~蛇田山~7
----しばらく前
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「貞子様、それは?」
此治城に入城して、与えられた室を整え始めていた女の下人が、女主人の取り出した小さな漆塗りの葛籠を見留て尋ねた。
国府を発った時には無かったものだったからである。
「これ?次郎様に頂いた髪飾りよ。」
葛籠の蓋を開けて絹布に包まれたものを取り上げながら、貞子が答える。
「鎮守府では大層世話になったからと、出立する直前に頂いたの。」
どう、似合うかしら?と言いながら、自分の髪にあててみせた。
「見かけによらず、随分と可愛らしい意匠のものを選ばれるのですね、次郎様は。ええ、色白の貞子様にとってもお似合いでございますよ。」
そう言って下人が、微笑みながら褒めると、貞子はその皓い頬を朱らめた。
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「・・・・そうか、髪飾りをな。分かった、ご苦労であった。引き続き娘の側に居るように。頼んだぞ。」
一礼して下がっていく女の下人の後ろ姿を、説貞は見つめていた。
「光貞・・・・では、手筈通りに。」
下人の姿が見えなくなると、次の間に控えていた嫡男に声をかけた。
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---此治城の裏手、阿久利川に面する方の反対側。
夕闇が迫り薄暗い土塁の陰で、数人の男たちが静かに佇んでいる。
粗末な衣を着た男が三人こうべを垂れている。
相対するのは二人の男、仕立ての良い直垂を着ている。
「これを使え。」
直垂姿の一人が、こうべを垂れる男の内、一番大柄な男に刀を渡した。
「汝等、俘囚の者共であれば使いこなせよう。」
直垂姿のもう一人が、蔑むような目を隠さずに言った。
渡されたのは、舞草刀であった・・・・。
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「このまま何事もなく戻れれば良いな。」
夕餉のあと、火勢を落とした焚き火を見つめながら、経清が言った。
「何も有るわけがなかろう。あれだけの土産を贈ったのだ、前の業突く爺とは違って、大人しく都へ帰られるであろうよ。」
永衡はそう言いながら、何やら一生懸命に端布で磨いていた。
「そんなに気に入ったのか?そのように綺羅びやかなものが。」
経清は呆れたように、何十度目かの問を向けた。
「放っといてくれ、いつ何時なにがあるか分からんからな。常に備えはしておくものよ。お前はあれを使わぬのか?使わぬのならば、控えとして貰ってやるぞ。」
「欲しくばやるわ。戦場で目立つべきは、召し物ではなく、武功だぞ。」
「分かっておるわ。武功をたてた上に、これを着ておればなおのこと目立てるではないか。ぬはははは。」
「・・・ついていけぬは。」
その時、川下の方がにわかに騒がしくなった気配がした。
「永衡、なにか聞こえなかったか?」
経清は立ち上がり、川下の方を振り返った。
「確かに騒がしいな。」
永衡も、磨いていた兜を傍らに置いて立ち上がった。
---すると、ほぼ闇に包まれていたと言っていい、川下の権守の営地に次々と炬火が灯されていき、そこだけ昼間のように明るくなった。
「何ごとだ!確かめてまいれ。」
経清が、配下の一人に命じる。
その者が営地を出ていこうとしたころ、向かう方向から一人の兵が現れた。
「その方、何処の手のものか?」
永衡が誰何する。
「権守様のご嫡男、光貞様の配下にございます。権守様のご命令をお伝えに参りました。」
「権守様の・・・。で、あの騒ぎは何ごとだ?」
経清が、やや落ち着きを取り戻して尋ねる。
「権太夫様方におかれましては、このままこの場を動かれることなく、防ぎを固めよとのご指示でございます。」
「どういうことだ?」
永衡が、やや苛立ちをみせて尋ねる。
「俘囚の何者かが、光貞様の営地に侵入し、人馬を殺傷いたしました。只今は、賊の逃亡したと思われる方角を捜索しております。万が一、川上へ落ちのびて来た時には、速やかに捕縛されますようお願い致しますとのことです。」
「なぜ俘囚の仕業と?」
経清が、聞いた。
「賊の逃亡した方角とはどちらだ?」
永衡も重ねて問う。
「現場に舞草刀が残されておりました。・・・川下の方へ去っていく姿を見たものがおります。」
「かわしも・・・。川下には確か、次郎殿の営地があった筈だが・・・。」
永衡がつぶやく。
「光貞様は、俘囚の謀反を疑っておいでです。」
「まさか!次郎殿が、そのような馬鹿げたことをするわけが無かろう!!」
経清が、声を荒げて詰め寄る。
「いえ、光貞様もそこまでは言っておられません。状況から、賊は俘囚であろうと。」
「わしが、次郎殿のところへ行って、確かめてくる。」
永衡が、出ていこうとする。
「なりませぬ。動かぬように。川上を固めよ。との権守様のご命令です。」
「永衡、ここはもう暫らく様子を見よう。」
経清はそう言って、自分の床几に腰をおろした。
握った拳を震わせていた永衡も、不承不承、己の席へ戻ったのだった。




