42.首都ブルスターナ
「……と、いうわけですわ、お父様」
ブルスターナのタウンハウスで、到着早々、挨拶もそこそこに私はローラハム公に道中起こったことを淡々と報告した。
腕を組んでローラハム公はただ頷く。会ったのは婚約パーティー以来だったが、神経質で陰鬱そうな顔は相変わらずだ。その上、このタウンハウスに着いてからローラハム公は私に一瞥すら与えない。
私達の間に漂う冷たい空気にヒヤヒヤしているのか、後ろで控えている乳母のゾーイがしきりに身じろぎしていた。
(まあ、いきなり急に労いの言葉なんかかけられて、愛想よくニコニコされても気持ちが悪いけどね)
私は心の中でため息をついた。顔には絶対に出さないけれど。
とにかく、立て続けに問題はあったものの、私達はブルスターナに予定通り無事にたどり着いた。私がこれから一冬過ごすアイゼンテール家のタウンハウスは、街の中心街から少し外れた場所にある邸宅だ。
ローラハム公もブルスターナでの職務にあたるときはこのタウンハウスを拠点にしている。仕方がないとはいえ、この冬はこれまで以上にローラハム公と顔を合わせる機会が増えるだろう。ブルスターナでの生活は楽しみにしていたけれど、この冷血漢の父親と一緒に過ごす時間は憂鬱の種になりそうだ。
私は報告を続ける。
「私が出しゃばるわけにもいきませんし、山賊の一件は全て婚約者のシルヴァ様の手柄としたいと思っております」
「うむ、承知した。今後とも、アイゼンテール家の名に恥じぬ働きをせよ」
ローラハム公は冷たく言い放つ。私は思わずムッとした。
(なにがアイゼンテール家の名に恥じぬ働きをせよ、よ。私をアイゼンテール家からつまはじき者にしている張本人のくせに)
エリナ・アイゼンテールとローラハム公は、血が繋がっていないという噂がある。私は、私と瓜二つの母であるソフィア・アイゼンテールが行方不明になった末、いきなり連れ帰ってきた子らしいのだ。そのためか、ローラハム公は私をアイゼンテール家の末娘として名目上は迎え入れたものの、どこまでも私に無関心を貫いていた。
一瞬不穏な沈黙がおりたため、ゾーイが慌てて口を開いた。
「エリナ様の報告はここまでですが、私から質問することをお許しくださいませ」
「なんだ」
「お手紙をいただいた内容についてお伺いしたいのです。予定では明日何かエリナ様と御用事があるということでしたが、できれば要件を教えていただきたく思います」
ゾーイはローラハム公の癇に障らぬよう、できるだけ簡易的に、注意深く質問する。私たちはブルスターナでの道中で、ローラハム公から一日予定をあけておくように手紙を受け取っていたのだ。その用事、というのがちょうど明日のことだった。
ローラハム公はゾーイの言葉を受けて、ゆっくりと広い執務机のぶ厚い書類をめくった。私はにわかに緊張する。
(ローラハム公がらみの案件なんて、いきなり呼び出されてみれば婚約者を紹介されるわ、ドレス一着仕立てられない期間で婚約パーティーの準備しろって言われてるし、とにかく今までさんざんだったもの)
ローラハム公がらみの要件は毎回かなり突拍子もないため、私やゾーイはかなり警戒をしていた。
ややあって、ローラハム公は口を開いた。
「明日は宮廷に行き、アイゼンテール家の末娘として、エリナを紹介する。陛下にもお目通り願う予定だ」
「えっ、陛下に?」
「そうだ。社交デビューは済ませたのだから、一度は会っておくべきだろう」
私は拍子抜けした。
(なんだ、思ったより普通……)
私は、故郷であるオルスタで社交デビューを済ませたものの、まだ現皇帝の謁見までは至っていない。政治に多大な影響力のあるアイゼンテール家の末娘という立場上、ブルスターナに到着しだい真っ先に現皇帝に拝謁し、王権に恭順の意を示すのは当然のように思えた。
「わかりました。それでは、また明日に」
私は頷いて深く礼をする。これ以上話すことはない、とばかりにローラハム公は何か書き物を始めた。セバスチャンがすかさずドアを開けて退室を促す。
私は部屋を去る前にローラハム公を振り返った。
「お父様、お耳に入れておきたいことが」
私の急な発言に、横にいたゾーイがぎょっとした顔をした。
ややあって、何か書き物をしていたローラハム公の冷たい碧眼が、ゆっくりとこちらに向けられる。私は向けられた眼光のあまりの鋭さに一瞬たじろいだが何とかまっすぐに見つめ返す。
「……なんだ?」
「今回私達を襲った山賊たちのバックにはどうやら貴族がいるようでしたわ。その貴族は、ハスリー家です」
「ほう、ハスリーか」
「ええ。あのあたり一帯を治めているハスリー家は、農業や林業だけで賄えない税金を課し、税金を納められなくなって困った住民たちは結局山賊行為に手を出さざるを得なかったようです」
これは、あの山賊から直接聞いたことだった。
『課せられた税が重すぎた。税を払わなければ、ハスリーの奴らに俺たちは家族を殺されちまう。仕方がなかったんだ』
と、山賊たちは私に必死な顔で何度も訴えた。
確かに、山賊行為によって何の罪もない旅商人や貴族たちを襲うのは悪いことだ。だけど、山賊行為をしていた動機についてはさすがに同情せざるを得ない。生きるために山賊たちは必死だったのだ。何より、自分の手を汚すことなく、他人に汚れ仕事をさせ、懐を肥やすハスリー家のやり方が、どうしても私は許せなかった。
「フン、それを吾輩に伝えて何になる。山賊連中の事情など、我がアイゼンテール家に直接関係のないことだ。吾輩に一体、何をしろというのだ」
私の訴えに、冷徹にローラハム公は言い放った。
(この答えは予想通りよ)
私が気に入らないからと言って、ハスリー家の卑劣なやり口を伝え、ローラハム公の正義感に訴えても、どうせ無駄になるだけだ。ローラハム公の行動原理は正義ではなく、実益と権力だ。それくらい、この一年この世界で過ごしているだけで身に染みてわかっていた。
だから、私は用意していた答えを返した。
「ハスリー家は我がアイゼンテール家の政敵。だからこそ、この情報はお父様にとって、有益でしょう」
ローラハム公は私の言葉に一瞬碧眼を見開く。
「……なぜ、ハスリー家が政敵とわかったのだ」
「ハスリー家は私の婚約パーティーに参加するどころか、招待すらされていませんでしたからね。あれほどたくさんの貴族がリストアップされていたのにも関わらず、です」
あの婚約パーティーでは、アイゼンテール家に与する貴族たちが招待されていたようだった。つまり、必然的に招待されていない貴族たちはアイゼンテール家に与していない貴族、つまり、政敵となる。
「この一件は、ハスリー家の大スキャンダルです。住民を重税で縛り上げ、山賊になるようにしかけ、他の貴族たちに暴力行為を働かせていたんですから」
「……なるほど、なるほど。そこまでわかっているとはな」
しばらくローラハム公は考えた後、不敵にニヤリと笑って何かを書き付け始めた。私の答えはどうやらローラハム公のお眼鏡にかなったらしい。
これ以上の言葉は不要だった。私はしっかり深く礼をして、今度こそ重苦しい雰囲気のローラハム公の執務室を去った。
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翌日――……
「ルルリア様からドレスをお借りしてよかったですね」
「こんなにすぐに出番が来ると思ってなかったけどね」
「それでも、本当にこのドレスはお似合いですよ」
ミミィがドレスを着た私を見てうっとりと微笑む。今日の私は、ベージュ色をベースにした、ふんわりとしたバックリボンが可愛らしいドレスだ。姉のルルリアのお下がりのため、少し大きいのが気になるが、何枚かありあわせのタオルやさらしを腰に巻いてなんとかごまかした。
歩いても腰回りのタオルが落ちてこないか入念にチェックしながら、私は少し苦笑する。
「本当は、皇帝陛下に初めて会うのだし、新しいドレスを仕立てる時間があればもっと良かったけどね」
「また今度、新しいドレスを仕立てに行くじゃないですか! その時は私も連れて行ってくださいね」
「もちろんよ、ミミィ」
のんびりと微笑みあう私達をしり目に、ゾーイはソワソワと歩き回る。
「陛下に初めてお会いするというのに、エリナ様はなんでそんなにいつも冷静なんでしょう。私、こんなに緊張して先ほどから汗がとまりませんわ。手がもう、汗でベタベタで……」
「そう? 陛下に会うって言ったって、何も取って食われるわけじゃないんだから。山賊に襲われるよりマシだと思わない?」
「それとこれとは話が違いますよ!」
ゾーイも今日は私とローラハム公と一緒に陛下に謁見するため、いつもの服ではなく、ふんわりとした深緑色の品の良いドレスを着ている。
「そういえば、エリナ様、兄からなにやらぶ厚い手紙が先ほど来ていましたわ。お部屋の机の上に置いておきましたからね。それから、続々と山賊から救出した貴族や旅商人の方々から感謝状や、お茶会の招待がきておりますよ」
「わかったわ。またあとで目を通すわね」
デイ伯爵からの手紙は、おそらくがけ崩れの報告書だろう。早く読みたい気もするが、ゾーイにバレると何かと面倒なので、夜皆が寝静まった後にゆっくり読まなければならない。
手持ち無沙汰になった私は、出窓に腰掛けてブルスターナの街並みを眺めた。
(オルスタの私の部屋よりも良い部屋だわ……)
いつものローラハム公の冷遇っぷりから、てっきり屋根裏部屋にでも案内されると思ったけれど、予想は外れてかなり広い部屋があてがわれた。オルスタにあるアイゼンテール家の城ほど豪華ではないけれど、調度品はやはり一級品ばかりなのは間違いない。オスカーはさっそくふかふかのソファを気に入って、そこに陣取ってのんびりと寝ている。
その上、この部屋からはブルスターナの美しい街を一望することができた。ブルスターナはヨーロッパ風の街並みの美しい街で、所狭しと並ぶ建物は全て青い屋根に白い壁面で統一されている。
キュオーン――……
「あっ、竜だわ!」
私は興奮して指をさす。空には、悠然と竜が泳いでいる。
ブルスターナは竜の生産地としても有名だ。そのためか、空を見上げるとしょっちゅう竜の姿を見ることができた。そもそも、カウカシア王国という国は、竜と薔薇の生産で栄えた王国なのだ。
「エリナ様は竜を見るのは初めてですか? 一応、アイゼンテール家にもローラハム公が所有している竜がいますよ」
「馬は見たけど、竜は見たことなかったわ」
「うふふ、ブルスターナでは嫌というほど見ることになりますよ」
ゾーイの言葉に、私は期待を膨らませながら微笑んで頷いた。





