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7.夕飯メドレー -3

 ――ところ変わって。

(何食べようかな……)

 スタンリーはひしめき合う飲食店の看板を物色しながら街を歩いていた。

 桜井から「友達と夕飯を食べてくる」と連絡が入ったため、夕食を用意する必要がなくなったスタンリーは、初めての外食を試みようと繁華街を彷徨っていた。

(やきとり……焼肉……海鮮丼……天ぷら……串カツ……鍋……ビストロ……インドカレー……韓国料理……なんでも揃ってる……)

 スタンリーはあまりにも選択肢が多くてどの店に入るかを決め兼ねていた。

 店を探し始めて30分以上経つが、決め手がなくて未だにキョロキョロと立ち並ぶビルを見上げていた。

「セブ?」

 突然、自分の名を呼ぶ声がして後ろを振り返る。

「あ、やっぱりセブだ」

 スタンリーの目に制服姿の見慣れた人物が映り、無意識に笑みがこぼれる。

「力さん……」

「いつもと雰囲気が違うから一瞬分からなかった」

 相田はまじまじとスタンリーを見て言った。

 桜井から特に指示がないため、所謂「仕事中」のスタンリーは自分で決めた服装をしている。外出時は白いシャツに黒のスリーピーススーツ。部屋の中ではジャケットを脱いで袖にアームクリップを付けた活動的な格好となる。いずれもノーネクタイで、堅苦しいのが嫌いな桜井の意向を汲んでいる。

 スタンリーのそんな服装しか見ていなかった相田は、「私服」を着たスタンリーが新鮮に映った。

 普段との相違を色濃くしているのは瞳の色だった。イエローアイである目はカラーコンタクトによって青く上書きされ、オッドアイであることは全く分からない。

 服装は、白いカットソーに薄手のグレーのジップアップパーカー、それらをインナーとして濃紺のジャケットを合わせ、下は白のチノパンツを履いている。

 爽やかでカジュアルな印象を受ける着こなしである。ところがスタンリーからは溢れんばかりの気品が漂っていて、そこいらの男とは決定的に違う何かがあった。

(育ちが違う……)

 相田はスタンリーが貴族階級の由緒正しき名家の出自であることを痛感する。

「お前、ナンパとかされてないか?」

「へ?」

 スタンリーは相田の突拍子もない発言に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。

 その反応がNOの返事を意味し、相田はほっと息を吐いた。

「ないならいい……で、こんなところで何してんだ?」

「えっと……」

 スタンリーは外食をしに来た経緯を相田に話した。

「だったら一緒に食おうぜ! ひとりじゃ寂しいだろ?」

「え……ぼ、僕は嬉しいですけど……いいんですか? 力さんのお母様も夕食を用意されているんじゃ……」

「大丈夫。帰っても食うから」

 相田は「心配いらない」と優しくも眩しい笑顔で答えた。

「どこ入ろうか?」

 相田はそう言ってスタンリーの手を取る。

 ぎゅっと握り締めるとそのまま歩き始めた。

「力さ……」

 スタンリーは驚いて相田を見上げるが、相田は全く気に留めていない様子である。

「ん? どうした?」

 スタンリーの視線に気付き、相田は小さな子に接するように優しく微笑んだ。

「いえ……何でもないです」

(なんだか……むず痒い……)

 スタンリーは恥ずかしさと嬉しさの入り混じった複雑な気持ちを隠すように下を向いた。

「なぁ、セブ。天ぷらなんてどう?」

「テンプラ!」

 スタンリーの目がにわかに輝く。

「実はまだお店で食べたことがなくて……食べたいです!」

「よし。ちょっと歩くけどいいか?」

「はい!」

 期待を膨らませて勢いよく返事をするスタンリーの笑顔に、相田も思わず笑みがこぼれた。



 相田はどんどん繁華街から離れ、喧噪の消えた路地に入っていく。

 しばらく進むと突如、「天ぷら 眞」と書かれた暖簾のかかった店が現れる。

 相田はその暖簾をくぐって、慣れた手つきで木の引き戸を引いた。

「こんばんはぁ!」

 相田の声に店主が反応する。

「おお、これはこれは! 力くん、いらっしゃい!」

「お久しぶりです」

 相田はペコリと頭を下げて会話を続けた。

「2人なんですけど……予約でいっぱいですかね?」

「大丈夫、こちらにどうぞ」

 店主はカウンターの一番奥の席をすすめた。

 店主に従って相田は席に落ち着くとおしぼりを受け取った。スタンリーも相田に倣う。

「今日はお友達とかい?」

「はい。イギリスから来て、まだ一年経ってなくて。ぜひ大将の天ぷらを食べさせてあげたくて来ちゃいました」

 相田が屈託のない笑顔を見せる。

「ほほう、イギリスから! ゆっくりしていってね」

 相田と店主が挨拶程度の軽い会話をしている間、スタンリーはキョロキョロと店内を見渡していた。

 カウンターテーブルのみのこじんまりとした店である。温かみのある和風の造りの店内は清潔感があり、しっとりとした趣がある。カウンターといえども席の間隔が広く、ゆっくりと寛げる。テーブルの上にはいくつかの小皿がのった漆塗りの盆が配してあり、スタンリーにとってここにある全てが初めての体験だった。

「このお店、父さんのお気に入りでよく連れてきてもらってるんだ。大将は俺が小さいときから知ってるから気兼ねなく来れるし、なにしろ美味い。セブも連れてきたくなったんだ」

 相田がスタンリーにこの店を選んだ理由を話す。

「ありがとうございます。とても楽しみです」

 スタンリーは破裂しそうなくらい期待で胸を膨らませて笑った。



 「ご馳走様でした!」

「ありがとうございました。お気をつけて」

 店主に見送られて店を離れると、スタンリーが突然相田に抱き付いた。

「力さん!」

「うわっ! ど、どうしたっ」

 スタンリーの不意打ちに戸惑う相田。

「すっーーーーごく美味しかったです! 連れて来てもらえて良かった! ありがとうございます!」

 嬉しさを爆発させて喜ぶスタンリーが眩しくて堪らない。素直に直球で伝えてくるスタンリーに思わず相田の頬が緩む。

「気に入ってくれて俺も嬉しい。それに礼を言わなきゃならないのはこっちだ。奢ってもらっちゃったし」

「学生に払わせるわけにはいきませんから。気にしないでください」

 やはりニコニコ顔でスタンリーが言う。

 スタンリーにとって美味な料理、そしてそれを出す店を知れたことが何よりも大事であって、出費は問題ではないらしい。

 それを察した相田はぎゅっとスタンリーを抱き締め返し、「ありがとう、セブ。ご馳走様でした」と囁いた。

「またどこかに連れて行ってください」

「ああ、また行こうな」

 相田は腕を解くと来た時のようにスタンリーの手を握って歩き出した。

 相田の心が優しい温かみで満たされる。全身が穏やか、安らか、和やか……全てを含んだ言い表しようのない幸福感に包まれる。

 相田は初めて抱く感情に身を委ね、スタンリーの手を握る手に力を込めた。 



7.夕飯メドレー fin.


writing date 2020.1.20

最後までご覧下さってありがとうございました!

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マシュマロ −英もみじ−
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