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第190話 異界行──回帰──胎動

 ()()


 その言葉を聞いた瞬間に、いくつもの光が目の前で弾けた。


 流星のような速さで結びつく無数の光はやがて。

 頭のなかの暗闇に小さな“扉”を形作った。


 それはまるで“流れ”のように。

 ()()()()に踏み行ったら最後、二度と引き返せない一方通行。


 決して抗うことのできない、世界を流れていく

 人はただ、その大きな力を受け入れて流されていくほかない。


 この瞬間、俺にはすべてがはっきり見えてしまった。




 黒炎を猛らせるインデッハが踏みだし、強く反った刃を振りおろす。

 雷電をまとうギアウの左腕がそれを正面から押しとどめた。


「カイル、行くんだ!」


 荒波のような黒炎がギアウの放つ雷に防がれて。

 背後にいる俺にとどく前にかろうじてかき消えた。


「エスリゥをたのむ!」


 ギアウが咆えると、鱗の体から嵐のような(オーラ)が放たれる。

 これが手負いの蜥蜴なのか、その勢いにインデッハが距離をとった。


「覚悟を決めたか、雷蜥蜴」


 インデッハは黒甲冑の下で静かに息を整える。

 頭の横にそっと刃を構える所作にはどこか、ギアウへの敬意が感じられて。


「ならば我の全霊をもって、お前を討ち果たそう」


 刀身をふたたび黒炎が包む。

 このときだけは、すべてを焼き尽くす邪悪な力が眩しいほどに美しく映った。


 ──“我の剣を継ぐか”。


 インデッハが俺に向けた不可解な言葉が、頭の片隅に漂っている。


 その言葉は、その声は。

 俺の記憶と入りまじって奇妙に温かく、懐かしくて。


 奴は求めているのだろうか。

 自分の習得した超人の剣術を受け継ぎ後世へと伝える者を。


 自分がこの世界に存在した記憶を刻み、自らをこの世界と結びつける()()()を。

 すべてを焼き尽くす黒炎を抱えながら。


 ……。




 ギアウとインデッハが再び激突し、その衝撃に吹き飛ばされそうになる。

 まるでギアウが“跳べ”ともう一度、俺を促すように。


「ギアウ……!」


 焼けた大地を覆う煤が宙に巻きあげられ、まるで嵐のように。


 黒い塵に視界をふさがれて目を開けることも困難な中で。

 二つの巨体がぶつかりあい、地響きで大地が割れそうになる。


 拮抗。


 黒炎を解放したインデッハにも片腕のギアウは劣らない。

 どころか、全身にまとった赤雷が相手を寄せつけない。


 半身には無数の雷の()が渦を巻き、失った右腕を補っている。

 その姿はまるで銀の腕(クラードゥ)を得た巨人王(ナゥザ)


 熱に赤く染まった鱗は雷電に包まれて輪郭すらわからなくて。

 全身からほとばしる雷の勢いにインデッハの黒炎が散らされて。


 蜥蜴の放つ赤雷が戦場を支配する。


 ──“雷神(タラニス)”。


 ギアウはいま、神に至った。




《カイル!》


 頭上から声がして、馬女神(ウプア)がふわりと俺の隣りに舞いおりた。




□□□




 闇の向こうから熱風が吹き荒れる。

 悠久のときを生きた大樹がその身にふたたび黒炎を宿らせる。


 息を吸うだけで喉が焼けてしまいそう。

 この場所にいればいつか私たちは、地面に積もる焼塵の一部になってしまう。


「どう、するの?」


 すがるような目でネーリが振りむく。

 こんなに怯えた様子の彼女は初めてだった。


 絶対の支柱を失い、今までの常識、すべての()()()()が崩れ去って。

 自分を保てなくなりつつある。


 私にも分かる。

 すごく、すごく、よく分かる。


 自分の積み重ねてきたもの全部が否定されて。

 驚いて、体がすくんで、絶望して、どうしていいかも分からず諦めかけて。


 ──でも。


()()()


 私の指先でふたたび指輪が熱を帯びだしている。


 私には()がいた。

 いつだって彼が隣りで私を守ってくれた。


 そして守られるだけでなく、私は自らの足で立つことを学んだ。


 たとえいま私のそばに彼がいなくても。

 私たちは繋がっている。


 この世界に生きる無数の人々が、無数の見えない流れが。

 螺旋の運命によって繋がっている。


 そしてその繋がりがある限り、私は誰かを支えることができる。

 彼が私を支えてくれたように、私もまた誰かを支えていく。


()()()!」


 涙をぬぐうネーリに私は言った。


「私の魔法を風魔法(エアリ)で巻いて、巻いて巻いて限界まで巻いて!」




□□□




 ウプアの背に乗って塔の壁をかけ上がる。


《大丈夫ですか、カイル》


 インデッハと打ち合った俺を気遣ってくれるけれど。

 実際には俺が一方的に剣を振らされていただけだった。


 地上には、互いに切り結ぶ蜥蜴と黒騎士の衝撃で赤黒の渦が巻いて。

 ふたつの巨影を内に覆い隠してしまう。


 まるで空が落ちてきたかのような激しい雷鳴と。

 黒い炎とが織りなす地獄が広がっていた。


《おじちゃん……》


 イアの悲痛な声が胸に響く。

 彼女の流す涙が熱を帯びていく。


 イアはずいぶんとギアウに懐いていたし、ギアウもイアを可愛がっていた。

 ギアウの肩に乗ってはしゃぐ姿には、なにか()()()()()が感じられた。


 それはなんとなく──なんとなくとしか言いようがないもの。

 きっと俺がイアに抱く感情と似ていて、でも少しだけ違うもの。


 そんな気がするのだけど。


《行きましょう、彼の思いを汲まなければ》


 宙を蹴り、ウプアは円塔(ラウンドタワー)の崩れた壁を乗り越える。




 中に入ってすぐ俺の目に映ったのは、床の中央に槍を突き立てたスクゥアと。

 そのそばで細い枝のような体をしなりと曲げて、涙を流すエスリゥ。


 塔の石床に刺さった槍からは強い魔力が放たれて。

 スクゥアの足元からは、まるで植物の根のようにうねる線が伸び、床に円陣を形づくっていた。


 スクゥアは俺たちが入ってきても顔をあげず、額をびっしょりと汗で濡らして。

 槍を両手で強く握りしめ、口の中でぶつぶつと詠唱を続けている。


 凄まじい集中のまえに、俺たちに気づいてすらいないのかもしれない。


「これは……?」


「……転移陣(ポータル)です」


 代わりに答えたのはうなだれたままのエスリゥ。

 その声は力無く、まるで長い日照りに枯れかけた木立のようで。


「この転移陣で、スクゥアさんの“影の領域(スカイス)”へと跳ぶのです」


 そこはかつて神々に叛逆したハーヴァの一族が封印された、()()()()()()

 この大地の影としてある静寂の地。


 義父である海神(リゥ)の予言を受け、スクゥアはエスリゥとギアウをその領域に連れて行こうとしていたけれど。

 インデッハの張った闇の結界が俺たちを閉じこめてしまった。


 影の領域への道を開くために、スクゥアは転移陣を構築しようとしている。

 けれど闇の結界を突破するためには力が足りない。


 あの黒炎の壁をくぐりぬけるための力を得るには。


 ──


 塔の外が眩しく光り、続いて足元がぐらぐらと大きく揺れた。

 黒く渦巻く塵の中で赤雷がほとばしった。


 片腕のギアウがその身に残された全ての力で黒き炎に抗う。

 そして失われた片腕が再生される気配はいまだない。


「ギアウ様は自らの右腕を捧げられました。転移陣を完成させるために」


 そして愛するもののために自らはその脅威を抑える盾となった。

 エスリゥは体を前に折り、背中の枝翼を()()と揺らした。


 俺がインデッハと対峙しているあいだに彼らは話し合ったのだろう。

 その時いったいどれだけの涙が流れたのだろう。


 円塔がまた揺れて、爆音が鳴り響く。

 俺は壁に身を乗り出して地上をのぞく。


 エスリゥに右腕を託し、左腕一本でインデッハを抑えるその姿を見ていると。

 どうしてか目尻が熱くなって。


 それが柔らかな形をとる前に俺は手甲で顔をぬぐっていた。


 ギアウがエスリゥに向ける思い。

 それがもっと大きな()()()となってこの世界を巡り巡って。


 いつか俺の中へと()()()()()

 そんな気がして。


 ──“同じ混じりものどうし”。


 はじめて会ったとき。

 ギアウは俺に何を感じ、その瞳には何が映っていたのだろう。




 床の転移陣に描かれた複雑な()()()()()が光を帯びていく。

 ギアウの右腕を捧げたスクゥアは、床に突き立てた槍で転移陣に力を流す。


 ギアウのものか、青白くたゆたう魔法回路を包むように赤い雷線が走る。


 円陣のまわりで、力強い雷電がそのもの稲妻のような幾つもの直角を形作った。

 俺はそこに、エスリゥを守らんと抱きしめるギアウの姿を重ねて。


「準備はいいですか、みなさん」


 そして額を汗にまみれたスクゥアが顔を上げるとともに。

 転移陣を囲む円から光の柱がたちのぼった。




□□□




 魔杖(ロッド)を掲げ、先端の宝晶(クリスタル)へとありったけの魔力を流して。

 私は複雑な術式を編んでいく。

 

 けれど詠唱の隙を怪物が逃すはずはない。

 大杖に炎をたくわえながら、聖女(カリャーハ)は片腕をうならせて。


 その腕の姿容にぞっとする。

 まるで太い枝を無理やり組み合わせたかのような荒々しい形状。


 そして禍々しい枝腕の先端が()()()()のように。

 邪悪な意思を抱えてこちらに放たれた。


 聖女を打ち砕くには、“渦”はまだ不十分。

 私とネーリの間に緊張が走るけれど。


「んんぅん!」


 巨大な岩がその表面をこそぎおとされるみたいに。

 盾を構えた戦士が聖女の枝を受け止めた。


 戦士の脇で魔法石が砕ける。

 守りの加護が込められた石は、この迷宮(ダンジョン)攻略の間ずっと私たちを守ってくれた。


 決して大きくはない盾の周囲に擬似的な魔法盾(マジックシールド)がまとい。

 憎悪のこもった聖女の枝腕を受けて、ぎしぎしと悲鳴をあげる。


 戦士は苦悶しながらも、両の足で煤けた地面を踏みしめて。

 歯を食いしばり攻撃を真正面で防いでいた。


「気張れよ!」

 

 そして間をおかず左右から放たれる、弓兵の援護の矢。

 一体どんな打ち方なのか、太枝を左右から突き刺して。


「──ん」


 しゅん、とおぼろな影が落ちたかと思うと。

 枝腕のひび割れた隙間に、フアンシアが爆弾(ボム)を弾けさせた。


「みんな……!」


 もう治癒師(ヒーラー)の防護の加護はない。

 最前線で敵を押さえてくれた団長は黒炎に包まれてしまった。


 それでも残された私たちでやれることをやらなければ。




 先端を破壊されても聖女の腕は動きを止めない。

 そして刻一刻とその内側には黒い炎が宿りつつある。


 ほんの少しでも触れれば致命となりうる炎。

 それを避けながら魔力を溜めつづけるのは──


 がらん、と補給担当(ポーター)が背負った鞄を床に落とした。

 塔に入った当初と比べてすっかり薄くなってしまったそれが示すのは。


 ──補給切れ(すっからかん)


 防護の魔除けも、矢のストックも、爆薬や暗器も魔力石も。

 自らの軍用魔道具も、すべてを使い果たした。


 そして最後に残るのは──()()()()


「……んす」


 一瞬だったけれど、この迷宮に入って初めて見た補給さんの笑顔。

 それは、はっとしてしまうくらいに穏やかなもので。


 腰に差した戦鎚を抜くと、なおも暴れる聖女の腕に向かっていく。


 弓兵が手元の最後の矢を強く引き絞って。

 巨大な手のひらみたいに開いた聖女の腕の中央に見事命中させる。


 大木の腕がびくんと震えて動きが一瞬止まって。

 そこに補給さんの戦鎚の一撃が決まり、太枝から大仰な悲鳴があがった。


 そして戦士が盾を振り上げ、枝腕に叩きつけて。

 すでに飛んでいた弓兵が、二つに折った弓の内に仕こんだ刃を枝に突き刺した。


「──たのむぜ、()()()()()!」


 三人ががっしと抑える聖女の太腕の上に、その小柄な影は乗った。


「たのまれた」


 フアンシアが聖女の腕を本体目がけて駆けていく。

 聖女の腕が大蛇のようにうごめき、その表面に黒炎がじわり帯びていくけれど。


「離さねーよ!」


 腕を失い、盾を失い、ただ己の身ひとつだけになった戦士の体が。

 力強い(オーラ)に覆われて暴れる枝腕を抑えこむ。


 弓兵も折れた弓を突き刺したまま枝にくらいついて。

 補給さんが戦鎚を杭のように、枝の中央深くに叩きつける。


 残されたすべての力で彼らが時間を稼いでくれている。


 あと少し、もう少し。

 この螺旋を限界まで渦巻かせ。




 フアンシアがたちまち聖女の本体にまで肉薄する。

 小さな手には最後の爆弾が握られていた。


 けれど間髪をいれず聖女の体に炎がほとばしる。


 団長とヒーラーを消し去ったものと比べれば弱く薄く。

 けれど人を焼き尽くすには十分なだけの黒い炎が放たれた。


 その薄い膜はフアンシアの体をまるごと呑みこんでいって。


「──《精霊の隠れ家(カウスリップ)》」


 けれど瞬間、フアンシアの体が()()()

 その場所から、空間から、あるいは世界から。


 そのとき私の目にぼんやりと映ったのは。

 彼女の体をつつむ、大きな“蕾”。


 薄く柔らかく、優しく温かく。

 まるで静かな森の奥でひそやかに咲く、神秘の花のように。


 それは()()()()()()()

 まばたきほどの一瞬、けれど完全な、()()()()()()()


 たとえ絶死の一撃であろうと、たとえ世界が終わろうと。

 その瞬間だけは、フアンシアはすべての干渉を拒絶する。


「さいごのしごと──」


 炎の壁をすりぬけ、彼女は小さな手のひらをまるで()を結ぶように合わせて。

 ついに聖女の肉体へとぴったり張りつき、幹の割れ目に手を伸ばして。


「──かんりょう」


 爆弾を聖女の体内で爆発させた。




 聖女の肉体が弾けとび、煤が舞い上がり、闇の空間が震えた。

 その奥にはなおもたゆたう黒い炎。


 フアンシアを捉えられなかった炎はけれど、前に伸ばした腕に伝って。

 その熱をうけた戦士たちの体が燃え上がっていく。


 けれど、倒れない。


 聖女の枝腕をしっかとつかんだまま、体が炎に包まれても。

 鎧が溶け、皮膚が爛れ、灰になろうとも。


 薄れゆく三人の戦士たちの表情は、最後まで絶望に崩れなかった。


 私の錯覚だったかもしれない。

 炎につつまれながら彼らはわずかに笑っているように見えた。


 それは彼らが迷宮攻略に臨んで抱いた“覚悟”の現れだろうか。

 それとも極限の状況のなかで陥った“狂気”だったろうか。


 もう私には分からないし、考えることもできないから。

 

「……ありがとう」


 最後まで逃げず、膝をつかず、立ち向かった彼らの思いを受け取って。


「《魔光螺旋渦トゥールビヨン・スピラーユ》──」

 

 私は、自分の役目を果たす。


「──“二重詠唱(ダブルキャスト)”!」




 極大の螺旋が、風魔法によりその回転を極限まで高め。

 深き闇の聖女(ドゥーヴ・カリャーハ)へ向かって放たれる。

 

 際限なく渦巻く、そのもの魔力の螺旋(スピラ)

 その力の根源は回転する“渦”それ自体。


 この魔法の術式はまさしく()

 無限に回転し捻じれ、収束し拡散する魔力の螺旋。


 魔術書を読んで初めてこの魔法を知ったとき。

 きっと多くの魔法使い見習いが疑問を抱いただろう。


 どうしてこんな(少なくとも見かけは)単純(シンプル)な術式で編まれる魔法が。

 最高位階に位置づけられ、純粋魔力属性として最高攻撃力を誇るのか。


 ()()力。

 それもあるけれど、きっとそれだけじゃない。


 これまでの戦いで私はこの魔法の本質を肌で感じてきた。

 そしてこの円塔の結界に潜り、はるか時を隔てた()()の彼女とつながって。


 ほんのわずか、その核心に触れた。


 それは“生命”。

 私たちを形作る自然の“理”。


 渦巻く結界のなかに満ちていたのは、無数の螺旋。

 そしてそれが、私たち自身の肉体にも溢れていること。


 おびただしい数の螺旋が整然と並び、鎖のように繋がって。

 まるでとうとうと流れゆく大河のように、私たちの生命を結んでいる。

 

 この世界が巡り巡り、歴史を繰り返して、それでも前に進んできたように。

 人の命もまたこの世界を、そして()()()()()をも巡っている。


 それが生命の在り方。


 収束と拡散を繰り返す渦巻きのように。

 無限の螺旋が私たちをめぐり、生かしている。


 私たちもまた螺旋のような生を生きている。

 終わりなき回転が、果てのない捻じれがこの世界を貫いている。


 止まることなく回り続ける螺旋は時間も場所も越えて。

 いつか、()()()()()()へと。


 そう。

 

 この螺旋は、()()()()()



 

 その黒炎は未完成だったかもしれないけれど。

 私たちの放った魔力を感じ、聖女はこちらに杖を向けて炎を放った。


 あとわずか、ほんの数秒早ければと思いはしたけれど。

 それでは聖女の“核”を貫くことができない。


 けれど、聖女の放つ炎を相殺することもできなかっただろう。

 それに聖女の注意が私たちに向いて、フアンシアに離脱の猶予ができた。


 小さい体でぴょんぴょん飛び回り、仲間たちを精一杯導いてくれた探索者(シーカー)


 彼女がいなかったらこの探索はもっと困難なものになっていただろうし。

 あるいは(ボス)にまでたどり着けなかったかもしれない。


「ふんぬ〜!」

 

 そして、ネーリ。

 本当に、ほんとうに素晴らしい魔法使い。


 私が()を乗りこえて一人前になったと思えてから。

 隣りにいてはじめて、緊張感を持つことのできた相手。


 “大魔女”なんて呼ばれるにはまだまだ未熟だって、私に思い知らせてくれた。


 詠唱技術の極みに達したネーリの風魔法が私の螺旋渦を外側から巻いて。

 聖女の黒炎とぶつかり、そして弾けた。


 およそ人間の魔法使いに出せる最大威力の魔法が。

 十分な溜めに届かなかった黒い炎を相殺した。


 そのとき、ばりりって何か、赤い光が螺旋の周囲に走って。

 あれは──“雷”?


 ──


 二度までも黒い炎を防がれた聖女は果たして、何を思っただろう。

 全力を使い果たし肩で息をする私たちをみて、勝利を確信しただろうか。


 それとも、()()()()()()()って。

 少しは褒めて認めてくれただろうか。


 うん。

 ほんとうに、よくやったと思う。


 私たちはカイルと同等の力をもつ神話の怪物を前にして決して退くことなく。

 仲間たちとともに抗ってみせた。


 この戦いはあるいは、ネーリたち──かつてのカイルの仲間たちにとっての。

 ()()()()()()()であったのかもしれない。


 カイルがずっと仲間たちを思い、心にしこりを抱えてきたように。

 彼らもまたカイルのことを忘れてはいなかった。


 そして再会がどのような形をとったとしても。

 彼らは互いに真摯に向き合っただろう。


 それをかつての行いの()()だなんて思わない。


 カイルも仲間たちも、それぞれに逃れられない“流れ”の中にあって。

 それぞれのなすべきことをなしたまでなのだから。


 この迷宮攻略はもしかしたら。

 両者の再会の、()()()()()()だったのかも、なんて。


 そんな風に考える私は間違っているだろうか。


「ね──団長さん」


 魔力の尽きかけた体を支えるために杖を地面に突き刺し、ほっと息をはくと。

 闇の向こう、聖女の背後に、黒い影が立ちのぼった。



 

 ──“槍”の奥義とは。



 全身を炎に焼き焦がされ、なおも両の足で立つヒューイット団長は。



 ──畢竟、ただ一つ。



 この暗闇よりなおも濃い、黒い“影”となって。



「これが最後」



 その姿はまるで、円塔の螺旋回廊を通じて現れた太古の戦士。



「なれば、許せ」



 幕引きに、この名を冠すことを。



 ──あまりにも単純(シンプル)に、ゆえに洗練を極めた。



 それはかつて、神殺しをなしたと伝わる狂戦士たちの、大罪の滅槍。



 ──神速にして、必殺の。






 ──終幕(ガイ)銀流一閃ヴォーガ──






 ──ただ、“突き”である。






□□□




 スクゥアの合図と同時に、塔の外で激しい衝撃が弾けた。

 赤雷が激しい線を引いて空を割る。


 限界を超え、神の域に達したギアウ。

 けれどその限界は、文字通りの限界に達しようとしている。


()()!」


 背中を向けたまま、ギアウが叫んだ。

 

 彼に襲いかかるのは、無尽蔵に溢れ出る闇の力、黒い炎。

 それがギアウの赤雷を、硬い鱗を確実に侵食していっている。


 片腕のギアウではたとえ全てをかけても、インデッハを止めることはできない。


 だからこそギアウは選んだ。

 エスリゥと、そして俺たちを生かすことを。


 そうだった。

 その選択と覚悟を無碍にできるほど、俺は未熟ではなかった。


 あるいは成熟することの痛みを、このときほど味わったことはない。

 俺もまた覚悟を決めて塔の中に振り返ったとき。


「──!」


 ふわりと、体が宙に浮かび上がった。




《ふわぁ!?》


 イアが驚いて、まるで引っ張られるみたいに俺の体から飛び出してしまう。

 隣りではウプアも体を逆さまにして空に浮かんでいる。


()()が!?」


 浅瀬でも起こったあの感覚。

 この世界が持つ、異物(アノマリ)を排除しようとする()()()


 よりによっていま訪れるなんて。


「カイル、イア──!」


 転移陣に入ったエスリゥが背中の翼をしゃわりと揺らす。

 はなたれる銀の粒子が、空に運ばれて行こうとする俺の鼻先をかすめて。


「──!」

 

 途端に体がぐんと、彼女の方へと引きつけられる。

 まるでエスリゥが俺を招き寄せているかのように。


《カイル──!》


 ウプアが逆さまのまましゃかしゃかと、四肢を慌ただしく動かすけれど。

 眷属(トゥハナ)でさえ世界の強制力の前には無力だった。


「ウプア!」


「うまさん!」


 伸ばした手もむなしく、俺たちと馬女神との距離がどんどん離れていく。


《忘れないでください、カイル。あなたは()()()()()()──私たちと、この世界、そのすべてに──》


 宙へと運ばれていくウプアの声がすでに遠くなって。

 そのとき俺は、胸の中で高まっていく熱を感じた。


 手を当てると、運命の石(リゥフェ)が輝きを増している。


 これまでもたびたび熱を発し、()()を俺に伝えようとしてきた石が。

 その“何か”はいつも霧に包まれて、けれど俺をここまで導いてきて。


 そしてもうひとつ。

 石とは別の何かが、胸の内でもぞもぞと蠢いている。


「カイルさん──!」


 体がエスリゥとくっつきそうになって。

 俺は自分の身体が縮んでいることに気づいた。


 俺とイアの体が、まるで赤子くらいの大きさにまで小さくなっている。


 ウプアがこの世界の異物として弾かれていくのと真逆に。

 俺とイアが、まるで()()()()()()()として取りこまれていくみたいに。


「カイル〜!」


「イア!」


 相棒の手を取って両の腕でしっかと抱きしめる。

 イアもまた小さな手で俺に必死でしがみつく。


 たとえこのまま体が縮んで、互いが消滅してしまったとしても。

 けっしてこの手を離しはしないと。


 ──


 ふわりと、柔らかな何かが俺たちを包む。

 エスリゥが銀の羽を伸ばし、俺とイアを羽のなかに受けとめた。


「そういうこと、なのですね」


 エスリゥの涙が羽を伝ってこぼれ、俺たちの上に落ちていく。


「あなたたちが──」


 その温もりにふくまれていたのはきっと、優しさ。

 俺にもいつか覚えのあって、そしてずっと求めてやまなかったもの。


 エスリゥの羽につつまれ、俺たちはさらに小さくなって。

 ふたりで一つの球体のように変化していく。


()()()

 

 そしてそのまま俺たちはエスリゥの、“中”へと入っていく。

 まだあるのかどうか、まぶたが重くなって意識がおぼろになって。


「お眠りなさい、私の大切な──」


 暗転する瞬間に見えたもの。

 首にかけた袋からとびだした運命の石と、そして。


 ──()()


 婆さんが遺してくれた形見。

 指輪と石とともに、大樹の根元、赤子の俺のそばに落ちていたもの。


 まるで誰かが。

 いつか確かに存在していた誰かが。


 この種に、新たな芽吹きを託したかのように。




 ごう、と塔の外で黒炎が渦巻く音さえもすでに遠い。

 赤雷が弾ける光もすべて、闇に包まれていって。


 俺はイアとともに、赤子のように眠りに落ちて。

 この種を抱えて、まだ知らない、けれど懐かしい。


 闇の中へ。




□□□




 銀槍に貫かれた聖女の核が弾け、あふれた光が深い闇を眩しく照らして。

 ひび割れた幹の内側に、大きな何かの()が見えた。


 深い亀裂の向こうにたたずむそれは、まるで胎内に宿された赤子のよう。


 くだけた聖女の核からは、きらめく粒子が吹き出ている。

 それは聖女が内に宿した黒い炎とはまったくちがう、美しい銀色の粒子で。


 まるで夜空に無数の星がまたたくみたいに。

 銀の粒子が暗闇の世界を覆いつくしていく。


 深淵にあらわれた星空を見上げながら、私はぐらりと倒れそうになって。

 煤けた地面に膝をついた。


《ママ……》


 聞こえるのはエリィの声だけ。

 視界が霞んであたりの様子も分からない。


 ネーリは、フアンシアは、そして団長は。

 彼らの無事さえももう確かめられない。


 いまはただ、彼らへの感謝しかなかった。

 この試練を乗り越えられたのは、この仲間たちだったからこそ。


 だから。

 

 ──“ありがとうございます”


 その“声”がふたたび、私の中に響いた。


 ……ああ、そうだった。

 私はいまもまだ、この塔に繋がっていた。


 そして無限の螺旋回廊を通じて、“彼女”にも。




 ──“私は無事に、恩寵を宿すことができました”


 そう、なんだ。

 それは、とてもよかった。


 ──“あなたもまた宿すでしょう。この世を流れる、導きのままに”。


 彼女はそうも言った。

 私もまた、“恩寵”を宿すのだと。


 それが彼女と同じものなのかは分からない。

 もしかしたらまったく異なる──()()()()()なのかもしれないけれど。


 どうしてだろう。

 私はいま、すごく()()()


 まるで私の中に、新しい何かが。

 この大地の未来につながる、新たな芽吹きが種を落としたかのように。


 聖女の体内に残された銀の粒子が、私を温かな祝福で満たしていく。


 それは私の()にあるもの。

 炎に焼き尽くされ黒ずんだ大地から、それでも生まれくる新しいもの。


 それは生命を滅ぼすのではく、潤し芽生えさせるために。

 この大地にもたらされた──恩寵。




「カイル……」


 私は最後に一度、大切な人に呼びかけて。

 この身に宿りつつある何かの、その温もりを抱えたまま。


 闇の中へ。

第6章完結です。

次回が最終章となります。どれだけ長くなっても次章で完結します(エピローグぐらいはあるかもしれません)。

投稿までしばらくかかりそうですが、どうぞよろしくお願いします。

ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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