46.帰路にて
「はあー、疲れた……」
帰りの馬車で、私は思いっきりため息をついて伸びをした。緊張していたためか、身体中がまだ強張っている。声はカラカラだ。
ローラハム公はどうやらまだ残って職務があるらしく、私とゾーイだけが先にタウンハウスに帰ることになった。
「緊張したー。まさか議会で発言させられるとは思ってなかったし」
「私だってそうですよ。陛下のプライベートサロンに行くものだとばかり思っていましたもの。まさか議会でエリナ様を紹介するなんて……」
「あ、やっぱりあれ、異例のことなのね」
「異例も異例、大異例です。恐らく、エリナ様が史上初めてだと思いますよ」
ゾーイは困ったように頬に手をあてた。
「まったく、昔からそうですけれど、ローラハム公は何を考えてらっしゃるか私にはわかりかねます」
「そうよね」
私はゾーイに少し同情した。ゾーイは私の後ろで控えていただけだったけれど、気が気ではなかったはずだ。
ゾーイは議会の雰囲気を思い出したのか、肩を強張らせた。
「私は控えていただけで何も話していませんが、ずっと動悸息切れがして、全身の汗が止まらず……。今日で寿命が三年くらい縮まりました」
「多分だけど、私がローラハム公の思ったような受け答えができなかったら、ゾーイに話をさせようと思ってたんじゃないかな。だから、ゾーイもあの場に連れて行ったのよ」
「はあ、なるほど……。では、私はお嬢様のおかげで命拾いをしたことになりますね。あの場での発言なんて、私には無理ですよ。緊張のあまり、死んでしまいます」
情けない話ですが、とゾーイは蒼い顔をしながら、震える声で答えた。
私は安心させるように笑う。
「もう不必要に緊張する必要はないわ。終わったことだから大丈夫。次はないはずだし」
「……そういえばエリナ様、今日の一件は、ローラハム公と事前に話でもされたんですか?」
「まさか! 全く何もしてないわよ」
「でも、まるで事前に打ち合わせたように息がぴったりだったじゃないですか」
「そう言ってもらえるなんて嬉しいわ。あのローラハム公との馬鹿げた即興の小芝居も大成功だったってことね」
私は肩をすくめた。今日の私には助演女優賞くらいほしいくらいだ。ゾーイは私の返事にただ困ったように微笑む。
「本当に、ローラハム公とエリナ様の議会での発言は、よくできたお芝居のようでした。弾劾されたハスリー子爵はもちろんですけれど、ベラッジ伯爵もすっかり最後には大人しくなってしまわれて」
赤の間を去る前に、ベラッジ伯爵の取り巻きたちをちらりと見たけれど、みな一様に肩を丸め、コソコソと部屋を出て行き、かろうじてベラッジ伯爵だけは、赤の間を退室する直前に私とローラハム公をなんとか睨みつけ、悔しそうに大股で赤の間を去っていった。今回の議会では明らかにローラハム公に分があったと言えそうだ。
私はフン、と鼻を鳴らした。
「今日の一件でよくわかったわ。ローラハム公は、自分の権力のためなら、娘でもなんでも徹底的に利用するヤツなのよ」
「エリナ様、ローラハム公に向かって『ヤツ』と言ってはいけませんわ。ローラハム公は敬うべきアイゼンテール家の家長であり、エリナ様の父親ですのよ」
ゾーイにやんわりと注意され、私は口を少し尖らせる。娘に対してあのようにぞんざいな扱いをする父親なんて聞いたことがない。
(まあ、あっちが利用するっていうなら、こっちだってアイゼンテール家の権力もろもろ利用させてもらうけど。それならそうと、事前に何が狙いかだけでも教えてくれれば、こっちももっとやりようがあるんだけどな)
私は特大のため息をつきたくなった。
今日のような即興の小芝居をする機会が今後あるとはあまり思いたくないけれど、困ったことにあのローラハム公のことなので、絶対にないとは言い切れない。それならば、今度からは事前に打ち合わせ願いたいものだ。ローラハム公の言いだすことはいつも突拍子がなさすぎて心臓に悪い。
窓の外をみやると、ブルスターナの街は暮れなずもうとしていた。
(そういえば、私、お昼ご飯食べ損ねたなぁ……)
過度に緊張したのも手伝って、まったくお腹は減っていなかったけれど、今になって緊張がほぐれたのか、ようやくお腹がすいてきた。
昼間のブルスターナはあれほど人通りがあったのに、すでに人々の姿はまばらだ。路上の市場はすっかり店じまいをしているため、買い食いはできそうにない。
「ブルスターナの街って、夜は閑散としてるのね」
「この辺りは市場ですからね。ここで働くほとんどの民は、街外れの家に帰っていきます。ブルスターナの夜は街外れのほうが賑やかなのだと聞いたことがありますわ。といっても、私たち貴族には無縁の世界ですから、本当かどうかは分かりかねるのですけれど」
遠い目をして答えるゾーイに、私は頷いた。平民の住宅エリアは、一般的に貴族は立ち入らない場所だ。この世界では、貴族と平民との間には深い溝がある。
「……ねえ、ゾーイ。そういえば、私が最後に言った言葉で、議会にいる人たちが困惑した顔をした気がするんだけど、どうして?」
「えっと、最後に言った言葉っていうのは……?」
「ほら、議会の最後あたりに、『領民がいてこそ、貴族の私たちがいるのです。領民という確固たる土台をおろそかにしては、いずれその足元から崩れますよ』って言ったでしょう? 私がそう言った時、なんか変な雰囲気になっちゃったから……」
自分の非を認めず、貴族特権を振りかざすハスリー子爵に向かって、私は思わずそう言ったのだ。その時、議会は一瞬水を打ったように静かになった。
ゾーイは何とも言い難い顔をした後、言いづらそうに口を開く。
「あの言葉は、すごく型破りというか……。私も、あまり考えたことがありませんでしたから……」
「……ああ、そういうこと」
「でも、言われてみればその通りですよね。領民がいなければ、私達貴族の生活は成り立ちませんもの。でも、あのような考えを持つ貴族の方は少ないように思います」
ゾーイはかなり言葉を選んで伝えてくれたけれど、つまり、私の発言は貴族の考えとしては一風変わった、エキセントリックなものとして捉えられてしまったらしい。この世界の貴族の特権意識はやはり根強いようだった。
「……貴族らしくないことを、私は言ってしまったのね。今日はうまくやったつもりだったけれど、ローラハム公に、貴族の自覚に欠けるってまた近々怒られちゃうかも」
私が少し苦い顔をしてそう呟くと、ゾーイは私の手を優しく取った。
「エリナ様、これだけは断言させてくださいな。誰が何と言おうと、エリナ様は間違ったことは言っておりません。あの言葉は、誰に対しても分け隔てなく平等にお優しい、聡明なエリナ様だから言えた言葉なのですよ」
「ゾーイ……」
「そのお考えをずっと大事にしてくださいませ」
「……ありがとう、ゾーイ。ゾーイが乳母で本当に良かったわ」
私がはにかんで微笑むと、ゾーイは茶色い目を優しく細めて、私の髪を撫でる。
やがて、御者がアイゼンテール家のタウンハウスにもう少しで着く、と教えてくれた。
昨日データが全部飛んでしまって更新が遅れてしまいました……





