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第32話 霧の森

 早朝に出発して湖の西側を目指す。

 進むにつれて平原が勾配のある斜面へと変わり、足元も岩がちになっていく。

 空気が冷たいのは時間帯のせいだろうけど、森に近づくにつれて不穏な気配が大きくなった。


「霧が出てるな」

 丘から見下ろす湖上が白い霧に覆われていた。

 山の斜面から流れてきているようで、中腹より上は全く見通せない。

()()()()って感じね」

 ディーネが腕を抱く。

 得体の知れないものを感じ取るかのように。



 森の周縁に建つ監視小屋に寄って状況を尋ねた。

 惰性で仕事をしていそうなおっさんが二人詰めていて、特に変わったことはないと言った。

()()()()()どもがやってきたことぐらいだな」

 髭面の一人が俺たちに吐き捨てた。

 

「はぁ? 何言って……」

 ディーネがいきり立つのを押さえる。

魔物(モンスター)はどうですか。この辺は比較的出没すると聞いていますけど」

「いつもと変わらねぇよ。でる時はでるし、でないときはでない」

 

 何を聞いても梨のつぶて。

 礼だけ言ってそそくさと小屋を出た。

「山には()()()()がある。足を踏み入れるんじゃねぇぞ、ここは()()()()だからな」

 戸を閉じる前に、おっさんが言った。




□□□




 霧の晴れやらぬ緩やかな道を進んだ。

 少し踏み込むだけで外界と隔絶されたように薄暗くなり、何かが潜んでいるような重い静けさが辺りを支配する。

 

「頭くる!」

 そんな静寂の中にディーネの声が響く。

「気にするな。あんなのいつものことさ」

「でも、私たちが何したっていうのよ……!」

「冒険者を嫌う人たちは多いから」

 

 土地の領主だったり街の商会だったり、とにかく()()()()()()()()()に勤めている連中は俺たちのような冒険者に良い顔をしない。

 根無し草はいつの時代でも煙たがられる。

 こういうには慣れっこだし、そうでなければ冒険者なんてやってられない。

 

「冒険者嫌いだけが理由ではないかもしれない」

 ファーガスが思案げに言う。

「……“神聖な山”って言ってましたね」

 監視小屋のおっさんたちの言葉が耳に残っている。

 

 水場や森、そして山は大陸に生きる人々にとって重要な信仰地。

 太古から人びとの心の支えであり畏れ敬う対象なのだ。

 たとえ大地の“地下”に何が潜んでいようとも。


 山の上には“禁足区域”があるとおっさんたちは言っていた。

 決して人が足を踏み入れてはいけない、現世に存在する“聖所”。

「ここにはなにかあるよ」

 それまで黙っていたイアが口を開いた。

 笑顔はなく、青い瞳はどこか遠いところを見ていた。

 

()()か?」

「うん」

 お互い何を言っているのか分かる。

 眷属が、ここにいる。


「なにか引っかかったかな」

 ファーガスの声にイアは振り返る。

 虚ろな目のまま大男を見上げてこくりとうなずいた。

 まるで()()()()()()()()()()()()、とでも言うように。




□□□




 時間が経つにつれて霧は薄くなっていったけどくっきり晴れることはなくて、淡い靄の中を俺たちは歩き続けた。

 時々魔物にも遭遇した。

 強力な個体ではなかったものの、視界を遮る霧に加えて周囲の()()()()()のせいで敵の気配を捉えられない。


「カイル、後ろ……いや左!」

 ディーネが“探知”で場所を教えてくれるけど、安定しない。

 狙った魔物が影のように消え失せて、反対に樹木だと思っていたら魔物が飛び出してくる。

 まるで幻惑の術にかけられたみたいに。


「くそ……!」

 やたらめったら剣を振っても隙を作るだけ。

 かといって障害物の多い森の中では自在に動き回るのも難しい。


 ──


()()()()

 静かで重い声。

 同時に突きたてられる“盾”の轟音。

「……!」

 心臓が飛びあがりそうな衝撃。

 魔物の方はきっとそれ以上だろう。


 魔物たちが一斉にファーガスに向かう。

 まるで幻惑の霧が晴れたかのように魔物の姿が明らかになる。


 通常の“盾技(シールドスキル)”は強靭なオーラで敵を“挑発”し注意を引く。

 人に対しても有効で、()()()()()()()()感覚が対象を襲う。

 けれどファーガスのそれは、ほとんど“呪い”だ。


「──」

 魔物たちが狂ったようにファーガスに群がっていく。

 それが自分たちの“誓い(ゲーシュ)”であるかのように、抑えきれない衝動に急き立てられるかのように。

 集まった魔物を俺とディーネで仕留めてしていく。

 魔物は俺たちに気づく様子もない。

 

 ファーガスは身の丈に等しい槍を手に、襲ってきた魔物を次々と突き刺し薙ぎ払う。

 硬い皮膚を持つ魔物が槍の先でまとめて()()になり、そのまま宙へ投げ飛ばされる。

 その膂力はまさに無双の戦士。


「らぁ!」

 ファーガスが盾を地面にたたきつけるだけでほとんどの魔物は動けなくなる。

 “盾”は攻撃を防ぐだけでなく敵の退路すら絶つ。

 それは聳える“壁”であるとともに地に展開される“面”。

 仲間には加護を敵には呪縛を。

 一歩でも足を踏み入れれば抜け出せない“守護の聖域(サンクチュアリ)”。

 

「しゅごい……」

 その迫力にイアは圧倒されて、俺も感嘆している。

 ディーネに続いてファーガスと、立て続けに凄い冒険者に出会うなんて。



「みんな、怪我はないな」

 魔物を一掃すると状況を確認する。

 仲間の状態はもちろん装備や道具の破損や魔物からの取得物まで、素早く丁寧に調べて判断を下す。

 ファーガスの手際は素晴らしい。

 

 戦闘中もその後も、状況の把握から仲間への気づかいと隙がない。

 年齢や見た目の印象だけじゃなくて。

 彼は本当に()()()()()()だった。



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