第59話 偶像
その後逃げ出すように百貨店を出た。
入る前は胸躍らせていたディーネも居心地が悪そうで。
「さすが王都っていうか、びっくりしちゃった」
「うん……」
それ以上言葉もない俺たちの横で、イアだけが「楽しかった~」と足取り軽やかだった。
落ち着かない街だった。
大通りにいると行き交う人の群れが息苦しくて、どこに行ってもギラつく欲望の空気に眩暈がした。
大型の商店が競うように軒を並べて、大量生産された統一規格の装備がずらりと並ぶ様は壮観だったけど。
あの冒険者たちの姿がちらつくと、見るだけで胸焼けがした。
落胆はあった。
場所が変われば物事の有り様は当然異なるとはいえ、“西”やロンゴードとあまりに違う空気にどうにも慣れない。
もちろん冒険者にとってお金は大事だし無くては生きていけない。
けれど心底では自分の限界に挑戦したいとか人々の役に立ちたいとか、金銭に還元できない何かを持っているはずで。
そうあって欲しいと俺は思っていて。
露出の高い装備を着て野卑な視線を浴びて、愛想を振りまいて歓声を受ける冒険者たちを思い出して。
……。
夢とか理想とかを抱いているのは、俺だけなのかもしれない。
浮かないことばかりでもなかった。
街には冒険者ではないそのもの“アイドル”がいて、広場で生演奏をしていた。
ひらひら衣装を翻し音楽に合わせて歌って踊る少女たちに、イアはすっかり心奪われてしまったみたいで。
「イアも“あいどる”になりたい!」
演奏の後で瞳を輝かせ、ごきげんな様子で鼻歌を鳴らし振りつけを真似て踊っていた。
“安らぎの地”へ行く目的はどうなったんだと思うけど。
可愛らしい竜精を見ていると、擦れた心がほっこり癒やされていった。
□□□
路地に入ると人通りが少なくなって、俺たちはこじんまりした食堂で昼食をとった。
裏通りには個人がひっそりと店を構えていて、食事の後俺たちはそうした店や工房を見て回った。
商品の数も少なくて質にもばらつきはあったけど、作り手から説明を受けて自分の手で触れるモノの感触は温かく好ましかった。
「年々商売が難しくなっていってるね」
店主たちは口をそろえて言った。
「得意客のおかげでなんとかもってるけど、いつまで続けられるか分からないよ」
彼らは一様に「“先王”の頃はよかった」とため息をついた。
「俺たちみたいな零細にも目をかけてくれて、補助金も出してくれたし、出来のいい品は騎士団でも使ってくれた。それが──」
数年前の王の死去により、状況は一変した。
現王と母である先王妃は大商人や自らに近い貴族を優遇して、街の景色を一変させてしまった。
豊富な資金が投入されて王都が好景気に沸く一方、これまで保護されてきた街工房への補助は打ち切られ、王家や騎士団からの買い上げもなくなり、大資本が街の経済を支配するようになった。
「金は集まる場所にしか集まらない。王様はご機嫌伺いの言うことしか聞いてくれない。表は賑わってるように見えるけど、あんなのまやかしさ。ちょっと街を離れたら、住む家も食うもんもない奴が大勢いる。余所に行けるならまだいい。そうじゃない奴はここでじわじわやせ細って、野犬みたいに死んでくだけさ」
人々の苦しみを一身に引き受けたみたいに、工房主の男は言葉を吐き出した。
ぽかんと、胸の真ん中に穴が空いたみたいで。
自分の目で見た王都の光景と男の呪詛が重なって、体が妙に寒々しかった。
そして大陸の頂点に君臨する“王”について、俺は何も知らなかった。
村で暮らしていたときも冒険者となってからも、“王”の存在を意識したことなんて一度もなかった。
目立つのは税をとりたてる領主(とその手下)で、俺たち庶民にとって王なんていないに等しかったから。
けれど王都に入ってから、その存在が急速に現実感を帯びはじめていた。
まるで全くの“別世界”に入ってしまったみたいに。
どこか静かで落ち着ける場所はないかと尋ねて、男は聖堂区の教会を教えてくれた。
「運が良ければ“聖女さま”に会えるかもしれないよ」
「……聖女、さま?」
ディニムから初めて“王女”という言葉を聞かされたときと同じ感覚。
“王”と同じ、俺のこれまでの常識の範囲内には存在しなかったもの。
俺は確実に一歩一歩、“異界”に踏み出していた。
「お若いのに信仰に篤い方でね。生まれた時からたくさんの奇跡を起こされて、貧しい人たちにも分け隔てなく恵みを施してくださる……俺たちにとってはそうだな、“偶像”みたいな人だよ」
顔に張りついていた呪詛がぺりぺり剥がれて、工房の店主の表情がほわほわと温かくなっていた。




