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43.王宮舌戦(1)

 王宮行きの馬車の用意ができたとセバスチャンに告げられ、私達はタウンハウスを出る。タウンハウスの前に広がる手入れの行き届いた庭園が、ブルスターナの秋の光を浴びてきらきらと輝いていた。


「じゃあ、ミミィ、あとはお願いね。できれば、オスカーの散歩もしてあげてほしいな」

「はい、わかりました! いってらっしゃいませ、お嬢様」


 扉の前でミミィが元気よく頭を下げると、オスカーもワン、と吠えた。今日はミミィとオスカーは留守番だ。

 タウンハウスの前に用意されていた馬車の前で、顔なじみの御者が待っていた。山賊に襲われ、馬車から落ちて怪我をした御者だ。顔の傷はまだ痛々しいが、かなり腫れはひいてきている。


「御者さん、おはよう! 顔の腫れがひいてきたわね」

「おかげさまで、だいぶマシになりやした。いやはや、心配おかけしましたな」

「もう仕事をして大丈夫なの? 猛スピードの馬車から落ちたのだから、無理をしないでね」

「心配ご無用。ワシみたいな男は、身体だけは丈夫なのが取りえなんでさ。現に骨はどこも痛めてねぇもんで、仕事にも支障はねえ」

「そうなの? それならいいけど」

「お嬢様から心配されると、悪い気もしねえなぁ。さ、馬車に早く乗って下せえ」


 御者に促されてゴツゴツした手をかりて馬車に乗ると、ふと引っ掛かることがあり、私は首を傾げた。

 

「あれ、ローラハム公(おとうさま)は? 朝から姿が見えないけど」

「ご主人様は先に出立されやしたな。王宮にてお嬢様をお待ちのはずだ」

「ふぅん、そうなの」


 御者の答えに、私は若干じゃっかん鼻白んだ気持ちになった。別に一緒に宮廷に行きたかったわけでは決してないけれど、それでもこうも避けられると心証は悪い。ローラハム公はとことん私と一緒の空間にいたくないようだ。

 すぐに後から乗り込んだゾーイがドアを閉め、ゆっくりと馬車が進みだす。

 私は何となく口を開いた。


「ゾーイ、陛下への挨拶ってすぐに終わるかしら」

「さすがにそう長くはかからないと思いますよ。陛下も忙しい方ですし」


 そうよねぇ、と私はのんびり頷いた。今から会う人物は一国のあるじなのだから、忙しいのも当然だろう。挨拶をすませれば謁見は終わるはずだ。


(マナーの時間に教わった最高儀礼の挨拶は一通り頭に入っているし、ローラハム公がらみの案件だけど、今日はさして問題なく終わりそうね)


 私はふう、とため息をつく。ローラハム公がらみの用事だからといって、私は妙に警戒しすぎたようだ。まあ、今までが無茶難題過ぎたのだけど。

 朝からソワソワしているゾーイは、いつもより口数が少なかった。未だに少し肩の力が入っているように見える。私はゾーイの手にそっと触れ、優しい茶色の目を見つめた。


「私の挨拶なんだから、ゾーイは緊張しなくても大丈夫よ。何かあっても、ちゃんとフォローはするつもりだし」

「エリナ様……」


 ハッとした顔をした後、ゾーイは顔を赤らめる。


「いやですわ。こういう時こそ乳母の私がしっかりしないといけないのに、エリナ様にも緊張しているのが伝わってしまうほど緊張しているなんて……」

「やっぱり、陛下への謁見は緊張してしまうものなの?」

「ええ、やはり陛下は天上人ですから。私のような地方貴族の端くれは、めったにお目にかかれない方なのですよ」

「そういう理由なら良かったわ。てっきり、私が何か陛下の前で粗相をしないか心配しているのかと思っていたから」

「とんでもございません。そちらについては全く心配しておりませんよ。エリナ様は、どこにお出ししても恥ずかしくない、聡明で愛らしく、美しい、私の自慢のお嬢様なんですからね」

「やだ、褒めすぎよ」


 私がはにかむと、つられてゾーイも柔らかく微笑んだ。肩の力はだいぶ抜けたようだ。


(天上人って感覚が私はよくわからないけど、王様に会うっていうのは、憧れのアイドルに会うようなものなのかしらね)


 私はぼんやり考える。前の世界ではそういった憧れの対象がいなかったので、どうしても想像力が追いつかない。ただ、ゾーイが無条件にカウカシア王国の皇帝に対して畏敬の念を抱いているのはよく分かる。

 しばらくすると、にわかに車窓から見える風景が賑やかになった。私は思わず歓声をあげる。


「このあたり、とっても賑やかね」

「ええ、このあたり一帯はブルスターナの中心地ですからね」


 青と白を基調にしたブルスターナの街は、殺風景なオルスタに比べてかなり活気に満ちている。同じ国だとは思えないほどだ。道は広く、よく整備されていて、人々や馬車の往来も激しい。オルスタでは見たことのないものが売られている露店も多々目にした。窓の外からは、香しい薔薇の匂いが流れてくる。


(ここが、エタ☆ラブの舞台、竜と薔薇の街 ブルスターナ……)


 実はこの辺りは既視感がある。エタ☆ラブの舞台、聖ジョイラス学園はこのブルスターナにあるのだ。エタ☆ラブをプレイしている時に、主人公のジルとなってこの市街地は何度となく探索しているため、なんとなく奇妙な懐かしさすら感じる。


「ねえ、このあたりが街の中心の市場よね?」

「ええ、その通りですわ。今は薔薇の収穫が少なくて露店もかなり少ないのに、お嬢様はなぜそれを知ってらっしゃいますの?」


 ゾーイが怪訝そうな顔をして首をかしげる。


(あっ、しまった!)


 エリナ・アイゼンテールは初めてブルスターナに来たのだ。ましてや普通の深窓の令嬢であれば街の様子に疎いため、このあたりが市場だと一見してすぐにわからないはずだ。

 私はすぐに口を開く。


「えーっと、なんとなく……。ほら、あそこの看板に市場って書いてあるし」


 私のしどろもどろの言い訳に、ゾーイはあっさりと納得したようだった。


「さすが、エリナ様は目の付け所が違いますね。このあたりがカウカシア王国の物流の中心になります。王国中のすべてのものがこのブルスターナの市場で手にはいると言われています」

「へえ~、すごい。ねえ、今度ゆっくりこのあたりを探索してみたいわ! 探してみたい食材がたくさんあるの。ガウスにも報告しなくちゃ」

「一人では絶対ダメですよ。貴族を狙う不届きモノがブルスターナには溢れていますからね。移動は必ず馬車で、護衛も必ず付けなければいけません」

「えー!」


 エタ☆ラブの主人公ジルは平民だったため、護衛も何もつけずにこの街を自由に探索することが許されたけれど、貴族である私はそうもいかないらしい。

 不満そうな私に、ゾーイはにっこりと笑った。


「こんな時こそ、シルヴァ様をお誘いすればいいんですよ! デートに誘う口実としてはバッチリです。この前のデートは土砂崩れで台無しになってしまわれたのですし……」

「うーん、あれってデートなのかなぁ……」


 確かにエナに滞在している時、シルヴァと二人で馬乗りに行ったけれど、あれはデートとはまた違う気がする。

 私の歯切れの悪い返事に、ゾーイは腕を組む。


「婚約している男女二人がどこか出かければデートになるんですよ。それに、シルヴァ様は確かに少しエリナ様より年上ですけれど、婚約者としてはあれ以上の方、望めせんわ」

「まあ、そうね……。でも、シルヴァ様もお仕事があるし、迷惑になるかもしれないから。私はいつも通り、御者さんと一緒に行こうかしら。ほら、腕もたつみたいだし」

「もう! エリナ様は殿方の心がまだわかってらっしゃいませんね。こういう時に頼られてこそ、殿方は嬉しいのですよ!」


 息まくゾーイの勢いに押されて、私はコクコクと頷いた。


「覚えておくようにするわ」

「ぜひ、そうして下さいな。 ……まあ、非常に聡明といえども、エリナ様はまだまだお若いですから、今はピンと来ないのも当然かもしれませんね。でも、いつかそのうちに殿方のこともきっとわかりますわ」

「そうねえ、まだ若いもんね、私……」


 ほほほ、と口に当ててニコニコ微笑むゾーイに、私はあいまいな微笑みを浮かべて受け流した。

 ゾーイは知らないけれど、残念ながら彼女の目の前にいる愛らしい少女の中身は、26歳の恋愛経験のゼロのしがないOLなのだ。幼いと言い訳できる年では決してないし、殿方の心模様なんて到底わかりそうもない。

 私はあいまいな笑みを浮かべたまま、窓の外を見やる。どうやら街の中心地を抜けたらしく、街の風景はまた様変わりしていた。平民や商人たちの姿より、帯刀した騎士の姿が目立つ。なんとなく物々しい雰囲気だ。

 そして、何より目立つのが、堂々と町の中心にそびえ立つ白亜の壁。


 (あれって確か、皇帝の居城、ブルスターナ城……)


 私は先ほどのようなミスを犯さないように、注意深く口を開いた。


「ねえゾーイ、あの大きな建物が王宮なの? ほら、この街で一番大きい建物だからそう思ったんだけど……」

「あら、もう着いてしまいましたね。エリナ様、あれが王宮ブルスターナ城です。と、言っても今見えているのは城壁ですけれどね。門からは馬車では入れませんから、そろそろご準備しないといけませんね」

「わあ、大きい城壁ね……。どこまでも続いているみたい。あっ、見て、ドラゴンが城壁を越えて行ったわ」

「王立の竜の飼育場は城壁の中にありますから。エリナ様、念のため御髪(みぐし)を整えますので、あまり動かないでくださいな」


 私は髪を整えてもらいつつ、そびえ立つ城壁を再び見た。エタ☆ラブで何度か見たことがある風景だ。

 ブルスターナ城はエタ☆ラブでも重要イベントがたびたび発生する場所だった。その上、攻略キャラクターのカウカシア王国第一王子、ラーウム・フォン・ルガーランスと、第二王子である、アベル・ドン・ルガーランスの居城でもある。


(そう言えば、今日はあの二人は陛下と一緒にいるのかしら)


 私は少し苦い気持ちになった。アベルとラーウムには春の婚約パーティーの時に一応挨拶はしているけれど、物腰柔らかなラーウムはともかく、アベルに対してはあまりいい印象は持っていない。なんせ、ダンスを断っただけで一方的に激怒されて悪態をつかれたのだ。


(あれ、私の断り方が悪かったのかなぁ……。まあ、あんなに好きだったのに、幻滅するのは一瞬だったわよねぇ)


 とにもかくにも、アベルに会ったら全力で会話を回避しよう、と心の中で決めて、私は小さな手をぎゅっと握りしめた。

フラグだらけですね!

長くなったのでいったん区切ります!


ブクマ、評価、読んでいただきありがとうございます。


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