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おまけ 意外な特技と苦手なこと

 

【クラージュは〇〇が得意】


「クラージュくん!クロエ様!今日は何して遊ぼうか」


 詩音の弾ける声が午前の光を明るく照らす。クラージュは本を閉じると小さく息を吐いた。


「ナタリア様、先程家庭教師から頂いた課題は終わったのですか?」


「ゆっくりお茶が飲みたいわ」


 詩音は課題という言葉は聞かなかったことにしてひょいと腰を下ろして少しクロエに寄りかかる。


「前よりクロエ様忙しいもんね」


「まぁ、今は領地内の孤児院施設を見て回ってるしね。あそこ叩けば色々出てくるから見応えがあるのよね」


「貴方も変わりましたね。そんな綺麗と言えないところ自分では行こうと思わなかったでしょう」


「今でも嫌よ。でもまぁ、出てきた鼠の悔しそうな顔を見るのがとっても楽しいし、先行投資の為よ。あの子達には後々嫌というほどこっちで働いてもらうんだから」


 クラージュはあの子供達の将来まで保証するのかこの人は。とは内心思ったが自分に関係はないと口には出さなかった。


「何かあったら私にも言ってね!手伝うし、子供達にも会いたい!」


「あら、いいじゃない。あの子たちも会いたがってたわ」


「そんな暇、僕たちにあるんですかねぇ……というか今、課題じゃないもの書いてるでしょうナタリア様」


 詩音が満面の笑みで見せてきた課題用紙の端には、二人の似顔絵がデフォルメ調で描かれていた。


「クラージュくんとクロエ様」


「……なんか全体的に丸いですね」


「あら!でも特徴を捉えていて愛らしさがあるわ。本人にはない可愛げがある」


「確かにこちらのほうが本人の刺々しさがなくて良いかもしれませんね」


「……」


「……」


「はい、クラージュくんもクロエ様もお互い描いて」


「嫌です」


「こっちからお断りよ」


 ふたりはきっぱりと声を揃える。ぴたりと息が合っているのに、目線は合わせようとしない。


「じゃあ! どっちか私を描いてよ〜!」


 そう言った瞬間、ふたりはほぼ無言でじゃんけんを始めた。


 よっぽど描き合いたくないんだな。


「勝った! ふふ、せいぜい美しく描くことね」


「見たものしか描けないんでそれは難しいかもしれません」


「なんですって!!」


 口喧嘩をしながらも二人は椅子に座り直し、紙とペンを手に取った。その姿に詩音はにっこり笑う。


 なんやかんや二人とも絵を描いてくれるんだな。


「出来ました」


 先に出来上がったのはクロエを描くことになったクラージュのようだ。嫌そうな顔をしながら紙を出す。


「はい」


「あんた早いわよ!適当に描いてたら承知しな──うっっっま!?!?」


 紙に描かれていたのは驚くほど繊細な筆致で描かれたクロエの姿だった。眼差しは鋭いがそれでいて気品を感じさせ、装飾や髪の流れまで丁寧に再現されている。


「クラージュくん上手!!いや、本当にすごいな、まんまクロエ様じゃん」


「そうですかね……?見えてるものを描いただけですけど」


「クラージュくんは写生的な絵が得意なんだね」


「あんた……もしもう少し気品あるように描けたらうちのお抱えの画家にしてあげるわよ」


「結構です。そういう貴方は──」


 もこもことした謎生物に長い角が生えた絵。それを見てクラージュは目を丸くして指差す。


「おや、牡羊ですか?人間は苦手だから方向転換ですか?」


「ナタリアよ」


「は?」


「ナタリアよ」


「────ふ、ふふ、ははははははは!!!!!」


 理解が追いつきた瞬間、クラージュは腹を抱えて笑い出した。


「ちょっと!!!!焼くわよ!!!!」


 もちろんその態度にクロエは怒りを露わにする。なんならバチバチと手元から火花が散っている。


「申し訳ありません!!耐えられませんでした!!でも笑わずにいられますか!!これ、角かと思ったら頭から腕生えてるんですけど!!!!」


「むきーーーー!!!!」


「こら、クラージュくん!クロエ様の絵、独創的でいいと思うよ。表情豊かで素敵!口が大きくて良い笑顔!」


「そこは体よ」


「ほんとにごめん」


「ハハハハ!!!!ゲホッ、ゴホゴホッ!!!!」


「あぁ……クラージュくんが咽てる……」


「放っておきなさい!!というか喉詰まらせてくたばれ!!」


 ◇


【クロエは〇〇】


「ポーカーしようぜ。ポーカー」


 昼下がりの陽気な庭に、リアムの元気な声が響く。手にはすでにチップとトランプ。やる気は満々だ。


「嫌だ」


 即答したのはマルスランだ。リアムはそんなこと言うなよ〜と不機嫌そうな彼の肩を組む。


「マルス~」


「嫌だ!お前とあいつとあいつぜってーズルしてる!」


 そう言ってリアムとクラージュと詩音を指差す。


「えぇ~マルス〜俺やってないよぅ」


「ただのお遊びにそんなことするわけがないじゃないですかぁ」


「何か賭けてる時だけだから……」


「ほらな!やらねぇよ!」


 マルスランが椅子に深く腰掛け、うんざりした顔を向ける。


「うーん、じゃあ私は参加しないから」


「それでもビリは俺だろうが……」


「ん~……あ、クロエ様は?ポーカー知ってる?」


 詩音が白羽の矢を立てたのは紅茶を飲んでいたクロエだった。


「嗜み程度にね。面白いものだとは思わないけど」


「私の代わりにちょっとやってみてほしい!お願い!」


 クロエは一瞬だけ紅茶のカップを見つめ、そのままテーブルに視線を移した。


「まぁ、いいけど……」


「マルスランさん!これならビリにはならないかもよ!」


「……それなら」


 渋々参加するマルスラン、そしてリアム、クラージュ、クロエが参加者となった。詩音はディーラー役になり手際よくシャッフルし皆にカードを配り始める。


「じゃ、始めようか。二枚配るね」


 テーブルに配られるカード。マルスランはカードを見て顔をしかめ、クラージュは無言で片眉を上げる。リアムはいつも通りの笑顔だ。

 そんななかクロエはトランプが配られるや否やクロエは手札を一瞥して静かに口を開いた。


「オールイン」


「えっ、早っ!?い、いいの?」


 慌てる詩音にクロエは静かにチップを全て前に出す。


「ええ、勝てるから」


 クロエは涼しい顔でカップを口に運ぶ。そんな様子にクラージュとリアムは目を合わせて、


「……フォールド」


「俺もフォールド……うん、これは降りとく」


 二人は早々に札を伏せる。そこには一種の確信があった。

 何が起きているのかわからず、マルスランはたじろいだ。


「マルスランさん……降りよう」


 ナタリアが思わず促し、マルスランも頷いた。


「ふふ、つまらない男たち。じゃあオープンね」


 クロエが手札を広げると、そこには──


「げっ、ロイヤルストレートフラッシュかよ~運がいいな」


 初手で、スペードのAとK。

 後から開かれたフロップ、ターン、リバーの五枚のなかでクロエの役は見事に完成する。


「というかほとんどこの形しか見たことないわ」


「え?」


「マークは流石にバラバラなことはあるけど数字はいつもこんな感じだから数字が揃う面白さがよくわからないのよね……」


 つまらなそうにため息を吐くクロエ。


 そんなことがあり得るのか?あの後ろの使用人(マノン)が何かしているのでは?


 と一瞬疑ったクラージュだが────


「流石クロエお嬢様!金品の駆け引きに関しては女神にすこぶる愛されているぅ!これ以上要らない物を豪運で引き寄せるお姿、憧れちゃいますわぁ!」


「誰かこの後ろのをつまみ出してちょうだい」


「やぁん!」


 どうやらクロエの実力のようだ。


「これは私達よりタチが悪いかも……」


 詩音はこれから起こるであろう悲惨な状況に思わずマルスランの肩に手を置いた。

 この後もクロエは無双し、ビリはもちろんマルスランだった。


 ◇


【ミストラル兄妹は○○ない】


 それは日差しがさんさんと照り付ける暑い日が続いたある日のこと。涼しさを求めて詩音、クラージュ、リアム、マルスランの四人は、森の奥を抜けた川辺へと足を運んでいた。

 木々の隙間から差し込む光が川面でキラキラと跳ねていた。

 今日は釣りをする予定であり、既に位置を確保した二人がほぼ同時に釣竿を振る。


「マルスどっちが大きい魚が取れるか勝負な!」


 リアムが意気揚々と声を上げると、マルスランとクラージュが溜め息まじりに返す。


「くっだらねぇ」


「子供ですねぇ」


 一方、泳げない詩音は岸辺の岩に腰を下ろして水中を泳ぐ小魚たちをじっと眺めていた。その隣にクラージュが自然な流れで座る。


「ナタリア様はいいのですか?」


「いいよ~。何かあって落ちたら私泳げないし」


「え!?!?」


 クラージュが思わず声を上げた。


「何その反応」


「いや、意外だなと思って」


「私だって苦手なことはあるよ」


 詩音は肩をすくめながら、川の流れに視線を戻す。


「あれ、でも川に落ちたことありましたよね」


「溺れてたのを魔法で上に無理やり上がっただけ」


「もっと水から離れてください」


「過保護だね~」


 くすぐったそうに笑いながらも、クラージュの言葉に従って詩音は少し身を引いた。

 すると遠く、リアムの釣竿がピクリと揺れるのが見えた。


「んぐぐぐ、大物だぞこれは!マルス!はい、これ!」


「お、おい!?」


「俺は水中から行く!」


 リアムは釣竿をマルスランに押し付け川へ飛び込んだ。

 詩音はその光景に目を丸くする。


「……お兄ちゃんって泳げるのかな……?」


「さぁ?でもあの人ならそつなくこなすんじゃ────」


 次の瞬間バシャバシャと音を立ててリアムが顔を出す。その様子がなんだかおかしいのでマルスランが川に入る。


「リアム?」


「やばい……俺、泳げないかも」


「え!?!?──うげっ!?」


「おい!!」


「ナタリア様!?!?」


 リアムの一言に詩音は思わず立ち上がろうとしたがぐらりと体が傾く。次の瞬間、激しく水面を叩きつける音が。どうやら足を滑らせたようだ。


 冷たい水の中に引きずり込まれる感覚。

 耳が水で満ちていく音と、肺が酸素を求める苦しさ。それがとても恐ろしい。あの時はまだこんなに怖くなかったのに。

 思わず目を閉じればぐいっと身体を引き寄せられて水中から無理やり浮かされた。

 次の瞬間、空気が肺に飛び込む。


「ぷはぁ!!」


「ナタリア様大丈夫ですか!?」


 耳元で聞こえたその声に、思わず顔を向ける。

 至近距離。濡れた髪が額にかかり、クラージュの真剣な瞳とぶつかる。どうやら水面まで引き上げてくれたようだ。


 有難い、近い、色々感情は入り混ざる、しかしいま一番に思うのは────


「お兄ちゃんは!?!?」


 詩音が振り返ればどうやらリアムもマルスランに助けられていた。


「お前何やってんだ!!!!」


「俺、泳げると思ってた……」


「怖え!!そんな気軽に出来るだろうと思うお前が俺は怖ぇよ!!」


「本当に知らなかった……」


「あの人は全く……」


 肩で息をする詩音の背中をクラージュが支える。濡れた服が張り付いて、肌寒さすら感じられた。しかしそんなのを構わず詩音は歩き出す。


「何やってるの!!」


 詩音はそう叫ぶと、岸で呆然としていたリアムに詰め寄る。


「なんで飛び込んだの!?泳げないのに!!」


「泳げると思って……」


 リアムが眉を下げて小さくなる。


「怖かった!!……私、びっくりして、足滑らせたんだからね!私も泳げないのに!」


「ご、ごめんって!怪我はないか?」


 自分よりも詩音を本気で心配するものだから詩音も怒る気が失せた。


「もう……無事でよかったよ」


 そう言って座り込むと背中を支えてくれたクラージュに力無く微笑んだ。


「ありがとうね、クラージュくん。というか、泳げるんだねクラージュくんって」


「まぁ、家系的に水使いなので」


「うちも家系的に泳げない……のかもね……水辺はもう懲り懲りだ~」


「そうですね」


 クラージュは、濡れた前髪を払って静かに答える。

 それ以来、四人そろって水の深い場所へ遊びに行くことは、二度となかった。



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