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21.妖精嬢の社交デビュー

今回は、一時的にとある貴族令嬢視点になります。

 相変わらずオルスタという地域は、陰気な場所だった。アイゼンテール家の所有するこの城も、絢爛たる佇まいの中に、どこか陰鬱として重々しい雰囲気がある。


(何度来ても、好きになれないわ)


 自然と口元が歪んでしまうのを、私はそっと扇子で隠した。機嫌の悪い私を置いて、婚約者はさっさと別の女のところに行ってしまった。しばらくは帰ってこないだろう。

 そもそも、このオルスタという地は、美の女神の星々もこの地を照らすことをしない、と吟遊詩人が歌うほど、殺風景で何もない場所だ。

 あの「氷の大公」有力貴族のローラハム・アイゼンテールが招待がなければ、こんな地に足を踏み入れることはない。この城の豪華絢爛な広間に集められた貴族たちも、やはり私と同じで好き好んでこの場所には来ないだろう。

 ただ、今夜だけは特別だった。アイゼンテール家の城で主催されたパーティーに集められ、小声でざわめく貴族たちは、いつもになくソワソワしている。


(まあ、今日はあの謎のアイゼンテール家次女の社交デビューですから、当然のことですわ)


 今までずっと公に姿を現さなかったアイゼンテール家の次女、エリナ・アイゼンテールが今回のパーティーでは社交デビューをするのだ。その上婚約パーティーまでするというのだから貴族たちの驚きももっともだった。


「アイゼンテール家の箱入り娘、深窓の妖精嬢も、ようやく社交デビューですか」

「今日は婚約パーティーとして呼ばれましたが、果たして主役は本当に存在しますかな」

「はてさて、ローラハム公を筆頭としたアイゼンテール家も、つくづく謎が多い一族ですからね」

「しかも、お相手はあのシルヴァ・ニーアマン様だとか」


 ひそひそとささやかれる声に、私は注意深く関心のないふりをしながら、耳をすませる。

 シルヴァ・ニーアマンは貴族たちの間でもかなり有名な人物だった。アカデミーを飛び級卒業した後、魔法騎士として騎士団入りし、異例の出世を果たしている。何より、彼の甘いマスクと如才ない話術、柔らかい物腰は好ましく、彼の経歴と相まって、今や国中のご婦人から熱い視線を集める時の人なのだ。

 その相手が、先ほどの「深窓の妖精嬢」エリナ・アイゼンテールなのだから、それはもう、この一月(ひとつき)は貴族たちの格好の噂の的になっていた。


「しかし、アイゼンテール家の長女ルルリア嬢は8歳の時にはすでに社交デビューを済ませておりましたが、エリナ嬢の社交デビューがここまで遅くなるとは。理由はなんだったんでしょうな」

「病気がちで、長旅が難しかったからだと誰かが言っておりましたわ」

「それは本当ですかな? 私はてっきり、アイゼンテール家の次女など、ローラハム公の妄言かと思っておりまして……」

「いやいや、噂では、人の前に出せないほどの不美人だとか」

「まあ、それはお可哀そうな話ですわ。どちらにせよ、私たちがしっかり社交デビューを見届けなければいけませんね」


 底意地の悪い好奇心を隠そうともせず、華やかに着飾った貴族たちは表だけきらびやかに笑う。

 やがて、興奮渦巻く広間に、入場の音楽である聖歌隊の歌声が響き渡った。


(いよいよ、主役の登場ね)


 私はそっと、主役が通るであろう場所が見える位置にしっかり陣取った。皆、好奇の眼差しで押し合いへし合いしながら今か今かと主役の登場を待っている。

 奥の扉が重々しく開き、この城の主であるローラハム・アイゼンテール大公がまず姿を現した。

 このパーティーの主催者であるローラハム公はめでたい席にもかかわらず、相変わらず陰鬱で神経質そうな顔をしていた。その後ろから、銀髪のソフィア・アイゼンテールが堂々とした姿で現れる。社交界が嫌いでほとんど城から出ないという、アイゼンテール家の大公婦人を見たのは久しぶりだった。二人の美しい兄妹が優雅な動作でその後に続く。ロイ・アイゼンテールとルルリア・アイゼンテールだ。

 そして、最後尾にシルヴァ・ニーアマンの父であるニーアマン伯爵が汗を拭きつつせかせかと続く。


「諸君、星々より祝福を」


 ニーアマン伯の登壇を待たず、壇上にでローラハム公が神経質な声で簡易的な挨拶をすると、貴族たちが一斉に礼を取った。ニーアマン伯も慌ててヘコヘコと頭を下げる。


「私からも、祝福を」


 ローラハム公がやおらもったいぶって手を振ると、突然眩しいほど美しい光の粒が広間中に広がった。光の粒は華やかに広間中を駆け巡り、飾られた花々を咲かせ、豪華絢爛な広間を明るく照らす。

 好奇の眼差しで光り輝いていた貴族たちの目の中に、一瞬で驚嘆と畏怖の色が浮かんだ。まるで冷や水を浴びせかけられたように、興奮でさざめいていた広間がシン、と静まり返る。


(これが魔法大公、ローラハム・アイゼンテールの力)


 この、何もない土地を勃興させた魔法貴族、アイゼンテール家。ほかの貴族の追随を許さないほどに、魔法に長けた一族だ。そして、魔力の強さはそのままその一家の権力の強さに直結する。ローラハム公は魔法を意のままに操る今の姿を私たちに見せつけ、権威を暗に示したのだ。

 ローラハム公は不敵に微笑んだ。


「貴公ら、よく見よ。そして証人となり、よく祝え。我が娘、エリナ・アイゼンテールと、その婚約者、シルヴァ・ニーアマン、ここへ」


 大扉がゆっくり開き、まず現れたのは、白い軍服を纏う騎士団の騎士たちだった。彼らは律動的な歩調で一斉に広間に入り、隊列を組んで道を作る。そして、大きな号令の後、「ハッ!」と声を上げ、踵を鳴らして一斉にひざまずいた。

 あまりの迫力に度肝を抜かれていると、侍従長が主役の到来を告げる。

 そこにいる貴族全員の熱い視線が向けられる中、騎士たちが作った道に、麗しい青年にエスコートされた、美しい少女が現れた。


(……ああ、噂とは、本当に信用できないものだわ)


 その場の誰もが、エリナ・アイゼンテールという少女に目を奪われただろう。


 エリナ・アイゼンテールは、少なくとも前評判(うわさ)通りの少女ではなかった。


 美しく結い上げられた艶のある銀髪は母親似だ。いや、全てが母親の写しのようだと言われてしまえば、その通りなのだが、母親と纏う雰囲気が全く違う。現実離れしたまろやかな白肌は、光を纏ったように輝いている。甘さとやさしさを秘めた美しい淡い翡翠色の目はどこまでも澄んでいて、整ったふっくらした薄い桃色の口元には、愛らしい笑みを浮かべていた。貴族たちの痛いほどの視線にもまるで動じていない。

 とろけるような白い肌の身体を包み込む、レースをふんだんに使った純白のドレスは、決して華美ではないものの、純一無雑の彼女の存在感を存分に引き立てている。彼女が歩くたび、まるで白銀の雪に光が当たったかのようにキラキラとビジューがきらめいていた。

 彼女の婚約者となったシルヴァ・ニーアマンは律動的に彼女の隣を歩く。その姿は、婚約者同士というより、さながら物語の中の美しい姫とそれを守る騎士のようだった。


 ローラハム公は二人を壇上に上がらせ、簡易的な紹介をしたあと、今しがた鮮烈な社交デビューを飾った少女に挨拶をするように促す。


「エリナ、今日この日に、祝福を」

「皆様に星々の祝福がありますように」


 社交デビューする令嬢のお決まりの挨拶も大勢の貴族たちを前に臆することなくこなしたエリナ・アイゼンテールは、一同をぐるりと見渡すと、柔らかく微笑んだ。

 澄んだ声音を合図に跪いていた騎士たちが一斉に立ち上がり、怒号のような祝福の声を上げると、遅れて貴族たちも追随し、広間にはこれまでにないほどの大きな歓声が沸き上がった。

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