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11.婚約者、来襲(2)

 大きな窓があるサンルームのような光溢れる客間に通され、私は一瞬眩しさに目を細めた。明るい色を基調とした部屋だ。この城は陰鬱で重厚なつくりをしていると思ったが、こういう場所もあったのだ、と初めて知る。この城が(エリナ)の家のはずなのに、知らないことばかりだ。


「お待たせして申し訳ございません。エリナ様をお連れ致しました」


 ゾーイが緊張した面持ちで私の訪れを告げると、ローラハム公(おとうさま)は軽く顎をそらしてうなずいた。相変わらず神経質で不景気そうな顔をしている。そんなローラハム公の横に、青年が立っていて、こちらを見ていた。

 

「こんにちは、初めまして。シルヴァ・ニーアマンです」


 ローラハム公の横に立っていた青年は、折り目正しく美しい礼をした。帯刀しており、刀の房飾りがシャラ、となる。

 シルヴァ、と名乗った青年は、私にゆっくり笑いかけた。少し青みがかった黒色の髪の毛を後ろで束ね、整った顔立ちでひときわ目立つ鋭さがありながらも甘い瞳は漆黒。年は10代後半だろうか。

 私はカウカシア王国流の膝を折り、ドレスの裾を持ち上げる公式の礼を返す。


「初めまして、シルヴァ様。お待たせして申し訳ございません。エリナ・アイゼンテールです」


 私の挨拶にもう一度ローラハム公はうむ、と偉そうにうなずく。どうやら合格のようだ。


「いやはや、急な来訪で申し訳ございませんでしたな。倅の遠征の都合でこちらに寄る機会があったもので、せっかくだからとご挨拶にこちらに寄らせてもらったのです」


 くたびれた格好の太った中年男性が傍から汗を拭き拭き言い訳がましいことを言いながら現れた。どうやら二人とは少し離れた所にいたらしい。ローラハム公とシルヴァのオーラにのまれてしまって、完全に気づかなかった。オイルで撫でつけたような脂ぎった髪の毛はシルヴァと同じ色なので、同行してきたシルヴァの父親だろう。

 ローラハム公はおもむろに口を開いた。


「このような場はいずれ設ける気でいたのだ。シルヴァよ、これが末娘のエリナ・アイゼンテールだ。どうだ、気に入ったか」


 ローラハム公の単刀直入な質問に、私は面食らった。 


(気に入ったか、なんて、モノを品定めするみたいな言い方を娘にすることないでしょ)


 私は下唇の裏をそっと噛んだが、表に出さないように我慢する。私はこの部屋では人形だ。ローラハム公の許しがあるまで、喋ることはもちろん、動くことすら許されない。


「いやはや! なんというか、その、美しいお嬢さんで。気品に満ち溢れておられますし、身分といいい、なんといい、とにかく(せがれ)にはもったいないほどです! しかしですな、うちの倅も倅でなかなかに将来見込みがあるといいますか……」


 揉み手をする勢いで伯爵はあからさまなゴマを擂ってきた。シルヴァはゴマを擂る父親の横でただ微笑んでノーコメントに徹している。賢い立ち回りだ。

 執事がお茶の用意ができたことを告げたので、私たちはとりあえず椅子に腰掛ける。シルヴァは私の向かいに静かに座った。

 私はシルヴァをちらりと見る。


(アベル王子ほどじゃないけど、この人もいい男だわ。さぞかしモテるんだろうなぁ……)


 目の前のシルヴァに、私の美男子センサーがビンビンに反応する。というか、この世界、全体的に顔面偏差値が異常に高い気がする。


(でも、こんなイケメン、エタ☆ラブにいたっけ……)


 色々考えを巡らせてみたが、私が覚えている限り、シルヴァというキャラクターはエタ☆ラブの登場人物ではなさそうだ。まあ、冷静に考えてみると、私自身がエタ☆ラブの主人公ジルと学年が違う上にそこまで接点のないキャラクター(モブ)なので、交友関係が被らないのは当たり前なのかもしれない。

 私があれこれ考えている間、伯爵によるシルヴァのゴリ押しトークは続いていた。

 伯爵の話によれば、シルヴァは私の7歳年上で18歳。ニーアマン家の三男で、アカデミーは飛び級卒業しており、卓越した能力ですでにこの国の優れた騎士たちが集う第一騎士団の一員として第一線で活躍し、すでにいくつか勲章も得ているらしい。


(わーお、すごい人。ハイスペックイケメンってやつ。どことなく胡散臭いけど)


 輝かんばかりの功績だが、当の本人はそのことを鼻にかける様子がなく、喋りまくる伯爵の横でただ静かに涼しい顔で微笑んでいる。

 対する伯爵は必死の形相だ。伯爵がここまでゴリ押ししているのは、シルヴァがアイゼンテール大公の末娘と婚約関係を結ぶことで、多大なコネを得ることができるためだろう。何としてでもこの絶好の機会を逃したくはないらしい。

 伯爵のマシンガントークに耐えかねたのか、ふいに後ろで控えていたゾーイが口を開いた。


「伯爵様、シルヴァ様がいかに素晴らしい人物かはよくわかりましたわ。でも、この場ではお二人もお話しづらいでしょうし、少し、席を外してお二人でゆっくりお話させてあげてもよろしいのでは?」


 話を遮られた伯爵は一瞬むっとした顔をしたが、ローラハム公が「それがよい」と軽く頷いたため、途端に表情を崩して、シルヴァの肩をたたいた。


「シルヴァ、お前はエリナ嬢よりだいぶ年上なんだからエスコートしてあげなさい。大人は大人で積もる話があるからな」

「はい、わかりました」


 うまくやれよ、とばかりに肩を叩きまくる父親を軽くかわすと、シルヴァは「行きましょうか」と私に声をかけてさっと手を差しのべた。なんというか、王子様みたいな振る舞いだ。私は差し出された手をおとなしくとって立ち上がる。

 伯爵の期待を込めた熱い視線を背中に感じながら、私たちはゾーイに促され、客間を後にした。


「お庭に出られてはまだ冷える時期ですし、温室に行きましょうか」


 そう言ってゾーイは私たちを温室へ通してくれた。私は中央棟にある温室の存在を今初めて知ったため、思わずきょろきょろしてしまう。温室は全面ガラス張りで明るく、温室、というよりどちらかというと植物園のような場所だった。北の大地では絶対に根付かないような、南国の植物も植わっている。奥にあずまやのような休憩できる場所があり、私たちはそこに座った。

やがて、ローラハム公の白髪の執事の人がミミィと一緒にお茶屋お菓子を給仕しに遅れてやってきた。執事からティーカップを受け取ると、長い足を組み、シルヴァは給仕された紅茶を優雅にあおった。


「すみません、父があんなに話しまくってしまって。くたびれてしまいましたよね」


 苦笑しながら話すシルヴァの声は、低く落ち着いていて耳に心地良い。素直に「はい、ホントつまんなかったですよね」とはさすがに言えないので、私はかぶりを振って少し笑うにとどめる。沈黙は金、言わぬが花、だ。

 ローラハム公の言いなりに婚約を進められるのはなんとなく癪だが、おそらく反抗心のままノープランで抗うのは今のところ得策ではなさそうだろう。第一、まだ正式な婚約ではないようだし。この場はうまくやり過ごそう、と心に決め、私はシルヴァに向かい合う。

 シルヴァは外の様子に目をやりながら、少し微笑んだ。


「今年の冬は、かなり厳しかったですね。本当は、大公から婚約の話をいただいたときにすぐにでもご挨拶だけでもしようと思っていたんですが、馬での移動だと大雪に阻まれてそれもできなくて」

「オルスタの冬はきびしいですからね」


 無難に頷いてみたものの、この婚約の話、ローラハム公から持ちかけられた話だったんだ、と私はひそかに驚いた。


(大公家より格下である伯爵家の、しかも伯爵家を継ぐ嫡男でもない騎士と婚約させようとしているのはどうしてだろう)


 私とシルヴァは歳もかなり離れているし、アイゼンテール家にあまりメリットのある話だとは思えない。確かに私はローラハム公に嫌われてはいるようだけど、なんとなくあの大公は好き・嫌いの感情だけでわざわざ利益にならないことをするような人間だとも思えないのだ。

 私の思惑をよそに、シルヴァは会話を続けた。


「移動手段として(ドラゴン)を所有していれば、きっと冬の間も雪は関係ないのでしょうけどね。騎士団の竜を勝手に使うわけにもいきませんし」

「オルスタへ来るには、どの地域から来るにしろ、馬だとかなりの行程が必要だと聞いたことがあります」

「はい。俺は騎士団の遠征でこちらまで来る予定がありましたから、竜で早入りしましたが、父は領土から丸まる4日馬を走らせてこちらへ来たようです」

「こちらへの遠征は何故ですか?」

「暖かくなると、オルスティン山の氷が徐々に溶けて、山の向こうの夜の国の動きが活発になる傾向があるんです。それで、夜の国のモンスターたちの動向を偵察に。しばらくこちらにいますよ」

「そうなんですね」

「はい。おそらく何度かローラハム公やこの城にも世話になると思います。物資の補給等もありますから」


 無難で表面だけのやり取りではあるものの、シルヴァの言葉はよどみなく、自然と会話が続く。私がとっつきやすい話題を選んでいるのもあるだろう。


「ところで、魔法貴族と名高いアイゼンテール家の一員であれば、当然のことながら強い魔力をお持ちだとは思うのですが、エリナ様はどの魔法が得意なのですか?」


 不意にシルヴァに聞かれた質問に、私は首をかしげた。

 魔法が使える者たちは「喜・怒・哀・楽」属性のどれか一つ、生まれつき得意な分野が存在する。しかし、私は魔法が使えるはずなのに使ったことがない。


「……まだわからなくて」

「ああ、そうなのですか。失礼いたしました」


 意外そうな顔をしたシルヴァに、後ろで話を聞いていたゾーイが助け舟を出す。


「お嬢様はまだ、幼くていらっしゃるので、魔法のレッスンを受けておられないのです」

「ああ、アイゼンテール家は魔法に優れた血族の方々ですから、てっきり幼いころから魔法訓練を受けられるのかと思っておりました。そうではないのですね」


 ゾーイや執事たちの間に微妙な間が下りたものの、シルヴァはあっさりと話題を変えた。


「ちなみに俺は『喜の魔法』を得意としています」


 そう言って、シルヴァは低く、小さな声で不思議な言葉を唱えると、密室であるはずの温室にほわほわと肌に心地よい風が吹いて温室で育つ木々や植物の葉を揺らした。木立がざわざわと揺れ、木漏れ日がきらきらと光る。


「わあ、すごいですね」

「これしきの魔法で褒めていただけるなんて、光栄です。しかし、エリナ様ならすぐこれくらいのことならマスターされると思いますけどね」

「そうですか?」

「ええ、それは間違いなく。アイゼンテール家は代々偉大な魔法使いを輩出していますから」


 そう言ってシルヴァはにっこりと笑う。

 それから、私が少しねだったので、「大した魔法は使えないですよ」、と断りつつも、シルヴァはいくつか簡単な魔法を見せてくれた。私は夢中になってそれを見つめる。

 ふいに、魔法を見せてくれていたシルヴァの漆黒の目がまっすぐこちらを射抜いた。少し熱がこもったような上目遣いの視線に、思わずドキッとしてしまう。


「できればエリナ様のことをもっとよく知りたいのです。遠征でこちらにいる間、会っていただいても?」

「……えーっと、私に頼まれるより、事前にローラハム公に言っていただければ、手早く場を設けていただけると思いますよ」


 私のまじめくさった答えに、一瞬シルヴァは肩透かしを食らったような、驚いた顔をした。後ろで「ブフ!」と誰かが小さい声で吹き出す声が聞こえた気がする。


(誰よ、今笑ったヤツ!!)


 私が振り向こうとしたちょうどその時、ローラハム公の執事が私たちを呼びに来た。どうやら時間切れのようだ。

 先ほどと同じように自然と手を伸ばしてきたシルヴァの手を借りて立ち上がったものの、どことなくぎこちない雰囲気のまま、結局一回目の顔合わせはお開きとなってしまった。

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