第29話 ファーガス
「ファーガスさん」
ディーネが声をかけると大男はゆっくり顔を上げた。
俺たちよりひと回り年上のようで、髯や頭髪には白いものが交じり皮膚は少し黒ずんで染みが滲んでいる。
「……」
息を呑む。
鍛え上げられた肉体、放たれる強靭なオーラ。
くぐってきた修羅場が見ただけで分かる。
経験において俺では足元にも及ばない熟練の冒険者。
“歴戦の勇士”という言葉そのものの、完成された戦士が目の前にいた。
「やあ、ディーネ。それと……カイル・ノエ、だったかな」
「はい。助けていただいたそうで、ありがとうございます」
礼を言うと彼は首を振り、向かいの席に俺たちを促した。
□□□
「ディーネから聞いている、素晴らしい剣士だと」
「いえ……光栄です」
低くて太い声に緊張する。
怖さよりむしろ、頼もしくて温かいものを感じる。
物腰や言動にも落ち着きがあり、静かではあるけど寡黙というわけでもなくて、話しかければしっかり答えてくれるし話しやすい話題や質問を振ってもくれる。
皆が慕うというのも分かる。
そこにいるだけで安心する、太い柱のような存在感。
言っちゃ悪いけど団長とは格が違う。
一団にはこういう人が必要なんだ。
ぐいぐい前に引っ張るリーダーとは別に影でみんなを支えてくれる人。
悩みを聞いてくれたり助言をくれたりする人。
ディーネにとってもそうだった。
「ディーネも無事“壁”を乗り越えられたようだな」
「カイルのおかげです。それに、ファーガスさんがいてくれたから」
一団から疑念を持たれる中でファーガスはずっとディーネをかばっていた。
まるで確信があったかのように。
……。
「おじちゃん、いいにおいするね!」
それまで黙っていたイアが口を開いた。
「そうかね」
イアを見て、ファーガスは口元を柔らかくする。
「うん。なんだか……なつかしいかんじ!」
「ほう」
ファーガスは可愛い子供に向けるような優しい目でイアを見ていた。
イアはまだ生まれて間もない。
なんらかの親しい感覚か、それとも……彼女の“竜の記憶”が反応したのだろうか?
「団を抜けたと聞きました」
しばらく話した後で俺は言った。
ファーガスはうなずいてディーネから聞いた言葉を繰り返した。
「もう、ここで私がすべきことは無いからな」
「ディーネの成長を見届けたからですか?」
ファーガスが黒い瞳を俺に向けて、ディーネも驚いている。
「あ、いや、何となくそう思っただけで……」
慌てて言い訳する。
面と向かって見られるとやっぱり怖い。
「そう思うかな」
「そりゃ、まあ」
みんなに煙たがられたディーネを最後までかばっていたのだ。
思うところがあると考えるのは自然だろう。
「彼女の才能は明らかだった。むしろ、周囲の無理解が不思議でならなかったよ」
さも当然のようにファーガスは言う。
ディーネの方は恥ずかしそうに顔を伏せて。
話が止まってしまう。
うーん……。
「これからどうするんですか?」
ディーネが尋ねるとファーガスは首を傾げて思案する。
「さて、どうしようか......」
ファーガスに何か目的があったのかはわからないけど。
「俺たちと一緒に行きませんか?」
意識する前に口を開いていた。
ファーガスがまた黒い瞳を向ける。
「一人でも優れた冒険者が欲しいんです」
真っすぐ見返して俺は答えた。
「何か事情があるようだな」
木製コップに入った飲料を、ファーガスはぐいと飲み干した。
□□□
いきなり“眷属”云々を持ちだしても信じてはもらえない。
俺は先日攻略した迷宮で得た情報だと断って、凶悪な魔物が近くに潜んでいる可能性がある、と説明した。
攻略した迷宮はロンゴードから北西にあって湖にもほど近い。
あの時地下にいた呪術祭司の様子から、彼らの“マユ”はそれほど遠くない位置にあると推測していた。
「それで、湖周辺を俺たちで調査しようと思っていて」
「なるほど、“探索調査”の一種か」
ファーガスは腕を組み、うなずいた。
探索調査。
通常組合に掲示される仕事と違って、冒険者が独自で周辺地域の調査を行い異変があればギルドに報告する。
地域の治安維持においても有益だし提出する情報の質によっては報酬も貰える。
「かまわんよ。危険があるならば排除する必要がある」
「……ありがとうございます」
あっけなく快諾してくれる。
まるでこの展開を予期していたかのように。
「ねぇ、その“俺たち”には私も入ってる?」
ディーネが俺を覗きこむ。
「あ」
……しまった。
当然彼女もいっしょに来てくれるものと思ってた。
迷宮で誘いはしたけどまだ返事をもらってなかったのに。
「ごめん」
「いいの。私もついてくつもりだったから」
くすりとディーネは笑って、手を差し出した。
「これからよろしくね、カイル」
「ああ、こちらこそ」
華奢な手を握る。
とても温かくて、瑞々しい自信にあふれていた。
正式に仲間となった俺たちを、ファーガスは穏やかな表情で眺めていた。
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