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38.私と彼女の約束

 

全部思い出したのだ。なんでここにいるのか。どうしてこの姿なのか。





指切りげんまん約束したのに、



『最善を尽くしましたが……、いつ目を覚ますのかまでは………』


 医者の言葉に頭を殴られたような感覚に陥る。

 ずっと頭の中がぐるぐると回って思考がまとまらない。誰かが私のせいではないと言うけれど私は私を許せなかった。


 誰からも尊敬される人だった。私もそのうちの一人だった。

 私が代わりになればよかったのに。


 数日、数週間、一ヶ月経っても姉は目を覚まさなかった。姉の代わりを務めながらまともに眠れていない日々を送る私の目の前に夢か幻か、糸が一つ垂れ下がった。



『キミの願いを叶えよう』


 絶望に打ちひしがれていた私は夢を見ていると思ったのだ。


『そうすればキミの姉に会える。だけどその為にはキミにはやってもらわなければならないことがある。それは世界を一つ変えるようなことだ。それでもキミは望むのかい?』


 迷ってなんかいられなかった。


 ────他の世界なんてどうでもいい……。どうか……どうか私の願いを叶えて……


『……あぁ、なら契約成立だ』


 自暴自棄になった私は急にやってきた眠気に身を任せ目を閉じ、次に目を開けた時には真っ暗な世界に一人……


『ぐすっズビッ!う゛ぅ……うわぁ~~ん!!!ひっぐひっぐ……ズッ……ちーん!』


 ではなかった…。真っ暗な世界に光が一つ。出会ったのは人目もはばからず大きな声で泣く少女だった。


『うえーーん!!!!』


 私の存在に気付かずわんわんと泣く少女を呆気にとられながら見つめていると暫くしてようやくこちらに気が付いたようだ。


『ひぇっ!?ど、どなたですか…!?』


『ぐずっシオン様と仰られるのですね。うぅ…なんて素敵なお名前でしょう…。あっ、私はナタリアと申します』


『シオン様はどうしてここに?知らない人に連れてこられていつの間にかここに……?そうなんですね~』


 涙やら鼻水やらを流していた少女は同じ境遇の人間を見つけたことが本当に嬉しいのか泣きながら微笑んだ。


『それなら一緒にお話しましょう。二人なら寂しくありませんから』


 ◇


 真っ暗な世界で二人、時間の流れも分からないまま沢山の話をした。


『えぇ!?私達の世界のことが物語になってる!?そんな……作者様はどれほど貧しいのでしょう……?……お話を聞く限りはシオン様の世界のほうが楽しそうなのに…』


 互いの世界は全く違い、新鮮なことばかりだった。ナタリアは泣いたと思えばコロコロ笑いまた泣く表情の豊かな子だった。


『シオン様のお姉様が……?それは……。……シオン様のお気持ち少し分かります…。私にも幼い時にお兄様がいました。お兄様はかっこよくて私の唯一の理解者で私なんかよりもとても優秀な人でもう本当にかっこいい人でした。あの時、私もシオン様くらいの年齢なら同じことを願ったでしょう』


『……そういえば私も家族がいなくなってから全部上手くいかなかったな……使用人とも婚約者とも友達とも……ぐすっ…』


『私、とろくさいから……ぐすん…使用人をいつもイライラさせて迷惑かけて…婚約者とはまともに話したこともなくて…。多分嫌われてたのかも…。それに関してはこっちも好みの異性というわけではなかったですし、彼自身気づいてない問題があり過ぎたので別に全然大丈夫です。本当に。それより友達ができなかったことの方が問題です……どうしてだったんでしょう…?』


 ナタリアの話を聞いている限り原因は色々とあった気もするが敢えて何も言わなかった。


『ふわわっ!急に頭を撫でてどうしたんですか!?』


『………え、へへ……シオン様は本当にお優しいですね』


『えっ!?!?シオン様がお友達に……!私、お友達なんて初めて…!』


 目を輝かせて喜ぶナタリアの笑顔を見ていると自身の良心が痛む。

 

『やっぱりお友達になれない!?なんでそんなこと言うんですか!?上げて落とすなんて酷いです!!わーーん!!』


『ぐすっ……シオン様が私の世界を壊すような悪い人になるから……?お友達になるのが申し訳ない…?あらあらあらそうなんですね』


そう言ってうーんと考えるような仕草を見せる。


『………でも今だって──が眠りについたままでで既に壊れかけですし……それならシオン様にめちゃくちゃにされる方がいいと思います!』


 そう言って何かを決意したように頷くと手の平をこちらに見せてきた。手の上に乗っていたのは黒い「何か」だった。しかしそれはだんだんと色と形をもって人の手に変わっていく。

 驚いてナタリアを見ればあんなに泣いていた少女が笑う。暗い世界で何よりも美しい煌めきだった。


『シオン様。わざわざ自分自身も認めるような悪い人になる必要はないのです。一生懸命やったことを善と呼ぶか悪と呼ぶかは他人が勝手に判断してしまうことがあるのですから。知らない人一人がシオン様の為すことを悪だと判断してくれたらいいと思いません?』


『だからどうかシオン様は気負いなく、好きなように私の世界をぐっちゃぐちゃにしちゃってください!』


『あ、あと私の使用人と婚約者にも今まで泣かされた分代わりに仕返しして貰えたら……え?それは自分で?……はぃ…』


『それでは魂だけの貴女に私が形を。え?そんな綺麗な魂だけであの世界に行ったらすぐいろんなものの餌になっちゃいますよ!………え?いま詩音様魂だけですけど?身体?今から作りますよ?でもここ形をもった存在は私しか無いので必然的に何か形を作ろうとすると私の形になってしまうんです…。ぐすん申し訳な……あれ私って思ってたより美少女…?』


 その時、暗闇が視界を奪っていく。


『あら?見つかってしまったみたいですね……でもあとは────』


 彼女は何かを呟いた気がしたがこちらまで聞こえなかった。繋いだ手がするりと離れる。


『私を置いていけない?……、…ふふ、嬉しいです。そんなこと今まで誰も言ってくれなかった……。確かに一人だと少し寂しいです』


『でも私、白馬の王子様が迎えに来るの憧れてたから我慢できます』


『だからシオン様』


 甘く微笑む。


『最後は絶対に迎えに来て下さいね』






 目を開いて勢いよく起き上がった私に傍にいた二人は驚いていたが今はそれどころではない。


「行かなきゃ」


 脇腹の傷はもうなくなっていた。

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