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46.貴方の為ならば 後

 

「正直信じ難いんですけど。一度まとめていいですか?」


 あまりに常識の外れた話に考え込んでいたクラージュだったが顔を上げるとそう言った。


「まず、貴方とあの使用人は未来を知っていると」


「といっても私は沢山ある未来のうちの一つだけね」


「お二人が見た未来では僕達は死ぬ運命にあり、その原因が僕とクロエ様にあると」


「ミラには話を詳しく聞いてみないとわからないけど」


「それをなんとかできそうな本来国に保護されているはずの聖女は行方不明。野放しにされている魔物のことも見過ごせないから聖女の加護を受けている自分がなんとかしたい。その為にはあの使用人の力も必要と」


「私が知ってる限りは加護を受けたのは私とクラージュくんとバージル殿下様と……まぁとりあえずそれくらいかな」


「……それから?……貴方の体が人間じゃなくて魔物と同じかもしれないと。……それはおかしいですって!!!なんで!?いつから!?」


「そうだよね……やっぱり確かめてもらわないと」


「だからそれはやめろって言ってますよねぇ?」


 取り出そうとした刃物は没収される。


「……嘘じゃないんですよね」


「どうしてそんな嘘をつく必要があるの?」


「いつからですか」


「たぶんクラージュくんと会った時から」


「…………」


「普通の人のつけた傷ならすぐ治る。きっと傷つけられるのは聖女の加護がある人だけ。この体質色々とできそうなんだよ!」


  ケロリとした様子で人とは違う自身の体だと言う詩音にクラージュはあからさまに眉を顰める。その様子に苦笑しながらも自身の思いを伝える。


「クラージュくん。私、これからこの力を役立てたいの。出来限り人を助けながら私達の見た未来を阻止したいんだ」


「役に立てたいって……ただ起こりうる出来事を防げばいいだけでは?そんなことまでして一体何を得たいのですか?」


 クラージュの問いかけに首を振る。


「ううん、何か欲しいってわけじゃないの。しなきゃいけないの。そうしないと私……」


 ここで生きてる資格がない。


 そう言おうとしてまた唇を噛んだ。きっと言葉にならないだろうから。



 黙り込んだ詩音にクラージュは今日何度目かのため息を吐いた。


 未来を知っているだの、自分の体が人間じゃないだのまるで夢物語のようだ。しかし彼女がそう言えば一蹴できるわけがない。冗談を言えど嘘はつけない人だ。

 だがもし、もしそれが真実だとしたら、


「未来を知っていたから僕に情けを掛けていたとか」


「!?」


 クラージュが無意識に溢した言葉に詩音は大きく目を見開いた。


 その可能性もある。この婚約も成立したのがおかしいくらいだしな…。あの日の約束は未来の為にしたその場凌ぎのものだとしたら?だとしたら僕は────


「違うよ!」


 突然強い力に手を引かれクラージュはバランスを崩す。もちろん犯人は詩音で、力強い目がクラージュを見つめていた。


「違う違う!未来のことを思い出したのはクロエ様に会ってから!三人揃って初めて気付いたの!信じられるかわからないけど……これもほんとの本当なの!もっと早くに言わなくてごめんね!!!」


 周りに響き渡りそうな声で先ほどよりも強く手を握る詩音を呆気にとられながら見つめる。


「すぐに言わなかったのも途中で自分って存在が朧気になっちゃって情緒不安定になってて、また思い出したのがあの戦いの時だったの!都合が良すぎるって思ってない!?私もそう思う!!」


「あの……ナタリア様、ちょっと声が大きい」


「最初は婚約なんてやめとこうとかこの子胡散臭そうとか思ってたんだから!未来を知ってることは関係なくってあの時魔法を見せてくれたクラージュくんがいたから今一緒にいるの!!!!」


「わかりました、わかりましたから。周りがこちらを見ているからほんとにやめてください……」


 崩壊した建物の外にちらほらいる大人たちがこちらを見て微笑ましそうにしているのが居心地が悪い。この人は周りが見えていないのだろうか。

 まぁ、でも……この人はこういう人だった。未来を知っていたとしてもその時の感情を優先してしまうだろう。


「すいません軽率な発言でした。だから一旦落ち着いてください。貴方そんなことが出来るほど器用ではないですもんね」


「よ、よかったぁ!」


 何も良くはないですけどね。その言葉は飲み込んだ。


「その調子だとナタリア様が魔物と近い存在だとすぐバレそうですね」


 問題は山積みなのにあまりにも安心した表情をするものだからほんの軽い冗談を言ったつもりだった。しかし詩音は


「そう!だからミラと家を出ようと思って」


 と衝撃の発言を口にした。


「は!?」


 この人今なんて言った?


「ミラのこととかバレたら流石にまずいと思うしその前にお父様に留学を頼んでみるとか……旅に出るとか。それで時間までに二人を助ける方法と自分の体のこと調べてみるよ!」


 笑顔で唐突にそんな滅茶苦茶な案を挙げられたものだからクラージュは大きく深呼吸をして眉間を抑えた。


 そろそろキレそう。この人、本気だ。


「クラージュくんはどう思う?」


 ダメに決まってるでしょうと言いたいが……しかしこのままここにいれば彼女の性格上バレるのは時間の問題だろう。


「……」


「クラージュくん…?」


「一度……話を持ち帰ってもいいですか……?」


 帰って頭を冷やしたい。自身ではなくナタリア様の。


「あー………………、………おっけー!!」


 なんだその間は。


「今、何を考えましたか」


 そう問えば詩音は大きく首を振るが目線は泳いでいる。


「ううん、別に!クラージュくんが今の話を考えたいっていうならもう一つの話は後回しでもいいかなって……」


「なんですか、もう一つって」


「いやいや、クラージュくん今の話でだいぶキャパオーバーみたいだし……」


「話して下さい」


「また今度でも……」


「伯爵に暫くナタリア様を自宅に監禁した方が良いと告げられたくなければ吐きなさい」


 目が本気(マジ)だ。


「クロエ様に頼んでフードルくんを探してもらおうと思ってました!」


 堪らず詩音は答えた。意外な人物の名前にクラージュは目を瞬く。


「はぁ?あの方をですか?なぜ?」


「あの子、シリウスさん達と別々に隔離されてるみたいで私、連れてくるって二人と約束してしまいました!」


「それは……いつからのご予定で?」


「クロエ様と話をしないとだから明日から……とか?」


 行動力だけはある詩音にクラージュは眩暈がしそうになった。


「断ってください」


「二人とも命を掛けてミラを助けてくれたからそれは無理かなぁ。それに私もフードルくんには聞きたいことがあるし」


 そう言って詩音は長袖の服の上から腕を撫でる。

 クラージュはもう胃痛が止まらなかった。


 なんでそこだけ意思が固いんだ。絶対行き当たりばったりになるだろうに。おっけーとか言っておきながら全く考える時間を与えてくれない。だが気になることもある。


「ナタリア様、貴方もしかしてご存じない……?」


「なにが?」


「あの人ですね、隣国の王子ですよ。クロエ様が言ってました」


 クラージュにはなんとなく想像は出来ていたがナタリアには初耳だったらしい。肩を掴み力強く揺する。


「はぁ!?!?フードルくんって王子様なの!?!?ならなんであんなことやってたの!?」


「未来を知ってるという割にはそういうことは知らないんですね」


「フードルくんと関わる未来は見てこなかったから!ぐ……ぐぐっ……!」


 隣国の王子様ならもしかしたら隠しキャラってやつの可能性もあった。こうならちゃんとゲームをやっておけばよかったなぁ。


 詩音はあのゲームを一周しかまだしていなかったことを今更ながら後悔した。


「今あの方はバージル第二王子のところですよ」


 その情報は詩音にとって良い話でパッと顔を明るくする。


「じゃあ脱獄とかさせなくていいんだね!よかった~」


「貴方が何をしたかったかよ~~くわかりました。本当に恐ろしい人ですねぇ。……まぁ、どっちにしろあの方に会えないでしょうけどね」


「え!?なんで!?」


「クロエ様からの話だと本国に返されるようです」


「そんな……どうして?」


「彼等のやった不法滞在や違法行為の責任を国に問う為には本人がいないと話にならないからですかね……?僕も詳しいことは……」


「色々やってたからね。あの三人……」


「勝手に連れ出そうとするものなら牢屋行きですって」


「そんな……」


 あからさまに落ち込む詩音の様子を見てクラージュはもう何度目かのため息を吐いた。なんやかんや彼女には甘い男である。


「しょうがないで──」


「あ、ダメだよ!悪いことになるならクラージュくんは参加させられない!」


 が、言葉を遮るように大声で妨げられクラージュは露骨に不機嫌な表情を向ける。


「なのにクロエ様はいいんですね。へぇ~~そうなんですねぇ。あ~あ、こんなにも僕はナタリア様に尽くそうとしているというのに」


 芝居がかった言い回しに詩音は頰を引き攣らせた。しかし今回ばかりは詩音も譲れない。


「クロエ様にはちょっと頼み事するだけだよ!それにいいの?将来クラージュくんの輝かしい経歴に傷をつけることになるかもよ!」


 こう脅せば少しは納得してくれるだろうと思った。が、なぜかクラージュはそれを聞いて不思議そうにしている。その様子に詩音も首を傾げた。


「え、なに?変なこと言った?」


「いや、」


 詩音が問いかければそれが当たり前のようにクラージュはあっけらかんとして答える。


「貴方がやろうとしていることは未来で誰かを救う為に必要なことなのでしょう?なら僕の何が傷つくんです?」


「え」


 答えようとして、


 いや、確かにこれで沢山の人を助けられたらクラージュくんにもプラスになるな……。


 そう思い至ってしまってからは二人の立場がまた逆転する。


「それより貴方が一人で好き勝手される方が絶対問題です」


 クラージュは自身の発言に強く頷き詩音に詰め寄った。


「そうです。だからやっぱり留学の案もなしです」


「え、いや、それだとバレた時に皆に迷惑が……」


「それはナタリア様が包み隠さず全てを話してしまうからでしょう?」


「だって今回はクラージュくんが……」


「いいえ、同じように詰められたらきっと貴方は喋ります」


「うっ……そ、うかもしれないけど」


「なら、全部事情を知っていて何かあった時に隠蔽してくれる協力者が傍に必要でしょう?」


「そう、だね?」


「そうなんです。その役割が僕です。だから僕は色々知っておく必要があります。クロエ様には話して僕に話さないことなんてないですよね?もしあればナタリア様が家に戻られた際二度と家から出れない可能性があります。……僕も口を滑らせることはあるので」


「クラージュくんがお父様の好感度高いのがここで裏目に……。……ちなみにその役割はミラでもいいかな……とか」


「いいかもしれませんね。ですが数日後、もしかしたらなぜか騎士団の方が貴方様のお家へ訪ねて来る可能性があります。あの方前科がありますし」


「ですよね」


 クラージュの一言で家に監禁されるし、ミラは捕まっちゃうってことね……。


 詩音に翻弄されずっと顰めっ面だったクラージュの表情はようやくにこやかな笑みに変わっていた。


「諦めてください」


 悔しそうに呻いていた詩音だがやがて渋々と頷いた。


「………参りました」


「勝負なんて別にしてませんけどねぇ」


「クラージュくん達に迷惑を掛けたくないだけなんだけどなぁ」


「だからってあの案はないでしょうよ。昔は僕もこう言えば大人しくなるだろうと遠回しな言い方をしていたのは反省しますが貴方のその自己破壊的な行動、良くないですよ」


「そんなつもりないけどなぁ……」


「無自覚なのが尚のことタチが悪いです。心配だって傷ついてほしくないって散々言いました。ここまで言ったんですから何かあった時はとにかく連絡、報告、相談。貴方はなるべく僕の傍にいて無茶をしなければ一番の幸い………ってなんですか、その顔は」


 詩音の表情を見て怪訝そうな顔をするクラージュはやはり今の自身の発言が相手にどんな風に捉えられるか自覚がなかったのだろう。


「……クラージュくんったら私のことほんとに好きなんだね~」


「は!?!?なんでそうなるんですか!?ちゃんと話聞いてました!?」


「聞いてたからそう思ってるんだけどなぁ」


「どこが!?そんな風にいつも茶化すから貴方は──」


 真っ赤になって狼狽えて怒りだすそんなクラージュの様子に詩音は笑って力一杯クラージュを抱きしめた。


「私は大好き!ありがとう!」


「ッ~~だ、か、ら!!聞いてます!?ナタリア様!!!」


 もう悲鳴に近い声を聞きながら詩音は抱きしめる力を強くする。


 あぁ、優しいな。だから少しだけ怖い。

 もし、私がナタリアじゃないと、本当はキミの力になれるような力はない存在だと気づいた時、彼はどんな反応をするのだろう。……だからどうかそれまでは頑張りたい。


 ◇


「さて、どうしますかねぇ」


「どうしよっか」


 落ち着いた二人は帰路を歩きながら今後のことを考える。


「あの時会った聖女がいないのが惜しまれますねぇ。上からしてみれば喉から手が出るほどの人材でしょう。献上すればある程度話を聞いてもらえた可能性はありますよ」


「そんなことをするつもりはないよ!……あ、じゃあ!私の特殊な力を上に売り込んだらいいってことだ!」


 その案にクラージュは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「大変不本意ですがそれが一番手っ取り早いでしょう。勿論人は選んだ方がいいですが。……そんな都合良い人にもそうそう会えないと思いますがね」


「なーんだ!それなら良い人がいるよ。クラージュくんのおかげで本当に悪いことしなくてよさそう」


「ちなみに何をする予定でしたか?」


「最終手段は壊して攫って逃がす」


「止めてほんとによかった」


「じゃあ早速明日から!」



 帰宅後、結局クラージュが告げ口をせずとも家で待ち伏せしていたブチ切れたテオフィルスに自宅監禁されそうになったのをクラージュが必死に説得してなんとかなることを詩音は知らない。

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