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22.婚約パーティー

「はあ……」


 壇上で、私は扇子で口元をさりげなく隠しつつ、軽くため息をつく。婚約パーティーの開始早々であるのにも関わらず、私はすでに疲れていた。フカフカのベッドが恋しい。

 ちょうど来賓の挨拶が終わり、1曲目の優雅なカドリールが流れ始めたところだった。1曲目のカドリールに関しては、婚約パーティーの主役である婚約者二人が踊るのが一般的だが、私たちは体格差を理由に辞退していた。そのため、私たちの代わりにアイゼンテール夫妻が如才なくステップを踏んでおり、私たちは壇上でそれを優雅に眺めていたのだ。

 私はあくまでもにこやかな顔のまま、隣でおなじくにこやかに微笑んでいるシルヴァを小さく小突いた。


「……あのような演出をするなんて、聞いてないです」

「ああ、騎士団の連中のことか。なかなか良かっただろ?」

「……入場からして、不相応に仰々しくありませんでした? 私は無難なものにしたかったんですが」

「ああいうのは、大げさくらいのパフォーマンスが良いんだよ」


 軽い調子で答えるシルヴァを百回くらい殴りたい気持ちになったものの、私はなんとかこらえる。

 入場の時に騎士団が予想外の派手なパフォーマンスをしたのだ。私は事前に知らされていなかったため、まさに寝耳に水状態だった。動揺を表に出さなかっただけ褒めてほしい。本当は心臓がおかしくなりそうなほどに仰天していた。


「それにしても、シルヴァ様の女性人気を正直舐めていました。こんなに熱視線を浴びるなんて」

「……うーん、大半は俺への視線じゃないと思うけどな」

「ははは、何をおっしゃっているやら」


 シルヴァの謙遜に、私は乾いた笑みを浮かべる。

 今日のシルヴァは深い紺と銀色の刺繍が入った軍服に、落ち着いた緋色のマントという恰好だった。青みがかった濡れガラス色の黒髪はすっきりと後方に撫でつけられ、いつのもように後れ毛をひとつに無造作にまとめている。

 婚約者という立場からの贔屓目を抜きにしても、シルヴァはハンサムだった。シルヴァに向けられる貴族令嬢たちの陶然とした眼差しは納得がいく。――そして、私自身への刺さるような視線も。

 

 やがて、カドリールが終わり、アイゼンテール夫妻が軽く一礼をすると、それを合図に侍従長であるセバスチャンが再び来賓を告げた。貴族たちがざわめく。今日の最高位の貴族、もとい、王族の登場の合図だった。重い扉がゆっくりと開かれる。

 扉の向こうから、美少年二人が表れる。貴族たちが一斉に礼を取った。私とシルヴァも、二人に向かって恭しくカウカシア王国の正式な最敬礼をした。


「ラーウム第一王子、そしてアベル第二王子、御出座(ごしゅつざ)です!」


 セバスチャンの朗々とした声が広場に響きわたり、王子二人がさっそうと濃紺のマントを翻して広間の中に入ってくる。貴族たちが一斉にワッと歓声をあげた。私の胸が自然と胸が高鳴なる。


(さすが、エタ☆ラブの攻略キャラクターだけあって、もうすでに完成された美少年って感じ……)


 第一王子であるラーウムは、フワフワした柔らかそうな茶髪を後ろに流し、夏の空のような青い目を細め、広間の貴族たちにゆったりとした仕草で手を振った。愛嬌のある顔つきは、誰もが愛さずにはいられないような何ともいえない人懐っこさがある。

 対して、第二王子であるアベルは鋭い瞳で貴族たちを見まわした。薄灰色の短く切り揃えられた髪と冷ややかでスッキリとした面差しは、王子というより小さな軍人のようだった。しかし、彼の深い海を思わせる青色の瞳は幼いながらに王者の威厳すら感じられる。

 あまりの存在感に視線を離せずにいると、不意にアベルが壇上に視線を移動させたため、思いがけず目が合ってしまった。心音が不自然に跳ね上がる。瞳の深い青に射すくめられて、私は身動きがとれなくなってしまう。


(ああ、やっぱり小さくてもアベル王子はアベル王子だわ……)


 あの冷たい瞳がたまらないのだ。エタ☆ラブをプレイする時にも、パッケージの絵ですぐにアベルに一目惚れし、攻略すると誓った。攻略すればするほど、彼の第二王子としての葛藤や気高さに触れ、ますます好きになったのだ。

 いつの間にか、ざわざわと貴族たちがボールルームへ流れ込んでアベル王子の姿は見えなくなっていた。来賓の紹介が終わり、2曲目が始まるのだ。その間に、給仕のメイドたちが慌ただしく夕食を運び始める。

 まだ心臓が早鐘のようにうっていたものの、横にいたシルヴァが落ち着いた低い声で私に話しかけた。


「さて、ボーっとしてるところ邪魔して申し訳ないが、そろそろ俺たちも下りようか」

「……あ、そうですね」

「しばらく囲まれるだろうが、俺の婚約者殿は大人しくそばにいるように」


 そう言って、シルヴァが自然に手を差し出す。いまだにこの扱いに慣れない私は、ぎこちなくシルヴァの手を取った。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇


「この度は婚約おめでとうございます!」

「ありがとうございます、ミリス伯爵夫人。お久しぶりですね」

「全くですわ。シルヴァったら、全然社交界に出なくなったのだもの。寂しかったんですから。それから、私のことはアンナと呼んでちょうだいとあれほど言ったじゃない!」

「やだなぁ、さすがに婚約者の前でほかのご婦人と親密にしているところなんて、見せられませんよ」


 意味ありげに片眉を上げて微笑むシルヴァに、でっぷりしたご夫人はうっとりした顔で微笑んだ。どうやらシルヴァの微笑みでがっしり心を掴まれたらしい。


(とんだ茶番劇見せつけられてる感じがするわぁ……)


 シルヴァの本性を知っているため、私は何とも言えない気持ちになった。しかし、シルヴァの立ち振る舞いは終始完璧のため、パーティーのようなきらびやかな場所で会ったのなら、この一見爽やかそうに見える笑顔に私だって騙されてうっとりしていたかもしれない。

 シルヴァは次々と寄ってくる女性たちを完璧にあしらってくれている。おかげさまで私は最低限の会話だけで、あとはほぼ微笑んでいるだけで済むのだが、なにぶんシルヴァに無限に群がってくる女性の数が多すぎる。


(うう、ちょっとここから離れたい)


 私はここで一計を案じることにした。いい加減キツ過ぎるご婦人方の香水の匂いにも酔ってきたし。

 

「あの、シルヴァ様、そろそろ4曲目が始まりますわ。せっかくですから、そろそろご婦人方のダンスの相手をされてはいかがかしら?」

「え、ちょ……」


 私の提案に、シルヴァの返事を待つことなく、そばにいたご令嬢たちが「きゃあ」と湧いて、我先にとシルヴァの元に一斉に寄ってくる。私は隙をついてスルスルと令嬢たちの間をすり抜け、気配を消しつつ会場の隅に移動した。

 シルヴァをおとりにしたのは申し訳なかったが、二人であの場を去ることは到底不可能だったし、この際仕方がなかった、と心の中で言い訳をする。シルヴァは尊い犠牲になったのだ。


(ああ、疲れた……)


 私はそっと目立たない位置に陣取ると、ふう、とため息をついた。ご婦人方と共に置いてきたシルヴァはここからは見えないが、貴族たちは相変わらず騒々しく踊ったりおしゃべりしたり、はてまた食べたりと、思い思いにパーティーを楽しんでいるようだった。


「あの、お水はいかがですか?」

「え、ありがとうございます」


 横を見ると、亜麻色の髪を三つ編みにした女の子が私にグラスを差し出してくれていた。薄紫のドレスを着ていることから、侍女ではなくどこかの貴族のご令嬢であることは一目瞭然だ。

 無下に断ることもできず、ありがたくグラスを受け取ると、さっそく口をつけた。よく冷えた水がのどを潤した。私は緊張でかなりのどが渇いていたことにようやく気づく。


「……お顔の色が悪いですよ。大丈夫ですか?」

「お気遣いいただき、ありがとうございます。少し、人に酔ったみたいで」


 女の子は心の底から心配そうに私の顔を見つめた。目はくるくると大きく、瞳は緑色がかったオリオンブルーで、年はおそらく同じくらいだろう。色は白く、少しふっくらとした、愛嬌のある顔立ちをしている。


「たまたま持っていたのが水だったんですけど、他の飲み物とかいかがですか? それとも、何か食べます? 持ってきますけれど」

「いえ、そこまでしなくても大丈夫です!」


 さすがに名も知らぬ令嬢にそこまでさせるわけにもいかず、ぶんぶんと顔を振る私に、亜麻色の髪の女の子はゆったりと笑った。


「今日ふるまわれているお料理、見た目もすごく豪華ですけれど、味も斬新ですごくおいしくて。食べないのはもったいないです。私も家に帰ったらさっそくまねして作ってみようと思っていますの」

「え、もしかして、料理をするんですか?」

「あっ、そうなんです! 貴族令嬢らしからぬ趣味だとは思うのですが……」

「いえ、私も料理するのが好きなんです」

「わあ、本当ですか!? すごいすごい!」


 嬉しそうに目の前の少女は頬をピンク色に染めて私の手を取った。仲間を見つけられてよっぽど嬉しかったらしい。


「貴族でお料理をされる方、私、初めて会いましたわ。申し遅れました。私、アリッサ・ピピンと申します。エリナ様ですよね? この度は婚約おめでとうございます」

「エリナ・アイゼンテールです。この度は来ていただいてありがとうございます。……失礼ですが、ピピン家の御息女ですか? 西側の領土の……」

「ええ、そうです。……とは言っても、私は養子ですのでピピン家の実子ではありませんけどね。この冬に社交デビューしましたの。今後ともよろしくお願いいたしますわ」


 屈託のなく笑うアリッサと名乗った少女に、私は素直に好感を持ったものの、不可解な点があり、内心首を傾げていた。


(ピピンって、ジルを養子として迎えた貴族だったはずよね?)


 記憶違いでなければ、エタ☆ラブの主人公ジルを養子として引き取った貴族がピピン夫婦だったのだ。ということは、ジルと目の前のアリッサという少女は一応姉妹ということになる。


「あの、ジル・ピピンを知っていますか?」

「え? ジル、ですか? ごめんなさい、名字は同じですが、知らない名前です」


 アリッサは申し訳なさそうに首を振った。どうやらジルとは全く面識がないらしい。もしかしたら、まだジルはピピン家に養子として迎え入れてないのかもしれない。

 私はそれ以上の言及をせず、人違いのようですね、と謝って、やんわりと料理の話題に変える。アリッサはお菓子作りが好きなのだと目を輝かせて話してくれた。聞けば、ピピン家の領土は砂糖の生産が盛んらしい。


「お砂糖ですか。いいですね。一度訪れてみたいものです」

「暖かくて人も優しくて、とても良い領土なのです。エリナ様もぜひ遊びに来てくださいな」


 柔らかくアリッサが笑ったその時その時、唐突に急に鋭い声が割って入ってくる。


「エリナ! こんなところにいたのね!? 主役が壁の花になってはいけませんわ! でこちらにおいでなさい」


 顔を上げると、少し離れたところにルルリアが立っている。人込みの中から声をかけているのに、派手な顔立ちとその並々ならぬオーラですぐにどこにいるのかわかる。今日のルルリアは、彼女に良く似合う情熱的な真紅のドレスを着ていた。


「紹介したい人がいるのです、早くこちらへ!」


 ルルリアが再度急かしたため、よっぽど緊急なのだろう。私は慌てて踵を返しながら、私はアリッサに謝った。


「ごめんなさい、もう少し話したかったのだけれど、行かなくちゃ」

「いえ、大丈夫ですよ。 ……あの、御迷惑でなければ今度お手紙書きますね。 私も、エリナ様ともっと話したいのです。例えば、料理の話とか……」


 もじもじとふくよかな指を絡ませるアリッサに私は微笑んだ。


「ええ、もちろんです!」

「わあ、ありがとうございます! 必ずすぐに手紙を書きますから!」


 アリッサは控えめに、フワフワと手を振って見せる。その姿は、貴族令嬢のすましたところがまるでなく、素朴で可愛らしい。


(ピピン家の令嬢という点はひっかかるけど、あの子とは仲良くなれそう)


 謎は残りつつも、思わぬところで良い意味で貴族らしくない友人ができたという収穫にホクホクしつつ、私は人込みをかき分けてルルリアの元へ向かう。ルルリアの周りには人だかりができていた。


「お姉さま、どうしま、」


 私は言葉の途中で絶句した。

 ルルリアの隣には、彼女の婚約者であるカウカシア王国第一王子の、ラーウム・フォン・ルガーランス。

 そして、その隣にーー……


(な、なんでこんなところに……!?)


 私の夢にまで見た大本命、カウカシア王国第二王子である、アベル・ドン・ルガーランスが立っていた。

評価・ブックマークありがとうございます。いつも励みになっております。

おかげさまで100ptを超えました!


次回で婚約パーティー編終了予定です!

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