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47 強硬

「お願いします!力を貸して下さい!」


 部屋に声が響き渡る。深々と頭を下げる詩音の目の前にいるのはクロエの父、ダルティフィス公爵だ。普段は政務で忙しいはずの公爵だが娘の誘拐事件が起きたことで仕事から一時離れているのだろう。すぐに話ができたのは詩音にとっては幸先の良い出だしだ。しかし……


「その頼みは聞けない」


 静かな、しかし威厳に満ちた声が詩音に降り注ぐ。詩音は両手を強く握りしめて深く頭を下げると更に大きな声で言葉を紡ぐ。


「バージル殿下の元にいる子供を解放して欲しいんです!!」


「二度は言わない」


「私達の知り合いで貴方しか出来ないんです!!」


「マノン。彼女達を送る為の馬車を回してきなさい」


「かしこまりました」


 後ろに控えていたマノンが頭を下げたままの詩音の両肩にそっと手を添える。


「……ナタリア様ぁ申し訳ないけど旦那様そういうことには融通効かないわん。諦めてちょうだいねぇ」


「そうですね。諦めましょう」


「なんでクラージュくんまでもう諦めモードなんだよぉ〜!!」


「だってねぇ……やっぱり説得するにはあまりに現実味がないですよ」


「本当なんです!五年後、クロエ様の命が危ういんです!それを阻止する為にも協力してほしいんです!」


「出来ない」


「お願いします!!」


 詩音は頭を下げたまま動かない。そろそろクロエがこの声に気づきやってきそうだと思った公爵はため息を吐いた。


「…………嘘は言ってないのだろう。私の祝福(ギフト)もそう告げている」


「だったら……」


 期待に満ちた声に首を振る。


「嘘は言っていない。………だがリスクを冒してまで君の言葉全てを信じることはまだ出来ない」


 公爵の冷静な判断がその希望を打ち砕く。詩音は唇を噛んだ。


「でも今ここで私たちが何もしなければ、取り返しのつかないことになります」


 詩音はこの一言では無理だと分かっていながら感情的な訴えしかできない自分自身が不甲斐なかった。


「それを信じるほどの成果も功績も君には足りない」


 厳然たる事実が冷たい壁となって立ちはだかる。


「…………」


 重苦しい沈黙が流れる中、


「……お前はどう思っている」


 公爵の視線がクラージュへと向けられた。

 クラージュは一瞬考え、言葉を選ぶ。長年彼女と過ごしてきた自分だからこそその言葉を信じることができる。けれど、公爵にとってはそうではない。そんなの当たり前のことだ。それを加味して、


「ナタリア様の話なら正直なところ半信半疑です」


「嘘!?」


「彼は嘘を言っていない」


「悪意を持って嘘をついたりする方ではないのですが彼女はそそっかしくて思い込みが激しくて考えなしのところはありますので」


「嘘……」


「彼は嘘を言っていない。……なら、婚約者として彼女の暴挙を止める役割がある」


「だからといって決めつけるのには早過ぎると思いまして。もし彼女の言葉が真実だった場合、私たちの判断の誤りは取り返しのつかない結果を招きます。たとえ可能性が低くとも、命に関わる事態です。慎重に対処する価値はあるのではないでしょうか」


「にしては大事だとは思うがな」


「それもそうかもしれません。……貴方様には立場もあることも承知です。考えにも理解できます」


 クラージュは息を吸う。


 ここからが正念場だ。


「そのうえで……一度だけチャンスをいただけないでしょうか?」


 クラージュはこれから自分の発する言葉がどれほど重みを持つかを理解していた。下手をすれば、その瞬間に全てが終わり、話をもう二度と聞いてもらえなくなるかもしれない。

 緊張が彼の体を締め付ける。しかし心を奮い立たせ、公爵の反応を待つ。


 公爵はじっとクラージュの目を見つめ、言葉の真意を測ろうとするように沈黙を保った。


「公爵様は知っておられますか?人が魔物になるという事実を。聖女は────」


 机を叩く音がその言葉を遮った。公爵の声が冷たく響く。


「出なさい」


「え?」


「この二人以外部屋から出なさい」


 公爵の有無を言わせぬ雰囲気にマノン含めた使用人達は部屋を後にする。


「どこでその話を盗み聞いた」


 公爵がこう反応することは予測出来ていた。新聞にだって一度も載っていたことはなかった自分達だけが知っている情報が彼らにとってどれほど脅威になるか。だからこそ公爵の警戒心を感じながら、クラージュは冷静を装い言葉を紡ぐ。


「そんなことはしていません。実は僕達は目の前でその出来事が二度あったのです」


「!」


「その人達は理性を失い身内も関係なく人を襲うようになりました。彼女は聖女を呼ぶように騎士たちに頼みましたが……一蹴されてしまったらしいですよ。そんなものはいないと。魔物になった人達は一体どうなったのか……他の人は知らなくとも宰相である貴方様なら知っていますよね」


 公爵の瞳が僅かに揺れた。


「そんな状況をいったいどれほどの人達が知っているのでしょう」


 クラージュはあくまで淡々と続ける。


「いつまでその状況は続くのか、明日にはきっと誰かが知っているかもしれません。もう誘拐犯も切り裂き魔も現れませんから記者は今頃明日の見出し探しに奔走していると思いますし」


「脅しのつもりか?」


「そんなつもりは微塵もありません。寧ろ僕たちも何か出来ればと心から思っているのです。魔物になった人達がどうなったか聞きましたよね。彼女は二度その状態に陥った人に遭遇し、そのどちらも正気に戻しましたよ」


「………………なんだと?」


 初めて公爵が大きく表情を変えた。


「その方に会いたいというなら今は眠っていますが可能です。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 クラージュは軽く微笑む。


「嘘をついているかどうかは貴方の目が一番わかっていることでしょう。それでも心配があるかもしれません。だからこそ、その目で一度確認する場を設けていただきたいのです。私達は必ず貴方様の力になれます」


 恭しく頭を下げる。


「あなたのような宰相であれば、この話を真剣に受け止めていると信じています」


 公爵は考え込むように視線を落とした。眉間にしわを寄せ、思慮を巡らせる姿からは、重い決断を迫られている様子が見て取れる。やがて公爵は詩音を見た。


「えっと……さっき言った子も一緒だといいな。」


 詩音のちゃっかりした発言に、公爵はしばらく黙り込む。心の中で複雑な思いを整理しようとしているようだった。

 暫くして大きくため息を吐いた。


「…………わかった」


「やっ──」


「だが、いくらクロエの友とはいえ」


 詩音は上げかけた両腕を止める。公爵の鋭い視線がこちらを見据えていた。


「虚言だった時は覚悟しておくことだ」


「もちろんですとも」


 それから細かい打ち合わせをした後、二人は頭を下げて部屋から出る。と同時にクラージュは崩れ落ちた。


「クラージュくん!?」


 クラージュは頭を抱えた。


「もし上手くいかなかったら今までの努力は全部終わる。終わる。それだけじゃなくて不敬罪とか」


「ごめんね!ごめんねぇ!私がなんとか出来てれば」


 ブツブツ呟くクラージュの背中を摩る。


「期待していませんでした」


 だからこそ公爵が自身に話題を振った時、必ず自分が成功させなければと、全てを教えてくれた彼女の力にならなければと思った。


「……まぁ、成功すればチャラですしね。……ほんとに頼みますよ!頼みますからね!」


「任せて。必ずクラージュくんの繋いだこの機会をものにして見せる!」


 詩音の力強い言葉に、クラージュは一瞬安堵の表情を見せた。しかし、すぐにまた暗い影が差す。


「本当は……」


「ん?」


「本当は貴方の力のことを言わないのが一番よかったのですが……。こればかりは僕が不甲斐ないばかりに……」


 クラージュの声は次第に小さくなっていく。自責の念が込められているのが痛いほど伝わってきた。


「クラージュくん!!」


 詩音がクラージュの両手を握り微笑んだ


「ありがとう!でも大丈夫!」


 その瞳には不安の欠片も見当たらない。

 だからこそクラージュは心配だった。彼女の純粋すぎる心が、これから待ち受けているかもしれない陰謀や策略の前に傷つくのではないかと。

 だから、せめて自分が傍にいなければ——。クラージュは密かに心に誓った。彼女が彼女のままでいるためにも自分の出来ることをしなければ。


「あら、どうしたのそんなところで」


 そこへ現れたのはクロエだった。公爵の部屋で随分騒いでいたが気づいていないらしい。


「あんた達人の家でまでくっつくのやめなさいよ。見てるこっちが気恥ずかしいわ」 


「クロエ様!フードルくん出してもらえるんだよ~」


「え?」


 詩音の一言に目を丸くする。


「ナタリア様、そういう情報はあまり口に出すのはよくないかと……」


「それは……いつ?」


「ん?とりあえずミラが起き次第かなぁ」


「ナタリア様……」


「そう……」


 呆れるクラージュの隣で返事をしたクロエの声は遠く、何か考えているようだった。


 ◇


 太陽の光が瞼を通り抜け、目が覚める。いったいどのくらい自分は寝ていたのだろうか。


「あ!起きた!」


 隣から声が聞こえ頭を動かせば憎たらしいあの子が嬉しそうにこちらを見ていた。


「お、嬢さ……」


「とりあえず水飲んで」


 体を支えられながら水を一口飲む。それ確認すると少女は安堵の息を漏らした。


「よかった。怪我はないけどいつ目が覚めるかわからないって医者は言ってたから……。でもそれは治療しようがないって」


 彼女の言葉で自分の身体に違和感を感じ始めた。魔法で手元に鏡を出す。

 幸い魔法は正常に使えているようだ。

 映し出された自分の姿は、異様に変貌していた。幼い顔立ちに白に近かった髪は漆黒に染まり、頭上には犬耳が生えていた。


「これは……」


「魔物に取り憑かれた後遺症っぽい。シリウスさんも髪の色が変わってたし」


「そうですか……」


「今日はゆっくり休んで」


 そう言ってから彼女は何かと世話を焼いてくれた。傍からみればまるで主従が交代したかのようだ。


「ミラ、夜はどうする?食欲ある?」


 あまりにも甲斐甲斐しいものだから、彼女をほんの少し困らせてみたくなった。


「いいんですか?魔物紛いの自分に尽くして。黒は不吉の象徴でこの国では嫌われているんです。そんな輩を傍に置いて、貴方も何を言われるか分かりませんよ」


「いいよ」


 しかし、彼女はあっけらかんとした笑顔を浮かべた。


「何も気にしなくていいよ」


 その言葉は私への慰めから出たのかそれとも彼女自身本当に気にしていないのか。どちらにしてもその気楽さを理解できない自分がいた。


 彼女は私に対して特別な宝物を扱うように細やかな心配りを絶やさなかった。その姿に気づけば考えることをやめ、流れに身を任せて過ごしていた。


 次の日────


「それじゃあミラ、行こう!」


 部屋のドアが突然開かれ彼女が颯爽と入ってきたと思えば私は抱え上げられていた。


「は!?どこに?」


「私達の今後が左右されるところ」


 それってつまりまた命懸けってこと!?そんなのたまったものじゃない!


「あのですね!魔物になったせいかは知りませんが記憶の一部分がぶっ飛んでます。前のような魔法は使えませんよ!?」


 これは事実だ。記憶は断片的で最近のこと以外は霞が掛かったように朧気だ。これも魔物のせいだろう。

 しかし彼女は昨日と変わらない笑みを見せる。


「鏡は出せてたし大丈夫」


 その一言で彼女の献身の裏にあった意図に気づいた。


「あんなに世話してくれてたのはこのためですか!!」


「どうかなと思ったけど人の反応を楽しむ余裕があったみたいだし、元気そうでよかった~」


 思わず呑気に笑う少女の腰を叩いた。


「この偽善者!鬼!」


「まぁまぁ、ミラがいない間にシリウスさん達が新しく入れた仲間に挨拶しにいくと思って」


「はぁ!?認めませんけどぉ!!」


「ミラってもしかしてめんどくさい女だな。も〜、逃げるともしかしたら不敬罪で捕まっちゃうかもしれないんだよ?私が」


 貴方が捕まったらナタリアお嬢様を救う手立てがなくなるんですが!?


「ついていきますよ!ついていけばいいんでしょ!」


「そうこなくっちゃ!クラージュくん行こう!」


 自分を抱えたまま廊下へ飛び出した彼女は忌々しいその名を呼ぶ。全てを知っていて外で待っていたのであろうあの憎たらしく生意気な男が自分に同情の眼差しを向けてくる。私に出来たのはただその視線を睨み返すことだけだった。


 ◇


「ねぇ、ガレオくん?」


「……」


「相変わらずつまらない男だなぁ」


 フードル基、レヴィン・サウスはバージルに拘束されてから与えられた部屋に見張りが一人という環境でこの数日を過ごしていた。一応王子という肩書きがあるおかげなのか不便はない。

 強いて言えば唯一接するこのガレオという見張りの男が喋りかけてもうんともすんとも言わないことだろうか。そのせいでここで過ごすのも飽きてきている。


 これなら大変だったあの頃のほうがまだましだったかもしれない。


「……どうしてるんだろうね」


 フードルはあの狼のような魔物をみた後、アルゴルやシリウスがどうなったのか知らない。長年共にいたあの二人の安否を気にならないと言えば嘘になるだろう。


 すると扉がノックされ、フードルには見覚えがある人物がぞろぞろと入ってきた。


「フードルくん!」


「ナ────」


「ナタリア嬢!!!!」


「え?」


 フードルが反応するよりも先に隣でずっと無表情を貫いていた男が動いた。


「ナタリア嬢!また会えることをどれほど待ち望んでいたことか!」


 目は輝き、もし彼が犬であったなら思いっきり尻尾を振っていただろう。


「俺もあれから鍛錬を重ね、貴方の拳に耐えられる体を────」


 その熱烈なアピールはクラージュがその間に割って入ることで遮られた。ガレオの手を握りニッコリと笑みを浮かべてクラージュは言葉を紡ぐ。


「初めましてガレオ様。噂はかねがね伺っておりました。こうしてお目に掛かれることとても光栄に存じます。私が!ナタリア様の婚約者のクラージュ•アビスと申します」  


「クラージュ……?そうか、お前があの拳に選ばれた男か。是非、その耐久力を拝見したい」


「すいません。何を言っているのかわかりません」


「フードルくん、よかった~!元気そうだね」


 詩音はガレオとクラージュのやり取りをスルーしながらフードルに駆け寄る。


「あ、ああ、ナタリア。それにクラージュも久しぶり。よくここまで来れたね?もしかしてクロエが手助けしてくれたのかな?」


「それは後で説明するよ。さ、出よう」


「え?」


 そう言って手を取り部屋から出ようとするのでフードルも困惑の声を漏らした。


「待ってくれナタリア嬢、それは許されない」


 ガレオの声が低く響く。彼は二人の間に立ち、厳しい眼差しで詩音を見据えた。部屋の空気が一瞬重くなる。


「彼は重要な人物だ。陛下やバージルの許可がない限りは……」


「私が許可をした」


「……!宰相殿……!?」


 現れたのはクロエの父、ダルティフィス公爵だ。ガレオは驚き、慌てて頭を垂れる。


「下がっていい。万が一の際、私が全責任を負う」


「ハッ」


 公爵の言葉にガレオは返事をすると頭を下げ後退した。フードルの前に立った公爵は、


「ついてきなさい」


 と一言告げると先を歩き出す。フードルは状況が呑み込めないまま知り合いの二人を見れば詩音は何やら意気込んでいるように見えるし、一方のクラージュはそんな彼女を不安そうに見つめていた。

 外に出れば豪華な馬車が待機していた。扉が開き、公爵が中に入ると、ミラ、詩音、クラージュ、フードルが続いた。

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