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第85話 再生の業

 腕や草木が斬りおとすそばから形を変える。

 狼に山羊に猪、牛、鹿、そして蛇……。

 あらゆる獣が眷属(トゥハナ)の体から生み出されていく。

 

「くっそ!」

 一体一体の力はそれほどでもないけど、獣たちは地面を覆いつくす勢いで増えていく。

 炎で巻きこでも全てを狩りとることはできなくて。

 竜炎をかい潜りまた飛び越え、背後の王女へ向かっていく。


 止むことのない生命の洪水。

 大地の祝福と裏返しの猛威。

 自らに相対するものに、自然は容赦なく牙を剥く。


()()()()!」

 背後で声と、続く激しい地鳴りがした。

 同時に放たれる強力な魔法が、地を這う獣たちを薙ぎ払う。


 ファーガスの長柄が敵を叩き潰して。

 ディーネの魔法が消し炭に変える。

 二人が俺の背後を支えてくれる。


 振り向かなくていい。

 湧きあがるのは、ともに危機を乗り越えてきた仲間たちへの絶対の信頼。


 刀身に炎を猛らせて、目の前の緑の壁を焼き払う。

 芽を伸ばす草を根本から焼いて、産声を上げる獣を土に返す。

 旧き存在を今度こそ、永遠に眠らせる。




 前が開けて、セルヌスの姿が見えた。

 太く絡み合った木の椅子の上に()()()をかいて。

 毛深い顔面には、つくりものみたいな黒い眼球が二つ置かれている。

 

《カイル!》

「ああ!」

 イアが叫んで、俺も危険を察知する。

 獣の周りに力が集まっていた。

 

 それも()()

 蛇の王(ミルディーン)との死闘で得た直感。

 ありうるいくつもの可能性を瞬時に思い浮かべ、選び取る。


 あの時は対処するだけで精一杯だったけど。

 今の俺には無数の選択肢と道筋がおぼろげに見える。


「ふっ!」

 肩をいからせ息を吐いて。

 全身に竜の力を行き渡らせる。


 瞬間、世界が大きく歪んで周囲の動きが止まる。

 自分が一段も二段も、上位の次元に達したみたいに。


 地面から生え出る木々の芽。

 切断面から再生していく獣の腕。

 組織から細胞に至るまで、微細な動きが余さず見える。


 体をどこに動かせばいいのか、攻撃が放たれる前に分かる。

 予想の半歩前に踏み出して獣の一撃をかわし。

 竜の加護を受け、ひたすら前に出て。


 肉薄。

 木の鞭を掻い潜り伸縮する腕を切り落としてセルヌスの懐に迫り。

 宝剣に炎を纏わせ、肩から脇腹へと一刀両断を狙って


 ──


「“豊穣の魔釜(コルドゥオ)”!」


 エヴィレアの詠唱とともに、中空に召喚された()()()が俺を包みこんだ。




□□□




 ……。


 それは戦士たちの信仰だった。

 かつてこの大陸を包んだ血と暴力の嵐の中で、人はただ指をくわえていたわけではなかった。


 たとえどれほど絶望的だとしても。

 太古の人々は武器を取り魔法を身につけて、嵐の大戦(テンペスト)を戦った。


 強大な眷属を前に、彼らの抵抗は羽虫ほどの力も持たなかったけれど。

 戦士たちは命を懸けて“神”に挑んだ。


 そして積み上がった屍の前で祈った。

 彼らに栄光の死を、さもなくば蘇り、使命のために再び死なん、と。




 体を包むどろりと湿った空気と暗闇の中で、子供のころに聞いた昔話を思い出す。

 語り部のじいさんはあの時、体の前で腕を振り回して何かを表現しようとして。

 あれはたしか……たしか……。


 ぐにゅりと柔らかい感触に体が圧迫される。

 俺の周りには肉の壁があった。

 まるで鍋の中でぐつぐつと煮られたみたいに、壁はとろりとして今にも溶け出しそうで。


《カイル、これ──》

 暗闇にイアの声が響く。


「……“釜”、か」

 答えて、昔話の続きが浮かんだ。


 太古の戦士たちは巨大な釜の中に死者たちを放り込んだ。

 屍を細かく切り刻んで肉片を投げ入れ何日にもわたって煮込み、そして祈ったという。

 

 死者の復活を。

 彼らが再び戦士として立ち上がり、迫りくる脅威に抗することを。


 話を聞いて、とても怖かったことを覚えている。

 怯えて泣きそうな女の子の手をちゃっかり握ったりもしたけど。

 その日はなかなか寝つけなくて、眠った後も俺は悪夢にうなされた。

 ……。


 周囲の暗闇はまるで腹を捌かれた家畜の臓物みたいに温かい。

 まるで──母親の胎内のように。


 ぐちゅぐちゅした肉壁は、そのまま俺の体を取りこんでしまいそうだ。

 この中にいたらきっと、俺はどろどろの肉塊になってしまうだろう。

 熱い釜で煮込まれた死者たちみたいに。


「本当だったんだな」

 旅に出てから何度も思い知った。

 語り伝えられてきた古の物語は、けっしておとぎ話(ファンタシィ)ではないこと。


 戦士たちは本当に願い。

 そしてその願いを叶えたものがいた。

 ……。




 じいさんの話には続きがあった。


 はたして再生の釜は死者たちを蘇らせ、再びの生を得た戦士たちは狂ったように敵に向かっていった。

 そして生前にもまして勇敢に凶暴に戦って。

 四肢が千切れても止まらず、ついに体が腐って頭がぼとりと落ちるまで戦場を彷徨い続けた。


 じいさんは彼らを、死してなお己が使命に殉じる英雄のように語っていた(気がする)けど。

 今の俺にはそう思えない。

 

 王女の屋敷に召喚された死人(リビングデッド)のように。

 戦士たちは当初の目的なんて忘れて、ただ体が覚えているままに生前の行動を繰り返していただけなんじゃないか。

 それは“再生”じゃなく、ただの“再生産”でしかなくて。


「イア──」

 体を包む肉圧に抗して、竜の力を呼び起こす。


 それじゃあだめなんだ。

 前に進むためには。

 苦難を乗り越える本当の力を得るためには。


 体が燃え上がるような熱を帯びる。

 それはじゅわじゅわと周囲の肉壁へと伝わって。

 異物を呑みこんだ胃みたいに、激しく痙攣してごぽごぽと波打った。


「──ぶち破れ!」

 自分の声を引き金に、力を一気に解放する。


 “壁”を破るために。

 この世を停滞させる“澱み”に抗うために。


 ──

 

 ”魔釜”を内側から破壊すると、獣頭の眷属が咆哮した。

 光のない瞳をぐりりと大きく見開いて。

 今までずっと組んでいた両腕を解き、拳を放つ。


 剣で受け止めると、獣の拳は瞬時に形を変えて爪を伸ばす。

 それを断ち切ればたちまち再生して、今度は蛇の頭に変わり、毒を纏った紫の牙が襲いかかる。


 足もとは絶えず揺れて、夏草みたいに切っても切っても緑が生えて命は尽きることを知らない。

 空気は重く澱んで霧をかけて視界を塞いで、竜巻みたいな風が耳鳴りを運んで感覚を狂わせて。


 古の獣(セルヌス=ヴァハ)

 大地の守護者、豊穣の恵み。

 人が信仰し祈りを捧げてきた、自然の化身。

 

 ──だけど。

 今の俺は、そして今の竜精(ドランシー)は絶好調。

 誰であろうと止められはしない。


「おぉっ!」

 炎の刃で獣の両腕を同時に斬り落とし、再生を待たずに前に出て頭を狙う。

 獣が身を屈めて、鹿角が二本宙を舞った。

 

 強く踏みこみ、隆起する地面を抑えつける。

 ()()()()と大地に命じる。


「これで──」


 爆発する竜の力。

 宝剣の輝きは最高潮に達して。

 再生する腕にそのまま刃を突きたてて。


 食い込んだ刃が心の臓に達したとき。

 エヴィレアの絶叫が響いた。

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