第43話 役割
全力の一撃を叩きこむ。
奴に勝つにはそれしかない。
俺の“炎”は蛇の触手を難なく断ち切れたし、蛇の方も“炎”を嫌がっていた。
けれど簡単にはいかない。
蛇の力は未知数だ。
“蛇の眼”によって最初の突撃は防がれてしまったし、まだ別の力を隠しているかもしれない。
騎士団長は蛇を知っているみたいだけど、全てを把握してはいない。
俺自身にも問題がある。
イアと契約して初めて戦った“黒獣”のときも、地下の“呪術祭司”のときも、俺は力を使ってすぐに倒れてしまった。
ドルードが言っていたとおり、無限の力を持つイアに対して俺はただの人間に過ぎない。
イアから供給される竜の力の圧に俺自身が長く耐えられないのだ。
蛇に渾身の一撃を叩きこんだとして、もし相手を殺しきれなかったとき俺は何もできなくなる。
背後では騎士と冒険者たちが目の前で起こった出来事に呆然と力なく立ち尽くしている。
超常の存在を前に開戦前の意気も消沈している。
ここから先一つでも判断を間違えれば全滅を招く。
俺がみんなを無駄死にさせてしまうかもしれない。
喉が渇く。
汗が垂れて体が震える。
頭の奥から何かが浮かび上がってくる。
炎。
全てを焼きつくす黒い渦。
文字通りの全てだ。
天と地とそこに生きるすべての命を燃やし尽くして。
俺以外の何もかもを跡形もなく消し去って。
「カイル」
ファーガスの声が俺を夢から引き戻す。
……夢と言うにははっきりし過ぎている気がするけど。
「君の──君たちの力で、どこまでやれる」
あの蛇を葬れるか、と切迫した声でファーガスは問う。
答えようとして言い淀む。
剣を握る手が震え始めていた。
「正直、分か──」
「やれるよ!」
イアが体から飛び出してきた。
拳を握ってファーガスに、そして俺に向かって訴える。
「イアたちなら倒せるよ! あんな蛇なんかに竜は負けない!」
美しい瞳が眩しいくらい瞬いて。
「竜は最強なの! イアは最強なの! イアと一緒になったカイルも最強なの! 絶対に負けないの!」
駄々をこねる子どもみたいに地団太を踏み腕を振ってイアは叫んだ。
「だから、弱気にならないで」
終わりの空気が漂い始めた中でただ一人息を吐いて。
「イア」
細い肩に手を置く。
「ごめん。イアの言う通りだ」
「うん……」
力が抜けたようにしゅんとしてしまう。
彼女自身不安なんだろう。
俺が竜精の媒介として不十分であることは誰よりも彼女が理解している。
だからといって諦めたらすべてが終わる。
やれるだけのことをやって、なんかじゃだめだ。
戦って、そして勝つんだ。
彼女との約束を果たすためにも。
「なるほど、竜とはな。その力にも納得だ」
騎士団長がさも驚いたように言った。
「確かに竜の炎であれば眷属をも倒し得るだろう」
「あなたは……」
いぶかしんで、止める。
目の前の敵を倒さんとする意志は俺と同じなんだ。
「ならばカイル」
ファーガスの声の力強さに背筋が緊張した。
「君は全力の一撃を叩きこむことに集中しろ。すべての攻撃は私が引き受ける」
“盾”の目は蛇を向いている。
全身から覚悟の気が立ち上っていた。
「ファーガス──」
「それが私の役割だ」
ファーガスは大盾を手に前に踏み出す。
道を塞いでいた魔物たちは蛇自身が食ってしまった。
「及ばずながら力になろう」
騎士団長も並んで馬を進める。
「この“耀光剣”、眷属を御し得ぬまでも多少の足止めにはなろう」
団長が前に出ると、騎士たちが次々と付き従う。
彼も騎士たちに慕われているようだ。
蛇の方は体内に取り込んだ餌を十分に消化したのか、ゲップのような息を吐いて腹を波打たせている。
背中に生じた透明な羽には紫の光が充満し、本物の翼のように羽ばたき始める。
胴体から突き出る無数の手足は何かを求めるようにグロテスクに蠢いている。
たとえ竜の紛いものであろうとそれは間違いなく脅威だった。
「頼むぞカイル。我々のことは気にせず存分に力を振るえ」
最後に一度ファーガスが振り返る。
託すような視線に最後の躊躇がなくなる。
「やるぞ、イア」
「うん!」
竜精が再び俺の中に収まる。
前に立つ仲間たちに中てられて、体を巡る竜の力は以前にもまして熱く俺の体を火照らせた。
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ここが正念場だ、と内なる精霊に語りかける。
相棒の岩鉄精は呆れていた。
《結局あの頃からお前は変わらないな。全てを自分で背負いこんで、まるで悲劇の英雄だ》
「私は英雄などにはなれないよ。自分の限界は心得ている」
この数年燃えカスのような魂で生きて理解した。
私は“物語”のわき役に過ぎない。
私を慕ってくれる者もいたが、私自身彼らと立場は全く変わらない。
この先世界に巻き起こる出来事の傍観者にすぎない。
それで構わない。
エリーシャを失ったときに冒険者としての野心は跡形もなくなってしまった。
未練はない。
新たな希望があるのだから。
エリーシャの才を受け継ぐディーネと。
愛らしい竜の精を引き連れた一人の剣士。
優男のように見えてその実憎らしいほどの才に溢れていた。
そして状況を的確に冷静に判断し、実行するだけの胆力を持っていた。
彼にならディーネを任せられる。
彼なら私と同じ轍を踏むことはない。
きっとディーネを幸せにできる。
《お前の父親面も見納めかと思うとせいせいする》
クローガンは吐き捨てるが、その想いは契約を通じて伝わってくる。
「ここまでよく私と歩んでくれた。きっとこの先、もっと契約しがいのある者が現われるさ」
《どうかな。俺も長く生き過ぎた。そろそろ、大地に還るころかもしれない》
「ならば、最後まで役割をきっちり果たそう」
冒険者として身をたてようと志した若き日、自分の役割に迷う私を変えたのはこの精霊だった。
鉄のように硬く、岩のように揺るがず。
彼が教えてくれた“盾”の精神を、私はどこまで実現できただろうか。
あるいは今日この日この瞬間こそが、そのときなのかもしれない。
「行こう。出し惜しみはなしだ」
地面にめり込ませた盾。
その内には私の切り札が秘められている。
自身の無力を思い知ったあの日から、磨き続けた盾の奥儀。
《使いどころを間違うなよ。こいつを解き放てばお前は──》
「分かっている」
湖の眷属を見上げる。
巨大で醜悪な人類の脅威。
“盾”として、私は奴の暴威を受け止め防がなければならない。
エリーシャ。
どうか見守っていてくれ。
最愛の人に祈ると身が引き締まり、魂の奥底から力が湧いて出た。
間が空いてしまいすみません。
年末スケジュールと体調不良でなかなか書けませんでした。
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