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40.夜半を駆ける

 

 皆眠りにつく夜、静寂に包まれた空間を裂くように突如、耳を劈くような声が響く。

 その声を聴き外へと飛び出した人々は上空を見上げそれを見つけると指を差して叫んだ。


「魔物だ!!!」


 彼女の姿は常軌を逸していた。青白い皮膚はところどころ黒くひび割れ、だらりと垂れ下がる両腕は変形し鰭が生えていた。人と一番かけ離れていたのは彼女の下半身で、二本の脚はなくなり鯨類のような胴体と尾鰭で宙を移動していた。

 黒い涙を流しながら街を破壊していた彼女は人々の前に降り立つと目の前にいるものを次々と傷つけていった。



 ◇



「なんで!!!」


「騎士が来るから騒がないでちょうだい」


 大声で叫んだ詩音は諌めたアルゴルに困惑の表情を向けた。


「私、なんでアルゴルさんのところにいるの!?」


「こっちのセリフよ!やっとお転婆娘とおさらばしたと思ったらまた顔合わせることになるなんて!」


 彼が言うには突然目の前に鏡が現れたと思えばそこには怪物に襲われそうな詩音が映っていたらしい。


「だから引っ張ってくれたの……?」


「……見捨てる理由もなかったもの……」


 歯切れの悪い返答だったが詩音には今それを指摘する余裕はなかった。鉄格子のついた窓から外を眺め立ち上がる。


「ありがとうアルゴルさん。私行かなきゃ」


 壁の方へ向かう詩音にアルゴルは慌てて呼びかける。


「ちょっと、どこ行こうとしてんのよ。まさか……」


「ミラのところに決まってる。ごめん。壁壊すね!」


 そう言うと詩音は右手を突き出しアルゴルが止めるよりも早く壁に向かって風魔法を放つ。

 しかし風は壁を壊すことはなく詩音の頬をふわりと撫でるだけであった。それどころか手元に集めた魔力が何も得られず霧散していく感覚に詩音は焦る。


「魔法が安定しない!?なんで!?」


 どうしてこんな時に!


 思わず頭を抱えてしまう。

 本当になぜなのか。……そういえば水底へ沈んでいる時に絶叫を聞いてからあの精霊の声が1度も聞こえない。もしかしたら私の一番傍にいた精霊に何かあったのかもしれない。


 そんな詩音を見ていたアルゴルだがほっとしたような顔をするとその場に寝転がって詩音に背中を向ける。


「……そう、なら大人しくしてることね。あーよかった!壁なんて壊されてたら私達の罪がまた重くなっちゃうところだったわ。もう夜なんだから寝なさい。夜更かしはお肌の敵よ」


「アルゴルさん」


 詩音が名を呼んで言葉を続けるより先にアルゴルは首を振った。


「嫌よ」


「アルゴルさん!一緒にここから出よー!」


「嫌、私には知ったこっちゃないんだから」


「ミラのところに行きたいの!」


「知らないわよ」


 くっ!ここにクラージュくんがいればいい感じに説得してくれるのに…!


 テコでも動かなそうなその態度に詩音は人狼に触れた時に見えたものを思い出して少し不思議に思った。


「………三人は仲間だったんじゃないの…?」


 人狼に触れた時、ミラとアルゴルさんそして人狼の三人が映っていた。しかしアルゴルさんの態度を見る限りそれは気のせいだったのかと思ってしまう。もしかしてあれは幻だったのだろうか。


 詩音が思わずぽつりと呟いた途端、突然胸倉を掴まれ壁に打ち付けられる。


「いっ…!」


「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ」


 背中を向けていたはずのアルゴルは両手を手錠に繋がれたまま器用に詩音を掴み睨みつける。


「何が仲間よ!何もかもあの子にはわかってたの。全て貴方達が壊しに来ることを!だから私達を置いていった!」


 激昂するアルゴルに詩音は胸倉を掴んでいるその腕にトンッと手を置いた。


「……ミラがアルゴルさんに嫌な思いをさせたのは分かったよ。そりゃあ助けに行くのも嫌に決まってるよね」


「……そうよ。分かればいい────」


「でも!」


「!?」


 人差し指をビシッと立ててアルゴルに詰め寄る。


「考えてみて!アルゴルさんは多分私達に全部めちゃくちゃにされたと思っているだろうけどあの人狼の状態じゃあ、人狼自身で大切なものをめちゃくちゃにするのは時間の問題だったと思う。アルゴルさんもそれは思わない?」


「それは……」


「けど、人狼はもう大丈夫。それだけは保証出来るよ。ミラのせいでアルゴルさん達は捕まっちゃったけどミラのおかげで人狼を助けられたと思わない?つまりミラは仲間じゃなくても恩人ではあるってこと!なら借りは返すべきじゃない?」


「そんなの屁理屈じゃない!?しかもシリウスを助けたのはあの子じゃなくて────」


 詩音はにこりと笑った。


「私?もしそう思うなら私のお願い叶えてほしいな」


「………」


「だからほら!壁!壊して!!」


「ず、図々しい女!!」


 時間が惜しい。そろそろ離してほしいという意思を籠めて苦虫を噛み潰したような表情をするアルゴルの腕をもう一度ペチペチと叩いた。


「あんたねぇ!」


「アル。もういいだろう」


「誰……?」


 声が聞こえた向かい側の檻に目を向ければそこには大男が一人こちらを見つめていた。


「シリウス……」


「この人が……人狼の?」


 詩音は目を丸くした。今まで見ていたのは人狼の姿だけだったのでついまじまじと見てしまう。栗皮色の瞳に灰色の髪の根元がまるで染めているように真っ黒な大男は確かに面影がある気がした。


「あぁ。その時の記憶は朧気だが随分と世話になってしまったようだな」


「この壁壊してくれたら全部なかったことにするから気にしないよ」


「シリウスにまで無茶を言わないでくれる!?あのね!私達には制御装置も付いてるんだから魔法使えないわよ!」


 首元を指差せば確かに詩音が捕まっていた時に使われていた物と同じような物がアルゴルの首に取り付けられていた。これを取り外さなければ魔法は使えないだろう。


「わかった頑張って壊すから。じゃあまず壁に打ち付けてみるね」


「ちょっとぉ!?私の頭掴むのやめ、やめなさい!!」


「お前達騒がしいぞ……」


 呆れたように諌められ詩音は渋々とアルゴルの頭から手を離す。シリウスはそんな詩音をじっと見つめていると、


「そこから出してやろう」


 そう言った。


「シリウス!!」


「ほんと!?」


 思いがけない方向から差し出された手に詩音は檻を掴む。


「だが、お前がアルの元へ飛ばされたのにも理由があるはずだ。アルが言うにはミラも堕ちかけていたと聞く。わざわざ戻ることは賢明ではないと思うがそれでも────」


「それでも行く」


 一切の迷いのない返答にシリウスは目を瞑り深いため息を吐いた。


「……分かった」


「待ってシリウス。この子本当に考え無しのおバカなの。もうちょっと頭を冷やさせないと……」


 詩音の隣で檻を掴み待ったをかけるアルゴルにシリウスは首を振る。


「騎士たちの多くが街の方へ駆り出されたという話が聞こえた。俺達も逃げるなら今しかない。ここで借りを返さないと俺はこいつに一生借りを作ったままになる」


「それはそうだけど……」


「檻から出すことで俺達の貸し借りはなしだ」


「ありがとうシリウスさん」


 詩音の返事に頷くとシリウスは自身の檻の前に立つ。


「だけど一体どうやって……」


「離れてろ」


 それを答えるより先にシリウスの姿が人狼へと変わる。首に嵌めていた制御装置はサイズが合わなくなりメキメキと音を立てて壊れた。

 詩音はバッとアルゴルへと振り向く。


「魔法は使えないんじゃなかったの!?」


「……魔法と祝福はまた別物だもの。いやー捕まる時に人の姿でよかったわ~」


「ずるくない!?」


 シリウスはその姿のまま檻を掴むと彼の魔法だろうか、檻は音を立てずに突如捻じ曲がる。アルゴルと詩音がいる檻も同じように人が通れるよう曲げていく。


「出るぞアル。お前の鍵を手に入れる」


「わかってるわよ」


「シリウスさんありがとう!私、急ぐから!」


「待て」


 今にも走り去りそうなところを呼び止められる。一刻も早く去りたいが助けて貰った手前無碍にも出来ない詩音は振り返った。


「これから先は俺達はタダで手伝うつもりはない」


「う、うん」

 

「……俺たちは無償では動かない」


「うん、私、お金とか持ってないしとりあえず出来ることを頑張ってみるから……」


「………そうか……」


「うん」


「………」


「じゃ、じゃあね……?」


「………」


 な、何だったんだろう……?


「お転婆娘!!」


 今度こそ走り出そうとした詩音を今度はアルゴルが止めた。


「急いでるって言ってるんだけど!?!?」


 流石にキレ気味で振り返ればアルゴルは少し離れた場所にある扉を親指で差した。


「鍵を探すの手伝いなさい」


「なんで!?」


「そしたらまたまともに魔法使えるようにしてあげる。そのままじゃあの女のところにもたどり着けないわよ」


「……」


 風魔法が使えない今、このままではミラのところにも辿り着くことも出来ないだらう。確かにアルゴルの言うことは一理ある。


「……わかった」







 トントンとノックの音が聞こえ扉を開けた騎士は詩音の姿を見ると目を丸くした。


「え、なんで子供が……?」


「えっと、探検してたら迷子になっちゃった。騎士のお兄ちゃんにお外まで案内してほしくて」


「えぇ、困ったな。今ここは二人しかいないからここを離れるわけに……いや、こんな夜中に子供がいるなんておかしうごっ!?」


 扉から出てきた騎士を死角にいたアルゴルが素早く締め上げて気絶させる。


「きゃあ!」


「なんだ!?」


 もう一人の騎士は悲鳴をあげた詩音を守るように部屋の中に入れるとアルゴルを視界に捉え剣を構える。その隙に部屋に入り込んだ詩音は背を低くして騎士の視界を外れながら机の上に置いてあった鞘に収めてある小さめの剣を両手で掴み、


「アルゴルさん!」


 ゴチン!!


「「あ」」


 投げ飛ばしたそれは見事騎士の頭に命中しその場に倒れた。


「ナイスよお転婆娘。これであんたも立派な共犯者ね」


「ちが、ちが、アルゴルさんにパスするつもりだったの!ごめんなさい……」


「いいから鍵よ!」


 騎士に両手を合わせる詩音に指示を飛ばしながら手際よく騎士を縛っていく。

 その後、部屋を探っていれば詩音は見慣れた鞭と鍵を見つける。


「アルゴルさん!あったよ!」


「よくやったわ」


 詩音が鍵を使ってアルゴルは自由にするとアルゴルは荷物を探り試験管を一つ差し出す。


「はい、約束通りお転婆娘にはこれを」


 詩音はそれに見覚えがあった。


「これは…霊薬…」


「あの坊やから奪ったやつよ。効果は保証するわ。私が目の前で見ていたからね。だけど副作用も半端ないわよ」


「……うん、それは見た」


 その時のクラージュを思い出して詩音は手を強く握り締めたがその手を緩め霊薬を受け取ろうと手を伸ばす。しかしその手を躱すようにアルゴルは霊薬を持つ手を上げた。


「アルゴルさん……?」


「……私はね、私たちを置いて行ったあの女を未だに許せないの。シリウスが許していようがね。あんたもそういう目に遭うのはシリウスが助けられた手前気分が悪いわ」


 真剣な表情で問いかける。


「ねぇ、きっとあんたも置いていかれるわよ。それでもその女の為に命を懸ける覚悟はある?」


「……」


 詩音は手を伸ばしてその場でジャンプをし霊薬を奪い取ると迷わず液体を飲み干した。


「置いていかれても構わない。ミラが行き着いた場所で幸せになってくれたらそれでいい」


 アルゴルは詩音の真っ直ぐな瞳を見つめ目を反らす。


「……私はそんなふうになれなかったわ……」


 胸元を握りしめ、俯くとぽつりぽつりと話始める。


「あの子とシリウス名前は私が付けたの。二人は親に名前も付けてもらえなかったから。名前をつけて一緒に過ごしてれば情も湧くわ……大切だったの……だからあの子に置いていかれた時は耐えられなかった……ってこんな話聞きたくなかったのよね……」


 悪かったわねと謝り通り過ぎるアルゴルへ詩音は振り返る。


「アルゴルさんってば私達を追いかける時はあれほど執拗でしつこくてねちっこくてうざいくらいだったのに……」


「喧嘩売ってる?」


「シリウスさんとミラに対してすごい弱気なんだね」


「そんなこと…」


「ミラを諦めようとするところとかシリウスさんが堕ちかけてる時も一緒に破滅しようとしてたこととか。でもそれで本当に何もかも無くなったらきっとすごい後悔すると思う。……私はそれは嫌だな」


 もしそうなったらきっとアルゴルさんは私のようになるかもしれない。それが何よりも辛い。


「私はミラを助ける。もし叶うならミラとアルゴルさんに話し合ってもらいたい。もう一度ミラの名前を呼んで欲しい。それでアルゴルさんの中で何変わるものがあればミラや子供達を……、貴方がその手に零したものを拾い集めて欲しい」


 どうせここから逃げ出すなら今度こそ良いことをしてほしいな!そう言って笑えばアルゴルは目を丸くしてくしゃりと顔を歪ませる。


「ッ……なんでそこまでしようとするの……?」


「私が三人が揃うところを見てみたいからかな!アルゴルさん達は敵だったけど昨日の敵は今日の友っていうしね!」


「……ははっ、そんなの聞いたことないわよ」


 思わずといった感じで笑ったアルゴルは息を一つ吐く。


「あの子が憎いわ」


「うん」


「でも……」


 アルゴルは両手を首の後ろに回すとチェーンを外す。取り外したのはペンダントで飾りは精巧なもので詩音が不思議そうにそれを見ていればアルゴルは飾りの部分をひっくり返す。


「あっ!」


 裏面は小さな鏡になっていた。鏡は役目を終えたかのように割れていた。


「貰ったもの今でも持ってるくらいには未練たらしい人間なのよね。私も」






「やっと来たか」


「うん、じゃあ今度こそさよならだね!」


 そう言って走り出した詩音にシリウスが声を掛ける前にアルゴルが立ち塞がる。


「待ちなさい」


「そろそろ本当に怒るよ……?」


 いつまで阻止されるの…?


 拳を握る詩音相手にアルゴルはすました顔で人差し指を立てる。


「取引しましょう」


「取引?」


「内容次第で私達もあの子のところに一緒に行くわ」


「そうか!……いや、そうだなそれがい……それならいいだろう」


「でも私が出来ることって……?」


 悩む詩音にアルゴルが耳元で囁く。


「というかこの男、本当はついていきたいのに素直に言えないのよ!なんでもいいのよ。脅しでもいいから」


「脅しでも?うーん、えーっと……着いてきてくれないとシリウスさんがミラに対して一方通行な激重な感情抱いてることを他の人にバラす!」


「!?!?」


 予想外の方面から刺されシリウスは胸元を抑えて膝をつく。しかしアルゴルは平然として告げる。


「残念ね。そんなの私には分かりきっていることよ。流石にそれは無効だわ」


「アル……!?」


「そんなわけだから他の条件を出しなさい」


「うーーん……それなら────────」


「まぁ、それが妥当ね。でもそれは本当にできるの?」


「クロエ様の力を借りることになるけど……できる」


「シリウスもこれならいいわよね」


「あ、あぁ。なら、早く行こう。乗れ」


 動揺していたシリウスだがアルゴルの声で平常心を取り戻し人狼から更に形を変え大きな狼の姿になる。


「す、すごい!!」


「興奮してないで早く乗りなさい」


 きらきらと目を輝かせていた詩音はアルゴルに襟首を掴まれてポイっと上に投げ飛ばされ咄嗟に背中に捕まれば上等な毛並みに包まれる。


「もふもふだっ……!」


「お転婆娘!!毛並みを堪能してる場合じゃないのよ!!」


「しっかり掴まってろ」


 シリウスはそう言うと力強く走り出した。



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