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第51話 曇り空

 街道を南に進んで、日暮れ前には宿場町につき一夜を明かした。

 宿の代金は支払われていて、俺たちはすぐに快適な床に就くことができた。

 騎士団長の一行は出立を俺たちとずらすようだ。




「手際が行き届いてるわね」

 食事をしながらディーネがいぶかしむ。

 馬車や宿の手配だけじゃない、十分な支度金までもらっていた。

 全てがあらかじめ決められていたみたいに整っていて、多少落ち着かなくはあった。


「ともあれ()()と決めたんだ。行ってみるしかないだろう」

 ファーガスは目元を緩めて言った。

「君の物怖じしない姿勢は、私も見習いたいと思うよ」

 

「そ、そうかな……」

 ファーガスに言われると、自分が認められたみたいで嬉しい。


「考え無しなだけじゃないの? とりあえずその場の勢いに乗ってるみたいな」

 ディーネは手厳しいけど、たしかにその通りだ。

 俺なりに考えているとはいえ、最終的には“流れに乗れ”というばあさんの教えに従って決めた。


 自分以外の何かが自分の運命を大きく動かしている。

 竜精(イア)との出会いから眷属(トゥハナ)との戦いまでずっとそうだった。

 ディーネとファーガスという仲間を得られたのもきっと同じで。

 困難もあったけど、得られるものはずっと多かった。


 もちろんこの先もうまく行くとは限らない。

 実際に俺はディーネを一度失いかけたし、蛇の王(ミルディーン)との戦いだって紙一重だった。


 俺はこれからもっと、慎重に思慮深くならなくちゃいけない。




□□□




 さすがは王都へ続く街道というところか、宿場には大きな浴場があって。

 俺はファーガスとともに湯につかって、一日の疲れを濯いだ。


「鍛冶屋を見かけたが、覗いてみてはどうかな」

 ファーガスは体を深く湯に沈めている。

 全身は隆々たる筋肉に覆われていて、衰えたと言っていたけどまだまだ逞しい。

 

 湯浴みで火照った巨体に、無数の傷跡が浮かびあがるさまは息を呑むほどで。

 周囲の男たちもその鋼の肉体に目を奪われて、称賛の声をかけていった。


「一応見てみるけど……あまり期待はしてないです」

 新しい武器が必要だった。

 俺の剣は、大蛇へ放った炎の一撃に耐えきれずに砕けてしまったのだ。

「本当に良い剣だったって、失って初めて分かりました」


 村を出る時の餞別にもらった、馴染みの鍛冶師が打ってくれた剣。

 愛着はあるけど、ロンゴードでならもっと優れた剣が手に入ると思った。

 多少値段が張ったとしても、俺の手元には報奨金の一部とディニムからの支度金があった。

 

 かつてなく温かい懐を抱えて、意気揚々街の鍛冶屋めぐりをしてみて。

 結局、期待に応えるものは見つからなかった。


「村にいたときは偏屈なおっさんだと思ってたけど……凄い鍛冶師だったんだなって」

 失った剣に並ぶものはおろか、妥協できるものさえ見つからなかった。

 仕方なく今はディーネとの仕事(クエスト)で手に入れた、小鬼王(ゴブリンロード)の剣を装備している。


「名工はえてして目立つことを嫌う。その鍛冶師も村人のために腕を振るうことを選んだのだろう」

 ファーガスは感慨深げに言った。

「新たな装備の獲得も、当面の目標だな」


──


 湯から上がる時にファーガスは俺の背中に目を向けた。

「腰の痣は先日こしらえたものかな」

 左の尻上あたりに、黒い()()ができていた。

 

「はい……蛇に吹っ飛ばされたときのかな。痕になるかも」

 痛みもないし気にもならない。

 この程度、戦いの激しさを考えれば負傷の内にも入らないだろう。




 別の湯ではイアがディーネとともに湯浴みしているはずだったけれど。

 宿の部屋に戻ると、イアは俺が出て行ったときのままの様子でベッドに寝そべっていた。

「湯には入ったのか?」

 尋ねると、イアは首を振って顔をシーツにうずめる。


 体調が悪いわけでもないようで、単に気分が乗らないだけだろうか。

「ディーネは?」

 問うと、びくりと小さな体が震えて。

 隣りに腰を下ろすと、ためらいがちにイアは口を開いた。

「お姉ちゃん服脱ぎたくないみたい……たぶん、()が目立つから」


 ()()と胸の内を何かが通り過ぎて、温まった体が急激に冷えていった。


 ディーネの胸と背中には消えない傷が残っていた。

 出血を押さえるために俺が炎で焼いたもの。

 山を下りた後に治療師の施術を受けたけど、刃熱で爛れた皮膚は元には戻らなかった。




□□□




 ベッドに入っても色々なことが浮かんできて眠れなかった。

 しばらくすると俺は外に出て、夜の風にあたった。


 窮屈なテラスからは、森に覆われた山麓の影が見える。

 あの山の隘路を抜けた先に肥沃な平野が広がり、南端の海沿いに王都がある。

 

 大陸の始まりとともに在ったという王家。

 あるいは王家こそが大陸の歴史そのものであって。

 

 彼らに会えば、俺たちの目的地は明らかになるだろうか。

 その旅の中で、また俺は仲間を傷つけてしまうのだろうか。

 ……。


 “犠牲”について思う。

 探索や戦闘での負傷者や死者は、ある程度避けられない。

 眷属との戦いでも一緒に戦った冒険者たちが大勢怪我をして、少なくない数が命を落とした。


 冒険者はどこまでも根無し草の流れ者。

 怪物討伐の功績を上げようが死んだら遺体は野ざらしで、よくても無縁墓地という名の穴に投げ込まれる。

 

 一緒に戦った者たちがそんな風に扱われるはしのびなくて、俺は彼らを共同墓地に葬り、神官を呼んで祈りを捧げてもらった。

 怪物討伐の報奨金はほとんど無くなったけど、それしかできない無力のほうがよほど辛い。


 本当は守れたかもしれない。

 一人の死者も出さずに勝てたかもしれない。

 一方で、そう思う自分はうぬぼれているかもしれない。


 答えの見えない霧のような問い。

 ファーガスがずっと抱えてきたものを、少しだけ理解できる気がした。


 空は相変わらず曇っていて、ときどき雲の切れ間から星が見えた。

 星の位置や輝きで運命を占う術があるらしいけれど。

 何を思う間もなく、雲が空を隠してしまった。

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