プロローグ
蝋燭の光が仄かに部屋を照らす。本来であればいくつもの席が埋まっているはずのその場所に、腰を下ろしているのはたった一人だけだった。
「━━━━━?」
「ふふ、つい先程皆様出ていかれましたよ」
唯一いた黒い長髪の男は柔らかく微笑みながら手元の分厚い本に羽根ペンで何かを書き込んでいる。
「━━━、━━━━━━━━」
「おや、貴方様にそんなことを言われるとは。貴方様と同じで誰にも縛られないのですよ」
呆れている相手の言葉に黒髪の男は肩をすくめるがその表情は楽しげだ。
「━━━━━━━━━━━━」
「承知いたしました。まずは経過観測といたしましょう」
男は本を閉じ、傍らに積まれた紙の束を手に取った。
円卓の中央に空間の歪み、淀んだ黒い靄が立ち込め次第に意志を持ったように蠢き、外へと向かっていく。
「ふむ、皆様、順調のようですね。……ふふ、本当足並みの揃わない、自由奔放な弟妹達です」
その目を細めるようにして見つめながら、再び手元の紙へと流麗な文字を書き連ねていく。
「でもこれだけ行き届いているのなら次の段階へ移行できますね」
男が手元から新たに数冊の本を取り出して開き、文字を書き始めると外へ向かっていた黒い靄がピタリと動きを止めた。靄は不自然な動きをすると吸い込まれるようにして開かれた本の中へと収まっていく。
暫くしてすべての靄が消え去ったのを見届けると、男は恭しく頭を下げた。
「さぁ、皆様に新しい名を。決して心を明かされないように。誰にも触れられないように。……貴方様が守るのです」
その言葉に男を見ていた者は杖を掲げる。
靄が集う。まるで親に向かう子のように。
信じているのだ。この者が全てを変えてくれるのだと。
《エロス》
《マニア》
《フィリア》
《ルダス》
《ストルゲー》
《プラグマ》
六つの名が、静寂の空間に一つずつ刻み込まれていく。
《我が子達よ。君たちは、君たちが思うままに愛せばいい》




