屋敷について
秘書氏は、事務所のような部屋に私を案内すると、書類を取り出して話しはじめた。
「この屋敷は、ふだんは旦那様の蒼源氏と家政婦の孔雀だけです。
三鳥さんの仕事は屋敷に関する清掃が中心ですが、蒼源氏の指示にも従ってください。
清掃作業の項目は、こちらの用紙に記入してあります」
書類を差し出した。
「次に肥蛇家について、説明します。
肥蛇蒼源氏は、陸軍の家系を受け継ぐ実業家です。
父親の雀源氏は、陸軍士官学校、陸軍大学を経て参謀本部に配属。
陸軍大臣の秘書官を務めるが、終戦後に公職を追放されました。
蒼源氏は、雀源氏の養子です。出生は雀源氏の戦死した友人のご子息と言われています。
肥蛇家の資産は、その多くが軍の資金ではとの噂があります。
戦時中、肥蛇雀源氏らは、資産家の親族が出兵すると密かに生家を訪れ、
息子を戦死させない代わりに金品を要求。それに応じた代議士、実業家らが、
大金を、土地、屋敷、別荘、骨董、美術品を差し出したという説、
もう一つは、敗戦後、戦勝国への賠償金を着服したという説。
これには複数の政治家、商人が暗躍したと言われています。
彼らは賠償金の代わりに兵士たちを、無償の労働力として戦勝国へ提供した。
帰国を装った列車に乗せて、「もうすぐ帰れる」「家族に会える」と喜びに沸き立つ兵士たちを敵国へ運び、安く使える労働力として提供した。
この行為により、餓死、病死、自殺、発狂、リンチによる死、凍死など、死亡者、行方不明者は数百万人にのぼった。だが、政府は国内に偽の情報を流し、事実を隠蔽した。
肥蛇氏らが何をしたか知る者たちは、非道な行為への怒りに震えたが、
彼らが政界や経済界へ進出するのをみて口をつぐんだ」
秘書氏の話は、家政婦の仕事とは関係ない気がする。なぜ、こんな話をするんだろう。
「現在、肥蛇家が手にする資産は、経済界を牛耳るほど膨れ上がり、
金融、運輸、エネルギー、建築、不動産、医療、宗教、廃棄物処理など、
この国そのものを覆い尽くしています。
蒼源氏は、旧華族の一人娘と結婚し、この屋敷は奥様のご実家、菊家の所有でした。旦那様は、奥様が茶道を嗜むと知り、結納の際にして京都から宮大工を呼び寄せ、庭に茶室を建てたそうです。
孔雀は、奥様がご自身で見つけてきた使用人です。
「肥蛇家で働く上で肝に銘じていただきたいのは、本来はこの家はあなたのような庶民がいられる場所ではないということです。それを踏まえて、この家にふさわしい振る舞い、働きに努め、一切を口外しないこと。
そして、主人の命令は絶対であると心得てください」
「孔雀があなたに対し、何かを行うかもしれませんが、雇用主は蒼源氏であると肝に銘じてください。
また孔雀に関しては、気づいたことがあれば私に報告してください」
「孔雀は、奥様からの遺言により奥様個人の財団の運営もしています。
財団は、元々奥様が催していた「月九会」という茶会の客人が関連しているようです。
戦争の犠牲になった兵士たちの医療に寄付し、生活を支えるのが目的です。
奥様が亡くなった後は、旦那様は財団を解体したいと考えていますが、
内情を確かめようにも、今は一切を孔雀が取り仕切っているため、未だ何もできていません。
なので、手始めに屋敷に関するあらゆる業務から孔雀を引き離すことにしました」
私は、孔雀さんにとって、敵ということ?
秘書氏の声は淡々と、でもとても大事な意味を含んでいる気がする。
「奥様は、遺言で屋敷の一部の権利も孔雀に渡してしまいました」
ふうーっとため息をついた。
「もし今孔雀が亡くなると、孔雀は身寄りがないため、場合によっては財産は国のものとなります。
敵の多い方ですから、国が自分の資産にメスを入れるのは避けたい。
孔雀とは金銭で和解したいと考えています。
もし、三島さんがその和解に貢献できる情報を旦那様に知らせたら、それ相応の対価が得られるということも付け加えておきます」




