41.自称 最強の魔法使い
「やめて!」
私は必死で手を伸ばす。虚空をかく手がふいに熱くなる。
「やめなさぁ――いっ!!」
そのとたん、眩しい光の渦が面前に広がった。遅れて、何かがなぎ倒されるような凄まじい轟音が響く。オスカーが激しく吠え、誰かが悲鳴を上げる。
手のひらからの衝撃の反動で身体が後ろにふわりと浮き、私はしりもちをついた。
「え……」
あたりは何かが焦げたような臭いと、もうもうとした煙が立ち込めていた。私はあまりに焦げ臭さに顔をしかめて少し咳き込む。
(なんか、私の手からビームみたいなのが出た気がするんだけど)
私は思わず自分の手のひらを見る。華奢な手に、特に変わった様子はない。
だんだん煙が晴れ、よくよく目を凝らすと目の前の土がえぐれているのが見えた。木々もきれいになぎ倒されて、邪魔だと思った木は一本たりともなくなっている。眼前には完全に一本道が出来上がっていた。
「え、これ、もしかして私がやったの?」
にわかに信じられず、呆然としていると、ふいに、ワッフ、と隣にいたオスカーが吠える。私はハッと我に返る。山賊に襲われかけたゾーイとミミィを助けようとしていたのだ。ここで立ち止まっている時間はない。
私はなんとか立ち上がってフラフラと走り出した。先ほどの轟音で腰が抜けたのか、足元がふわふわとおぼつかなかったが、邪魔な木々はなぎ倒されていたため、馬車まですぐにたどり着く。
「ゾーイ、ミミィ!」
馬車の近くで呆然自失の状態でへたり込む見慣れた二人の影を見つけて、私はほっとする。
「無事だったのね! 怪我はない?」
「お嬢様! よく御無事で!」
私はゾーイとミミィに抱きつく。オスカーが嬉しそうに私たちの周りで跳ねた。
「襲ってきた山賊は?」
「そこで気絶しています。幸運なことに、すごい音がした後、倒れてきた木にあたって……」
おずおずとミミィが指さした先で、筋肉質の男が一人、倒れた木のそばで大の字になって倒れていた。おそらく山賊だろう。近くには山賊の所有物らしき湾曲した短刀が落ちていた。私はずっしりしたそれを拾ってできるだけ遠くに投げ捨てる。
「とりあえず、これで良し」
「エ、エリナ様!?」
「意識が戻った時に、武器を振り回されたら何かと厄介でしょう」
「……本当に、お嬢様はこういう状況に陥っても冷静ですね」
ゾーイはほう、と感心しているのか呆れているのかわからないため息をついた。横にいたミミィもコクコク頷く。
オスカーが顔を上げて、ワン、と一声鳴く。背後から馬の嘶きが聞こえた。私は山賊の残党かもしれない、と一瞬構えたが、すぐにそれが杞憂だと気づく。
「おい、なんだ、何があった! 大丈夫か!」
このよく通る声は間違いなくシルヴァだ。どうやら無事だったらしい。
「シルヴァ様! ここです!」
私の声を聞いたシルヴァはすぐに森の奥から現れた。シルヴァが乗った青毛の馬が、ブルル、と嘶く。後ろから、顔を腫らした御者も顔を出す。
「シルヴァ様! 御者さん! 無事で何よりです」
シルヴァは青毛の馬からひらりと飛び降りて、私の全身をさっと確認すると、安心したように深いため息をつく。
「山賊たちを一掃して、戻ってみればこのザマだ! あの音は何だったんだ? なんでこんな馬車の外にいる?」
「あの、話せば長くなるのですが、御者さんが馬車から投げ出されてしまって、助けようと外にでたら……」
「馬車の外に出た!? 外は戦場だぞ! 死にたいのか!?」
シルヴァの言うとおりだった。ゾーイも咎めるような目で私を見ている。私が助けようとした御者も、責任を感じてオロオロした顔をしながら、しかし申し訳なさそうに一つ頷いた。
「お嬢様は優しい方だ。その優しさゆえにとっさにワシを助けてくださろうとしたことは十分に理解しております。ただ、どうかどうかご自愛なさってくだせえ。ワシのせいでお嬢様に万が一のことがあったら、ワシは長年仕えてきたローラハム公に顔向けできなくなっちまいます」
「……ご、ごめんなさい」
確かに、とっさに身体が動いてしまったとはいえ、私の行動は軽率すぎた。
シルヴァは疲れた顔で深いため息をついた。
「……この話はあとだ。三人は馬車の中へ。どうやら山賊の残党が二人ほどいるようだ」
シルヴァの低く抑えた声に、ゾーイとミミィが喉をヒュッと鳴らした。
「さ、山賊……っ!」
先ほど山賊に襲われたのがよっぽど怖かったらしく、二人はガタガタと震えだす。シルヴァは安心させるように二人に微笑んだ。
「俺がついていながら、怖い思いをさせてすまなかった。しかし、もう安心していい。第一騎士団の騎士がここにいるんだ。なんだったら馬車の中でゆっくりしていてくれても構わない。すぐに終わらせると約束しよう」
シルヴァの言葉に、ゾーイとミミィはオスカーを抱いて慌てて馬車の中へ入る。
「お、お嬢様も……!」
「いえ、私はここに残るわ。いいですよね、シルヴァ様」
「……俺がダメだと言っても残るだろう。好きにしてくれ」
諦めたように笑い、シルヴァは暗闇に向かって剣を抜いた。切っ先が月あかりを反射してギラリと光る。御者も臨戦態勢に入った。
「さて、そこにいるのはわかっている。隠れても無駄だ。二人だな。出てこい」
「ヒッ」
「出てこないのであれば、こちらから出向いて叩き切るまでだが」
「待て待て、もちろん従う!」
暗闇に沈む森の奥から、山賊が二人、怯えた顔で顔を出す。先ほど私を脅した山賊だ。ただし、先ほどの強気な態度とは一転して、目は落ち着きなく彷徨い、かわいそうなほどに怯えきっている。顔は脂汗でテカテカと光っていた。シルヴァはビュン、と音をたてて、失神している山賊の首もとに剣を突き付ける。
「さて、こちらには人質もいるんだ。大人しくしろよ」
「……ほ、他の仲間たちは?」
「総出でかかったらしいが、一人残らず倒させてもらった」
「ひ、一人残らず……」
「援軍はのぞめない。今のお前たちに勝算はない。ここは命乞いをしたほうが、得策だと思うが」
改めてシルヴァの冷たい目に射すくめられた二人の山賊たちは地面に頭をこすりつけるように頭を下げる。
「どうか命だけはお助けを! 騎士様はもちろん、ここまでお強い魔法使い様がいるとは思いませんでさぁ……」
「……ん?」
「偉大な魔法使い様! どうかお助けを!」
しばらく、その場が微妙な雰囲気になった。それもそのはず、山賊二人が必死で頭を下げている相手は、山賊の仲間に剣を向けるシルヴァではなく、明らかに私なのだ。シルヴァは不可解な顔をして私を見る。
(ああ、この二人、私がビームみたいな何かを放ったのを見て、こんなに怖がっているわけね)
この世界の貴族でない一般的な住民たちは、ほとんど魔法を使えないため、魔法は畏怖の対象となる。
この二人はどうやら私の背後で事の顛末を全て見ていたらしい。つまり、シルヴァではなく、木々をなぎ倒すビーム(仮)を放つ私を見て恐れ慄いていたのだ。
(これは、勝機かも……!)
私は胸を張って山賊に一歩近づき、仁王立ちした。山賊たちは怯えてますます地面に頭をこすりつける。
「私はエリナ・アイゼンテール。偉大なる魔法貴族アイゼンテール家の末娘にして、最強の魔法使い。ご存じなくて?」
悪役令嬢たる姉、ルルリアの口調を真似して、私は盛りに盛った経歴を堂々と言い放った。シルヴァがぎょっとしてこちらを見る。驚くのも当たり前だ。いかんせん、私はまだ属性も分かっていないへっぽこ魔法使いだし、もう一度あのビーム(仮)を出せ、と言われてもできる気がしない。
(でも、勝手に勘違いしてくれているんだし、これは活かしておかないともったいないわ!)
この山賊たちはやたらと手馴れている。看過してしまっては、この迂回ルートを使う人たちが困ることになる。
私はシルヴァの反応を無視して、さらに言葉を続けた。
「仲間ともども八つ裂きにされたくなければ、大人しく私の言うことに従いなさい」
「は、ははーっ!」
「ってことで、さっさとアナタたちのアジトに案内して」
「そ、それは……!」
「私は最強の魔法使いなのよ? 拷問もお手の物だと心得なさい。八つ裂きと火あぶりどちらがお好み?」
「ひ、ヒイーー!!」
山賊の悲鳴が暗い森の中に響き渡った。はたから見れば、これではどちらが悪者かわからない。
シルヴァが呆れた目でこちらを見て、眉間の皺を揉みながら、はあ、と大きなため息をついた。
◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇
結局、私の名乗った「最強の魔法使い」という肩書は絶大だった。
乗り込んだ山賊のアジトでは、山賊に誘拐され、監禁されていた貴族や旅商人たちを無事解放して感謝された。私が名乗った「最強の魔法使い」という称号に、勝手に怖気ついてくれたため、山賊たち相手にも実にスムーズかつ平和的に解決できた。
山賊のリーダー格の男は騎士団に引き渡し、山賊たちは解散に追い込まれたようだ。残党がいたとしても、あの迂回ルートの通る森は騎士団が巡回し、山賊行為も厳しく取り締まられるようだ。
めでたしめでたし、と言いたいところだけど、この話にはちょっとした続きがある。
でも、これはまた別の話。





