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45.王宮舌戦(3)

「我が末娘、エリナよ。お前の口から今回の山賊の件を語ってくれないか」


(え、)


 急にローラハム公に話を向けられた私は一瞬固まる。再び貴族たちの視線が私に一斉に集まった。私は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。

 ローラハム公は私を冷たい目で見ていた。早くしろ、と言わんばかりに。


(やればいいんでしょう、やれば)


 ローラハム公は私を試しているのだ。私はアイゼンテール家の末娘として、役にたつのか否かを。


(やってやろうじゃないの)


 私はひとつ深呼吸をすると、ぐるりと議会を見渡す。出番だ。


「ローラハム公の許しを得て、不束ながら発言させていただきます」


 私の幼い声は赤の間によく響いた。貴族たちが品定めするようにこちらを見ている。

 ローラハム公の政敵、ベラッジ伯爵は小馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。ハスリー子爵はローラハム公の弾劾からとりあえず逃れたと思っているのか、幾ばくか落ち着きを取り返している。二人とも、私が子供だと高を括っているのだ。


(まあ、なめられてるわよね……)


 急にお鉢が回ってきた少女の発言力は侮られている。逆に言えば、ベラッジの一門は油断しているのだ。だからこそ、私はこの場で、アイゼンテール家のコマとしてベストの立ち回りをしなければならない。確実にハスリー子爵を弾劾し、スキャンダルの一つとして印象付けるのだ。


「1週間前、大雨の影響でモルドウ川沿いの街道の道が通行止めになり、迂回ルートとしてハスリー子爵の領土を通る道を選びました。その途中で山賊に襲われました」


 そう口火を切った私は、ある程度フェイクを交えながらあらましを話し始める。

 議会の貴族たちは表面上顔をしかめつつ、野次馬根性丸出しで私の話を熱心に聞いていた。いたいけな少女が危険な目に遭ったのだ。平和に慣れ、退屈している貴族たちは、この手の話に飢えている。


「山賊は手馴れており、私は不幸にも山賊にとらえられてしまいました。アジトには私と同じように、身代金目的で攫われた貴族や旅商人がいました。山賊たちにはさんざん脅されて、もう家族には会えないのかと思いましたわ……。とても、恐ろしかった……」


 私は目を伏せて言葉を詰まらせた。もちろん、演技だ。

 ローラハム公は、恐怖で言葉を詰まらせたていの私を、いかにも心配しているように私の肩を抱いてみせる。何も事情を知らない第三者の目から見ればさぞ美しい親子愛にうつるだろう。


「エリナの話は何度聞いても親として心が痛む。山賊たちは身代金目的の犯行に手馴れていたようだが、ハスリー子爵はこのような現状を全く知らずに野放しにしていたのか?」

「も、申し訳ございません。山賊に関しては私もまったく知らず……」


 ハスリー子爵は汗をぬぐいつつしらを切る。

 この期に及んで、ハスリー子爵はあくまで知らぬ存ぜぬの一点張りを貫こうとしているらしい。


「我々貴族も被害に遭っているのだぞ。あまりに領土の管理がずさん過ぎると言わざるを得ない。領地の管理すらできていない貴公が、この議会に出ている場合ではないのでは?」


 ローラハム公の非難の言葉に、青ざめていたハスリー子爵の顔が羞恥で真っ赤になった。あちこちで貴族たちが失笑を漏らす。


「エリナ嬢、気持ちはわからんでもないが、そのような話はこの場で話すことではなかろう。知らないだろうが、議会というこの場は、私的な経験を語るべき場所ではないのだよ」


 自分の取り巻きが形勢不利になったのを見かねて、ベラッジ伯爵が口を挟んだが、熱心に私の話を聞いていた貴族たちが一斉にブーイングをしたため、気まずそうに口を閉じた。

 議会の雰囲気を味方につけ、私は再び口を開く。


「とらえられた山賊たちのアジトで、私は山賊たちから理由を尋ねました。どうしてこのようなひどいことをするのかと……」

「ま、待て! 山賊たちと話したのか! あいつら、まともに話せる相手ではないぞ!」


 動揺したハスリー子爵が急に話に割って入ってくる。


(よっしゃ、かかったわね!)


 私は慌てる子爵に、きょとん、とした顔をして見せた。


「なぜですか? 山賊たちも同じ言葉を話す、カウカシア王国に住む人間ですよ。まさか、子爵は彼らと話したことがおありなの?」


 私の無邪気な質問に、ハスリー子爵はハッとした顔をして言葉を詰まらせた。やっと自分の犯したミスに気づいたのだ。

 ローラハム公が畳みかける。


「エリナ、話の続きを。山賊たちは、お前の質問に対して何と答えたのだ?」

「ええ、お父様。山賊たちはもともと山賊だったわけではありませんわ。もともとは農業や林業をやっていた領民たちが、高い税金を課せられていて、払うに払えず、仕方なく人攫いを家業にしているのだと……。可哀想に、払えなければ、領主に家族を殺されてしまうと怯えていました……」

「ほう、領主とはつまり……」


 皆までいうまでもなかった。ローラハム公は冷たい目をハスリー子爵に向ける。貴族たちがざわめいた。ベラッジ伯爵もついにハスリー子爵の援護をするのをあきらめたようだった。

 ハスリー子爵は真っ青になってガタガタ震え始める。


「ハスリー子爵、弁明は?」

「しょ、証拠がない! 山賊たちの妄言かもしれないじゃないか! いや、アイゼンテール家の娘が妄言を言っている可能性だってある! いや、そこの二人で結託して私を陥れようとしているのだ!」


 ハスリー子爵の必死の反論に、私は口をつぐんだ。確かに、子爵の言うとおりだ。私の一方的な証言だけで、証拠が何もない。しかし、ローラハム公は落ち着き払っていた。

 ふいに、ベラッジ伯爵が座っている席の向かいの、立派な口ひげの丸メガネをかけた紳士が立ち上がった。


「そちらについては、財務局の私から説明できそうですぞ。ハスリー子爵の報告書によれば、税収はここ数年ずっと右肩上がり。日照りも水害も関係なしです。さすがに税務を預かる身としては不思議に思っておりましてな。たまたま調べていたのですよ」


 たまたま、を強調しながら、丸メガネの紳士はこちらに茶目っ気たっぷりにウィンクを投げてよこした。どうやらローラハム公側の人間らしい。

 丸メガネの紳士は、おもむろにぶ厚い紙を取り出し、ハスリー子爵のここ数年の税収の説明をし始める。ここ数年のハスリー家の林業や農業の出来高は横ばいで、税収が上がる見込みがなかったこと。それにもかかわらず、税収は右肩上がりだったこと。領民一人当たりの税収が、異常に高いこと。

 あらかた話終えると、丸メガネの紳士は肩を軽くすくめて話をまとめた。


「小難しいことをツラツラと述べましたが、ま、要はどうやらハスリー家の税収はよからぬところから得ているらしいということです。エリナ嬢の言っていることはおそらく、いや、十中八九正しいでしょう。そうでないとハスリー家の税収のつじつまが合わなくなる。まあ、もう少し詰めるべきところもありますので、税務局からの正式な調査報告書は後ほど」


 そう言うと、丸メガネの紳士はこれ以上話すことはない、とばかりにさっさと席につく。

 完膚なきまでに叩きのめされたハスリー子爵は、脂肪に包まれた身体をワナワナと震わせていた。隣のベラッジ伯爵は我関せずとばかりに黙っている。


「ハスリー子爵、貴公は農業や林業だけで賄えない税金を領民に課し、税金を納められなくなって領民たちは結局山賊行為に手を染めざるを得なかった。身代金で私腹を肥やし、一方で貴族や旅商人たちに甚大な被害を与えた。以上、申し開きはあるか?」


 ローラハム公は重々しくハスリー子爵を断罪する。貴族たちが事の成り行きを好奇の目で見守る中、ハスリー子爵がついに沈黙を破った。


「ええい、なんなんだ、いったい! この私が、なぜここまで言われねばならぬ! あの地を治めているのは私だ!」

「子爵……」

「領民から税を搾り取ろうが、税率を上げようが、お前らには関係ないだろう! 税を払えぬ領民が悪いのだ! 部外者に指図される筋合いはない!」


 口の端に泡を溜めて怒鳴り散らし、なおも自分を正当化しようとするハスリー子爵に、私の腹の底が煮えくり返るような怒りを感じた。自分の手を汚すことなく、他人に汚れ仕事をさせ、私腹を肥やす卑劣さを、私はどうしても許すことができない。

 思わず、私は衝動のままに発言していた。


「ハスリー子爵、領民がいてこそ、貴族の私たちがいるのです。領民という確固たる土台をおろそかにしては、いずれその足元から崩れますよ。そのことをゆめゆめ忘れぬよう」


 私の言葉に、一瞬ざわめいていた議会が、水を打ったようにシン、と静まり返った。ハスリー子爵もポカン、とした顔をする。


(え、私、何か変なこと言った?)


 確かにハスリー子爵への怒りの衝動のままに口をついた言葉だったけれど、間違ったことは言っていないはずだ。まあ、少々、というかかなり年相応ではない発言ではあったかもしれないけれど。

 ぎこちない雰囲気の中、沈黙を破って呵々大笑した人物がいた。


「なあ、ローラハム公よ。貴公、なかなか面白い娘を隠しておったな」


 それまでじっと何も言わずに聞いていた皇帝が、急に口を開いた。議会が騒然となる。両脇にいた二人の王子も少し驚いたような顔をして皇帝をみつめた。

 皇帝はハスリー子爵に目を向ける。


「ハスリー子爵よ、貴公の処罰は財務局の調査書が来てから判断しよう。異議がある場合は書面にて」

「……はい」

「まあ、領地の管理に問題があると指摘されているのだ。しばらくは領地に戻るがよい」


 ハスリー子爵は、皇帝の言葉に蒼い顔のまま肩を落として弱弱しく頷く。 


「して、エリナ嬢よ」


 ふいに、私に皇帝の深い青色の目が泰然と向けられた。私は驚いて反射的に背筋を伸ばす。


「そなたはいつまでブルスターナにいるのだ?」

「この一冬は、こちらに滞在する予定です」

「そうか、それではしばらくこちらにいるのだな。そなたとはまたいずれゆっくり話す席を設けたいものだ」

「はっ、はあ。光栄です……」


 思わず気の抜けた返事をする私に、皇帝は悠然と微笑むと、おもむろに右手を高々と上げる。


「今日はこれにて閉会だ。実りのある議論であった。エリナ嬢の最後に言った言葉は、皆しかと胸に刻むように。それでは、解散!」


 こうして、皇帝の鶴の一声で、始まりと同じように唐突に、ハスリー子爵の弾劾はあっさりと幕を閉じた。

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