寝をしているオスカーだけが残った。相変わらず、競技場では試合が繰り広げられている。
(はあ、すごいなぁ……)
私はうっとりと見惚れる。どの試合も、見たこともないような魔法が使われ、剣さばきもあまりに見事だった。見ていて飽きることはない。
そのうちに、シルヴァの番が巡ってきた。先ほどと同じ、体の大きな騎士との対戦だ。だけど、シルヴァは怯むことなく大柄な騎士に立ち向かっていく。その結果、シルヴァは先ほどの試合と同様、かなりあっさりと勝ってみせた。シルヴァは一番年若そうに見えるものの、他の騎士たちの実力差は頭一つ分抜きんでているようだ。シルヴァの相手の騎士が悔しそうに地面をけった。
試合を終えたシルヴァが、こちらを向いて、さっとウィンクした。私の胸の鼓動が大きくはねる。
(ふ、不意打ち……!)
いくらシルヴァの顔面偏差値の高さに慣れてきたとはいえ、やはり美男子にいきなりウィンクされると、悔しいけれどドキッとしてしまう。
私たちが視線を交わしているのに気づいた騎士たちが、茶化すようにシルヴァを小突いた。シルヴァは特に気にした様子もなく涼しい顔をしていたけれど、私が恥ずかしくなってモゾモゾしてしまう。
「こういうキザなことに慣れているあたり、やっぱりチャラいわぁ……」
私はまだ少し鼓動が速い胸をおさえて、独り言ちる。
シルヴァの試合が最後だったらしく、競技場に先ほど私と雑談をしていた騎士団長が皆の前に立つ。その横には、壮齢の騎士も難しい顔をして立っていた。
騎士団長はかなりあっさりとした総評を述べて解散、と号令をかけた。壮齢の騎士が苦い顔をしたものの、騎士団長は知らんぷりだったし、騎士たちも慣れた様子で踵を鳴らして敬礼したあと、あっという間に散り散りになっていく。シルヴァは何人かの騎士たちに囲まれて、なにやら少し談笑していた。親しげに騎士の一人に肩を組まれたシルヴァは屈託なく明るい笑顔を浮かべている。
(あんなに明るいシルヴァ様も、小さい時はニーアマン伯に冷遇されてきたんだ……)
シルヴァのあの如才ない性格から、てっきりニーアマン伯とは普通の親子関係を築いているものだとばかり思っていた。
でも、それは私の勘違いだった。語られないだけで、シルヴァは私と同じように、実の親から冷遇された過去があったのだ。
(私はシルヴァ様のこと、何もわかってない……)
騎士団長と話をするまで、勝手に私たちには共通点がないと決めつけて、シルヴァのことをまるで知ろうとしていなかった。本当は、意外と似た者同士だったのに。
「ちょっとずつでも、色々聞いてみないと」
私は、夕方の競技場で一人小さく決心をした。
久しぶりの更新になりすみません!
ブックマーク、評価等ありがとうございます!





