第25話 死霊騎士の猛威と介入
第三十階層の崩壊した神殿跡、円形の大広間に立ち込める冷気と瘴気が一気に濃くなった。
背後には血塗れの王国騎士団、そして正面の崩れた祭壇の前には、漆黒の重鎧を纏ったAランクの魔物――死霊騎士が暗黒剣を水平に構えて立ちはだかっている。
部隊を一撃で壊滅させた凶敵を前に、俺は鉄の剣を構え直して全身の神経を研ぎ澄ませた。
ドッ……!
そのとき、死霊騎士が水平に構えた暗黒剣から紫黒の瘴気が噴き上がり、大広間の空気を激しく震わせた。
石畳を粉砕する轟音とともに、死霊騎士が神速で踏み込んでくる。
黒い残像を引き連れ、俺と背後の騎士団へ瞬時に肉薄した。
頭上高くへと振り上げられる右腕の暗黒剣。
大気を切り裂く轟音とともに、空間ごと叩き斬るような猛烈な一撃が振り下ろされる。
部隊を一撃で壊滅させた必殺の斬撃だ。
「よせ、防げるはずが――!」
背後から隊長の絶望の叫びが響いた。
だが、研ぎ澄まされた視界のなかで、振り下ろされる暗黒剣の軌道は完全に見切れていた。
俺は腰を深く落とし、【身体強化】の魔力を腕と足腰へ一気に通す。
Lv40に達した肉体――百六十の腕力と体力のすべてを両腕へ注ぎ込み、下段から鉄の剣をフルスイングで振り上げた。
ガキィィィィンッ!!
金属同士が真正面から激突し、凄まじい火花と衝撃波が炸裂した。
クラリスは魔導杖を構えてその場で余波を凌ぎ、鋭く戦況を見据えている。
(重い……! だが、押し勝てる!)
腕力百六十の膂力が、暗黒剣の重圧を完全に打ち破った。
死霊騎士の手から暗黒剣が跳ね上がり、真正面から宙へと弾き飛ばされる。
黒い剣は虚空で放物線を描き、奥の崩れた祭壇側の石畳へと深々と突き刺さった。
ドガァンッ!
巨躯がグラリと大きく仰け反り、石畳を軋ませて後退する。
兜のスリットの奥で、深紅の燐光が一瞬揺らいだ。
背後の隊長と騎士たちは信じがたい光景に戦慄し、隊長は震える声で叫んだ。
「Aランクの暗黒剣を……正面から弾き飛ばしただと……!? 馬鹿な、あの膂力は人間業じゃない……!」
武器を弾き飛ばされて体勢を崩した死霊騎士を前に、俺は肩越しに背後の騎士団へ落ち着いた声で指示を出した。
「下がっていろ。――この黒鎧は、俺たちが引き受ける!」
「っ……! 総員、下がれ! 石柱の陰まで後退し、防衛線を維持しろ!」
隊長は圧倒されながらも部下へ指示を飛ばし、崩れた石柱の陰――壁際まで後退させた。
クラリスは後退する騎士団には加わらず、魔導杖を構えたまま俺の隣に残っている。
「クラリス、援護を頼む!」
「はい、エルンさん!」
騎士たちが退避したのを確認した瞬間、俺は即座に【瞬歩】を発動した。
パシィィンッ!
敏捷百六十一の神速で単身間合いを詰め、クラリスを中距離後方に残して、無防備になった死霊騎士の胴体へ鉄の剣を一閃、横一文字に薙ぎ払う。
ザシュッ――!
鋭い手応えとともに漆黒の重鎧ごと胴体が深く断ち切られ、致命傷となり得る凄まじい一撃が刻まれた。
並の魔物なら胴体を両断されて絶命している一閃だ。
勝負あったかに見えた――その瞬間。
ボコボコボコッ……!
「なっ……!?」
切り裂かれた深い裂傷からドロリとした紫黒の瘴気が噴き出し、泡立つように傷口を埋め尽くした。
瞬く間に鎧の亀裂が塞がり、何事もなかったかのように完全修復される。不死の力による超速再生だ。
その瞬間、俺の視界の隅でクラリスが碧眼に鋭い光を宿らせ、死霊騎士をじっと見据えた。
ガシャン……!
体勢を立て直した死霊騎士は、石畳に突き刺さっていた暗黒剣を引き抜いて握り直すと、深紅の燐光を冷酷に輝かせる。
壁際からその光景を見た隊長が、防衛線の部下を留めたまま、血の気の引いた顔で前に残る俺たちへ叫んだ。
「あれほどの斬撃の傷が瞬時に塞がるだと……!? 駄目だ、二人とも退け! 奴は不死の魔物だ、物理の攻撃などいくら叩き込んでも再生してしまう……!」
暗黒剣を引き抜いて構え直した死霊騎士に対し、クラリスが凛と一歩前へ踏み出した。
先端に風の宝珠を嵌め込んだ魔導杖を掲げ、死霊騎士を真っ直ぐに見据えている。
クラリスは魔導杖の先端で、死霊騎士の装甲の一点を真っ直ぐに指した。
「エルンさん! アルスター家の魔導記録にありますわ――奴の活動源は体内に宿る『魔導核』です! あの奥にある核を完全に破壊しない限り、何度でも再生します!」
通る凛とした声が、神殿跡の大広間に響き渡った。
魔導杖が指し示しているのは、死霊騎士の胸部装甲の中央、奥深くにある魔導核だ。
かつての泥巨人や岩石巨人のときと同様に、クラリスはアルスター家が代々積み重ねてきた魔導研究の知見から、敵の不死性の正体をその杖先で的確に捉えていた。
壁際で防衛線を維持していた隊長が、驚愕の声を上げた。
「核……だと!? あの漆黒の巨躯を動かす魔導核を砕かねばならんというのか……!?」
王国騎士団ですら知らなかった、Aランク魔物の急所。
クラリスの生家が誇る知識は、この深層の死地においても的確に活路を指し示していた。
クラリスの的確な看破に全幅の信頼を寄せ、俺は鉄の剣を力強く構え直した。
「なるほど、核か。外側をいくら斬っても無駄なら、その奥にある核を直接叩き割ればいいんだな」
「私が【雷撃】で奴の動きを止めますわ!」
クラリスは俺の背後から射線を外すように半歩横へ身をずらし、魔導杖を鋭く構え直して先端の宝珠に高密度の魔力を集中させた。
バチバチバチッ……!
宝珠から鋭い紫電が迸るなか、クラリスは死霊騎士の動きを封じるための【雷撃】の詠唱・照準を完了させた。
狙いは、クラリス自身が指し示した胸部装甲の奥の魔導核だ。
「了解だ、クラリス。――一撃で粉砕する!」
俺は力強く応え、腰を深く落とした。
手にした鉄の剣へ、Lv40に達した自身の内なる魔力――百五十九の全魔力を一気に解放して注ぎ込む。
フッ……ボワッ!!
白刃が眩いばかりの青白い魔力の燐光をまとい、刀身から立ち上る魔力の奔流が大広間の瘴気を一気に吹き払った。
ゴオォッ……!
空間全体をビリビリと震わせる、凄まじい密度の威圧感。
壁際で見守る騎士団隊長が、俺から放たれる規格外の魔力の奔流に、息を呑んで言葉を失っていた。
クラリスの魔導杖から迸る紫電と、俺の鉄の剣の青白い光を滾らせた刃の狙いが、死霊騎士の体内の核――その一点へと同時に重なる。
その瞬間、死霊騎士が兜の奥の深紅の燐光を激しく明滅させ、全身から凶悪な瘴気を噴き上げながら暗黒剣を頭上高くへと振り上げ、一気に振り下ろしの頂点に達する。




