58.騎士団の演習所
「ついてきてもらってすまないな」
「シルヴァ様、ここは?」
「騎士団の演習所だ。今日はちょうど演習でな。どうやら俺の番にはギリギリなんとか間に合ったようだ」
職場、と言って連れてこられたのは、王宮のすぐそばにある競技場のような場所だった。一緒についてきたオスカーは、興味深そうに周りをきょろきょろ見ている。
競技場では二人の騎士がすさまじい勢いで剣を交えている。剣と剣がぶつかり合う鋭い金属音が、広い競技場に響き渡った。その周りを、ぐるりと騎士たちが取り囲んでヤジを飛ばしたり声援を送ったりしている。
「エリナはここで待っててくれ」
「は、はい……」
「それから、俺の雄姿をしっかり見ててくれよ?」
軽くウィンクすると、客席に私を座らせて、シルヴァは高座になっている客席側からひらりと競技場に降り、声援を上げる騎士たちの群れに混じっていった。オスカーは私の足元に座り、ウトウトと昼寝をし始める。
中央の騎士たちの戦いは白熱していた。長身の騎士のほうが形勢有利な気もするけれど、もう一方の騎士も負けてはいない。かなり真剣勝負のようだ。
私は息を呑んで、戦う二人を見つめた。
(すごい迫力……!)
ぶつかり合う剣と、時々合間に繰り出す魔法技は目にもとまらぬ速さだ。剣は過たず相手の急所を狙い続け、時には砂塵が吹きあがり、時には氷の矢が無数に降り注ぐ。
おそらく、この競技場にいるのはシルヴァの属している第一部隊、つまり第一線で活躍するこの王国の最強の騎士たちなのだろう。
私が夢中になって二人の戦いを見ていると、ふいに後ろから誰かが私の肩を叩いた。
「シルヴァが誰かを連れてきたから誰かと思って見に来てみれば、シルヴァの婚約者のお嬢様じゃないか!」
振り返ってみれば、見たことのない立派な顎髭をたくわえた壮年の男性が立っている。服の上からでも筋骨隆々だとわかる男性の肌はよく日に焼けていて、目の下に大きな傷があった。
「……ごめんなさい、どこかでお会いしましたか?」
「ああ、すまない。挨拶が遅れたな。俺は第一部隊の騎士団長だ。名をバッカスという。実は婚約パーティーに参加してもらっていたから、お前さんの姿はよく覚えているんだ。といっても、面と向かって挨拶はしていなかったからな。お前さんが俺を覚えていないのは当然か。急に話しかけてすまないな」
「ああ、あの時の……!」
私達の婚約パーティーの時に、第一部隊の騎士たちが入場の時にパフォーマンスをしてくれたのだ。結局、あの日は何かとバタバタしていたため、騎士たちの長たる騎士団長にすらお礼を言えていなかった。
私は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「これは失礼いたしました。あの節はありがとうございました。あの日はご挨拶もできずに、申し訳ございません」
「部下の騎士たちもシルヴァの晴れ姿を見ることができて喜んでいたから、礼には及ばん。それにしても、婚約パーティーの日以来体調を長らく崩して、こっちには療養に来ているときいたが、もう出歩いて大丈夫か?」
「ええ、お陰様で。今ではすっかり元気です」
「回復したようでなによりだ。シルヴァもやけにお前さんのことを心配していたから、こっちも心配になってな。ここだけの話だが、お前さんがブルスターナに来るとわかった時は、アイツはかなりはしゃいでいたんだぞ」
「シルヴァ様が……?」
私は驚いて少し目を見開いたその時、ワッと歓声が上がった。どうやらあの騎士の二人の勝負に決着がついたらしい。中央の二人は軽く礼を交わした。
「おう、終わったな。次はシルヴァだ。……まったくアイツめ、また軽装で演習に出やがって。まあ良い、応援してやると良い。婚約者の前だからさぞ張り切っているだろう」
騎士団長の言葉通り、ややあってシルヴァと恰幅の良い騎士が中央に立つ。シルヴァの相手の騎士は上背のシルヴァ以上に大きく、鎧から出る手足は丸太のように太かった。あまりの体格差に、私は若干不安になる。
不安そうな顔をした私を見たのか、いつの間にか私の隣にどっかり腰を下ろしていた騎士団長は安心させるように私に笑ってみせた。
「そう心配するな。シルヴァは強い。少なくともすぐに負けるということはないだろうて」
「そうですか?」
「当たり前だ。何たったって、お前の婚約者は俺の部隊に最年少で入隊した実力の持ち主だぞ。実力は相当なものだ」
騎士団長の言葉に私はなおも懐疑的だったものの、その言葉はすぐに妥当だと思い知ることになる。試合の合図がされた同時に、剣を抜いたシルヴァと巨体の騎士はすぐに嵐のような砂塵に包まれた。風は強く、少し離れた場所にいる私の髪も強くはためいた。私は思わず、風にさらわれる髪を抑えて目を細める。
そして、次の瞬間には、決着がついていた。
なにがあったかさっぱりわからない。ただ、シルヴァの相手の巨体の騎士は目を回して地面に突っ伏していた。ややあって、騎士たちがブーイング混じりの歓声を上げる。
「シルヴァのヤツ、一瞬で勝負をつけやがって。勝てばいいってもんじゃない。実力を見るための演習なのに、これじゃ何もわからないじゃないか。アイツはもう一試合あるが、次も同じ調子だと困るぞ……」
やれやれ、と騎士団長は呆れたように独り言ちる。
失神していた巨体の騎士はしばらくすると目を覚ましたらしく、手を差し伸べるシルヴァの手を借りて立ち上がると、悔しそうな顔のまま円の中心から退場する。
何事もなかったかのように、次の騎士たちが円の中心に出て、試合が始まった。再び激しい剣と魔法の応酬が始まる。
私は気になっていたこともあり、隣に座る騎士団長に訊ねた。
「あの、シルヴァ様は、今日は重要な日だ、と言っていたのですが、今日の演習は何かを決定するのですか?」
「ん? シルヴァがそんなことを? ……ああ、なるほどなぁ。そりゃあ今日、負けるわけにはいかんな。アイツも必死になるはずだ」
「あの、それはどういう……?」
意味がわからず、思わず私が首をかしげると、騎士団長は含み笑いをする。
「良いか、アイゼンテールのお嬢さん。今日の演習はな、来春のオルスティン山行きのメンバーを決める試合なのだ。オルスティン山の警護は、選抜式で、より実力があるものを連れていく。この演習で選ばれなければ、ブルスターナで待機、選ばれればオルスタ行き、というわけさ」
「ああ、なるほど」
私は頷いた。
オルスタはアイゼンテール家の領土だ。そして、毎年春になるとオルスタと夜の国との境界で異形のモノたちの活動が活発になるため、第一部隊が見回りの警護にあたるのだ。今日はその選抜演習だったらしい。シルヴァが今日の演習で勝てば、来春もシルヴァはオルスタで春を過ごすことになる。ブルスターナにいるよりは、かなり私と会いやすくなるというわけだ。
(今日慌ててここに戻ってきた理由って、選抜演習で選ばれて、オルスタに行くためだったんだ。春に、私と過ごすため……)
私のためだったのだ、と気付いて、少なからず驚いた後、私は少し顔が火照るのを感じた。
騎士団長はのんびりと笑う。
「やけに最近張り切ってると思った。今日もいったん用事があるとか言っていきなり抜けて、戻ってこないのかと思いきや、戻ってきやがったからな」
「……オルスタ行きよりも、ブルスターナにいるほうが良いと思うのですが。ほら、オルスタって何もないじゃないですか」
「オルスタ行きは第一部隊の誉れだからな。しかし、まあ、オルスタの領主の娘さんに言うことじゃないが、あんな田舎に心から喜んで行くのはシルヴァだけだろうな。シルヴァはよっぽど北の領土にいる婚約者と春を過ごしたいらしい。お前さんも愛されてるなあ」
「あ、あまりからかわないでくださいな」
「からかっちゃいない。なんせ動かしようもない事実だからなあ」
がっはっは、と豪快に笑う騎士団長に私は話題を変えようと質問を投げた。
「あの、続けてつかぬ事をお聞きしますが、上長であるバッカス様から見て、私の婚約者はどうですか?」
「シルヴァか? ……まあ、アイツは何というか、難しいヤツだ」
いったんちらりと競技場に目を向けると、騎士団長は一息つく。勝負は白熱しており、決着がつくまでにはまだまだかかりそうだった。
騎士団長はふむ、と顎をかく。
「そうさな……、可愛いお嬢さんと話せるせっかくの機会だ。騎士たちの勝負を見ながら、俺の手のかかる可愛い部下の昔話でもきいてくれるか?」
そう前置きすると、騎士団長は長い長い昔話をし始めた。
ブックマーク、評価ありがとうございます!





