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死に戻りに疲れた傾国王子、生存ルートを模索する  作者: 沓子
番外篇

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20/26

ある旅人の話




 俺は辺境の村で生まれた。母親はそこを通過した旅の一座で、妊娠し足手纏いになり置いていかれたそうだ。

 最もこれは後から村長に聞いた話。母は出産した俺を捨て一座を追ったという。



 厄介者でしかない赤子を、村人は不憫がって育ててくれた。労働力を期待したのもあるだろうが、ここの人たちはお人好しだ。

 恩を返しながらこの村で生きて行こうとそう決めていた。



 あっという間に年月は過ぎ、俺は成人していた。ハンターとして自信もついたし、どこかの村に妻請いに行こうとしていた。やはり一人は寂しいのだ。村の年頃の娘はほぼ街に出ていた。俺が村に残ると知ると誰も付き合おうとはしてくれなかった。

 そんなある日、風変わりな旅人がこの地を訪れた。



 服装こそ平民に寄せているが、明らかに貴族と思しき気品。挨拶の握手をしたとき、手が美しいと思った。すんなりとした形の良い指は節くれもなく、完成された芸術品のようだった。

 

 

 ひと目で惹かれた。その美貌や立ち居振る舞いも魅力だが、いちばんではない。

 かれは何というか、積年の孤独としか言いようのない寂しさを纏っていた。誰も近寄れない部分にぽっかり空いた穴があるような。

 それにどうしようもなく惹きつけられた。その欠落を埋めれば、俺は満たされるのではないか。そう感じた。



 天涯孤独でも俺は恵まれた方だ。それでも両親に不要とされた傷は癒えない。

 かれとは異なる空虚だろう。けれどもかれに寄り添いたい、そばに居て欲しい。その虚を俺が少しでも埋められたなら。

 


 祭りの夜、かれは俺を受け入れてくれた。気の利いた台詞も言えずただ不器用に告げた想いを受け止めてくれたのだ。夢を見ているようだった。

 ただの気紛れだろうが構わない。何かにつけ甘やかす俺に戸惑う様子が可愛かった。

 狩りから帰る時は花を摘む。初めに渡した時、「これは薬草ではありません」

と真面目な顔で言ったエディ。俺は挫けず毎日ちいさな花束を贈った。ときには薬草の花束を。竜の巣の近くにだけ咲く花も、険しい谷底に棲息する花も。

 エディは律儀に花を飾ったり、ドライフラワーやポプリにしていた。

「くれぐれも無茶はやめて下さい」

 竜花のように危険を伴う場合、顰め面で叱られた。

 どんな表情でも嬉しかった。俺に向けられたものだから。




 しばらくは幸せな生活が続いたが、俺が勇者に選ばれたことでその終わりが来た。

 なんとなく、エディは俺を待たないだろうという予感がしたがそれでも追いかけると決心していた。



「何か印がつけられているんだけど…」

 旅仲間の聖女が戸惑いながら告げた。

「?」

「ここ。覚えは? 目には見えないけど」

 そう言って自分の頬を指差す。

 旅立つとき、エディがくちづけた場所だ。

「どんなもの?」

 仲間の一人、騎士が彼女に聞く。

「……マーキング? 勇者に影響はないけど大概の魔物は避けていくわ」

 ───きみは離れていても俺を守ってくれてるんだな。

「退治しなきゃなのに不便だな」

「いや、逃げるなら好都合でしょ。襲われる心配なく後ろから倒せる」

 仲間たちの会話を聞きながら、愛しいひとを思い出していた。何故そんなことができるのかは考えないようにして。




「なんだ貴様。吸血鬼の贄か」

 高位魔族との交戦前、いきなり言われた。

「なんだって」

「かなり上位の…真祖の系譜がつけたか。まあいい、我が遅れを取ることはあるまい」



 かなり苦戦したがなんとか勝てた。魔族の口が軽かったおかげで、魔王の復活はまだまだ先と判明し旅は一応の終わりを迎える。

「口から出まかせの可能性は?」

「真贋のスキルで対していたからそれはない」

 現存するなかで奴が最も上位だったので、魔物の出現もかなり抑えられるという。

 違うルートで戻りながら魔物を討伐していく。一刻も早く帰りたいが報告は必要だ。



 魔王討伐ではないのでパレードは断った。婚姻や養子など貴族との縁組を避けるのは大変で、褒賞を受け取ると逃げるように故郷を目指す。

 指輪とピアスを買った。報奨金で少しはいい生活をさせてあげられる。もういないのではと感じながら、馬を駆った。

 


 予想通りきみはそこにいなかった。



 見違えるように栄えた村。強力な結界はあらゆる魔物の侵入も許しはしない。畑は拡がり前はなかった牧場もある。建物はきれいに直され商人がしばしば立ち寄るようになっていた。

 村人の表情は明るい。誰もがエディに感謝していた。

「仕えるかたがいらっしゃるそうだ」

 村長が俺を慰めエディの様々な功績を語ってくれた。

 ぽつんと残された指輪はかなり古い。サイズが違うのでかれは肌身離さず鎖に通し身に付けていた。

『大事なひとの遺したものです』

 そう言われて嫉妬したが、唯一のあるじだったひとですよと微笑んでいたものだ。

 そんな大切な指輪を託してくれた。




 エディ。

 きみはきっと、俺の前では人間でいたかったのだろう。

 だから帰りは待たなかった。そう自惚れても許されるだろうか。




 村人は引き留めたが謝りながら出発した。エディに会いたい。俺はもう他の誰も好きにはなれない。

 行く先々で魔物を狩り続けたが、大人しく森の奥で生きるものには手出ししない。

 かれらは生きようとしているだけ。生活を脅かせば退治のほかないが、無闇に命を奪うのは避けたかった。

 勇者の旅をしていた頃とは違う思い。焦がれるきみが、ヒトではないと知ったからか。



 エディ、村人がきみを聖女様のようだと話していたと聞けばきみは笑うだろうか。

 本物の聖女はとても人間らしかったよ。酒飲みで毒舌で金にはがめつい。けれど金は自分のいた孤児院を助けるためだし、口が悪いのは傲慢な相手にだけ。弱い者にはとことん優しかった。騎士は彼女に惚れていて魔術師は美味い飯さえあればご機嫌だったんだ。

 仲間の話を聞いて欲しい。旅の間の出来事を、俺の見聞きしたことを。

 会いたいよ、エディ。





 長い旅路の果てにその国に着いたとき、旅の終わりを肌で感じた。

 手の届く場所にいる。もう少しできみに逢える。けれど俺は年老いてしまい同じ時は刻めない。すぐにきみを置き去りにしてしまう。

 もっと早くに再会できていれば。勇者の俺は魔力量が多く長命だから、人の倍以上は一緒に過ごせたのだが。

 いや、すでに誰か大事な人を見つけているかもしれない。



 だからここで、人間のきみを弔いながら過ごす。そう決めていた。




「ガーシュ、早く!」

 ある日のこと。森で狩りをしようと気配を消していたところ、聞こえてきた声に猛烈な悪寒を覚えた。

 間違いない、これは

魔王だ。目覚めていない今なら簡単に殺せる。

 勇者として長く生きた俺の隠蔽は見破られることがない。ここから弓でもナイフでも。

 かなり遠いが俺には特別な眼があり、はっきりと視認できた。



 あれが魔王と感じるのは俺にしか分からない感覚だろう。運命で繋がれた関係だからか。

 だが相手は子どもだ。おまえは世界の敵になるから死なないといけない、そんな風に幼い命を奪うのを神が望むのか?

 逡巡する俺の耳に、懐かしい声音が響いてきた。



「アレス様、待って下さい」

 それが聞こえた途端、涙が溢れて止まらなくなる。

 俺の全てを持ち去った、残酷で優しいひとの愛しい声。

 少し髪が長めなところ以外、全く変わらないあの日のままのきみがいた。






「……今日は早く帰りましょう」

「なんで。ツェリを探すんだよ」

「何かざわざわします、悪い感じはしませんが」

「──ガーシュも? 僕はちょっと悪い感じがする……帰ろうか。きっとツェリは待ってくれる」



 本当ならあの魔王も俺を感知する筈が、「ツェリ」とやらに頭の大部分が占められて働かない様子。

 あの子を監視しながらエディを見守っても許されるだろうか。

 俺は洞窟のそばにあばら屋を建て終の住処とした。




「───全く、きみには驚かされる」

 勇者に愛され、魔王を育てる吸血鬼。そんなのはきみだけだよ、エディ。

    



 成長を見続けるうち、エディの大事なアレスはいつしか俺にとっても馴染みある存在になった。俺たちの子をエディがひっそりと育てているかのような錯覚に捉われた。

 見つからないよう遠くから慎重にふたりを見守り続けた。アレスの興味は初恋の子だけだ。ずっと探している。

 早く見つかるといいな。



 あれから町に降りて調べたが、魔王因子は発現するとは限らないようだった。

 ならば予言通り、国を名づけなければ大丈夫だろう。

 アレスを見つめるエディは優しい眼をしていた。きみの孤独をその子が少しでも埋めてくれるなら、俺もかれを守ろう。

 共に生きられない俺のせめてもの償いに。





 生命の終わりが近づくのを感じていた。長く生き過ぎた身体は軋み、足取りも覚束ない。

 


 指輪を返そうか迷った。けれどやはり姿を現すのが躊躇われる。老化は抑えられ気味とはいえ見かけは初老だし身なりはむさ苦しい。もう忘れられてしまったかもしれない。

 かすかな望みをかけ、指輪に保護魔術を施し封をして宛名を認めた。かれ以外には持ち去れないようにして。

 あの日に買ったピアスと指輪も一緒に。



 動けなくなってからは遠耳のスキルでふたりの会話を聞いていた。

 


「ねえガーシュ、勇者ってどんな感じかな」

 アレスの問いかけにエディは少し戸惑った口調になる。

「あなたは興味なかったでしょう」

「もしツェリが勇者に憧れてたら僕もそうなった方がいいかなって」

 笑みが溢れる。魔王が好いた子のために勇者を志すのか? 面白いな。

「───私の知る勇者は、」

 ぴくりと体が反応した。



「……ひたすら優しいひとでしたね。馬鹿みたいに優しい、太陽みたいな」

「陽キャじゃん……僕は無理。友達にもなれそうにない」

「そうですね、私も少し苦手でした」

 ひどいなエディ。今更傷つきはしないが苦笑いしてしまう。



「眩しくて優しすぎて、隠しておきたいものを見透かされそうで。自分が自分でなくなるような落ち着かない気持ちになったので」




 ───エディ。もしかしてそれは。




 終の住処にここを選んでよかった。

 きみに逢えてよかった。

 多くの出会いがあり、なかには俺を慕ってくれたひともいたよ。

 けれど心にはずっときみがいて、どうやっても消えてはくれなかった。

 愛されている自信は無かったけれど、もしかしたらきみも。



 エディ、俺は誓いを貫き通したよ。

 神様、あなたの告げた通りに勇者を務めあげました。

 だからもし褒美をいただけるなら。

 かれのこれからが幸福で溢れるように。

 いつかまた、かれと会えますように。





 かつての勇者がひっそりとその生を閉じたことはあまり騒がれはしなかった。

 魔王を討伐した訳でも、国の危機を救った訳でもない。ただ地道に魔物を倒し民の生活を守り続けた。

 何より勇者の旅はもはや昔話になっていて、かれに助けられた人々は殆どいない。

 しかし様々な国の片隅で、かれへの感謝を子孫に伝える家はたくさんあった。

 そのうちの一人が勇者の旅を追い本をかたちにしたことで、その功績が広く知れ渡る。

 勇者の生前から始められた巡礼のような調査は、かれの死後しばらくして出版された。 

 その内容から旅の守護者、そして恋する者の護り手として、森の奥にも関わらず墓はきれいに保たれている。

 墓には「エディへ」と書かれた封筒が朽ちもせず置かれたままだ。

 かれの墓碑銘にはこう刻まれている。





 力無き人々の英雄、ここに眠る

 地位も名誉も求めず民に寄り添い続け

 生涯ただひとりを追い求めた

 かれこそは愛を知る真の勇者なり

 神よ、願わくば「エディ」と勇者が

 とこしえの国で出逢えていますように





       ──fin ──



 ──────────────────



前話のあとに墓を訪れたガーシュは自分への贈り物を見つけます。

それにツェーレンが興奮してしまいアレスがたいそう慌てました。

ガーシュは耳に二つめの穴を空け、何も着けていなかった薬指に古びた指輪を嵌めます。首元には大事なあるじの形見が戻ってきました。

指輪を見たグレイシアの誰かさんが、ガーシュに詰め寄り話を聞き出します。身内にはもう隠す気もないかれは素直に語りました。勇者が昔の恋人だったという簡単な事実のみ。

誰かさんがちゃっかり恋愛の御守りとして勇者と紐付け売り出したチャームは人気を博しています。

ガーシュはただ微笑んだそうです。

不器用同士の長い長い恋物語。





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