~蛇田山~12
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「・・・・従って、権守の兵馬を害することは国守、ひいては朝廷の兵馬を害することと同義である。しかるに、私怨による非行であることを鑑み、安倍貞任ただ一人を引き渡し、正しき誅罰を受けるならば、これまでの献身に免じて安倍安大夫頼時以下を不問とする。」
「・・・言うまでもなく、鎮守府の主は未だ将軍たる源朝臣頼義公である。その主が不在であるにもかかわらず、府を占拠し、あまつさえ罪人を匿うとは、赦されることではない。すみやかに安倍貞任を差し出し、自らの領地に還るように。」
「・・・今、ただちに罪人を渡さねば、国府の兵のみならず、坂東の者たちも朝廷の兵となって衣川を越えるであろう。」
国府からの使者は、再三、膽澤へと来て国守の命を伝えたが、頼時は首を縦にすることはなかった。
使者は、そのたびに虚しく帰っていった。
事ここにいたり、頼義は怒り心頭に達し、最後通牒の使者を送った。
「もはや、将軍は兵馬を整え、出陣の下知をくだすのみである。一刻の猶予もなく、罪人を差し出せ。さもなくば、奥六郡は将軍の兵馬で充であろう。」
「にわかにはお答えすることが出来ません。明日までの猶予をいただきたい。」
使者の言上の様子から、頼義の覚悟を感じ取った頼時は、そう言って使者の前から一旦下がり、別室に一族の者たちを集めた。
厨川柵に潜れている貞任を除く一同が、目の前に居並ぶのを確認すると、頼時は、徐ろに口を開いた。
「かつて騶国の孟子輿は、「五倫」を説いた。その中で亜聖は、人の世には人倫(人の道)というものがあり、人は皆、妻や子、親を大切にし「五徳を守らなければならないと教えている。そうしなければ、人は禽獣に等しい存在になってしまうのだ。」
「我らは俘囚とはいえ、禽獣ではない。仮にわが子次郎が、愚かな者であったとしても、父子の情愛というものがあり、これを見捨てることなどできようか。ましてや愚行など、してもいないことで責められる謂れはない。」
「もしもここで、次郎を渡してしまい、陸奥守の誅罰を受け入れたならば、必ず一生悔を背負って生きていくことになろう。」
「この上は再び使者を虚しく帰し、衣川関を閉ざそうと思う。それでたとえ陸奥守が攻めて来たとしても、いたし方ない。そしてこの為に戦となり、もし仮に我が方に不利な状況となって、儂や一族の命を落とすことになろうとも、それはそれまでのこと。禽獣に落ちるよりははるかに良いではないか、のう、みなのもの。」
するとその場に集まった者たちはみな、このように応えて言った。
「安太夫様の仰せの通りでございます。我ら一族が一丸となり、泥土で堤を築き、衣川関を封鎖いたしましょう。さすれば、何人もこの関を打ち破ることなどできないでしょう。」
こうして奥六郡へと続く道は、衣川関の封鎖と共に断たれてしまった。




